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そんな遼二の心の揺れを親友である焔が気付かぬはずもなく――ある日の午後、邸内が見渡せる中庭に出て茶に誘う。いつもように学校から帰って来た冰の勉強を見てやるルナの姿を遠目から眺めながら、焔が訊いた。
「どうした。このところ、やけに辛気臭えツラしやがって」
ルナはあの通り冰とも馴染んで、時折は笑顔も見せるようになってきた。記憶だけは相変わらず戻らないままだが、兆候としては悪くないだろうと焔はそう思うのだ。
「確かに――な。ルナも当初から比べれば大分穏やかで明るくもなった。――なったには違いねえが、近頃思うんだ」
「思うって――何を?」
「俺は――いったい誰を想っているんだろうとな」
「誰って……あのルナは一之宮で間違いないんだろうが。記憶がないとはいえ、紛れもなく一之宮だ」
「……確かに」
「お前、このところあいつと寝所を共にしているんだろ? まさか――まだ抱いちゃいねえってのか?」
遼二がどことなく落ち込んでいるように思えるのはそれが原因かと焔が訊く。
「何なら男娼になる為の実践とでも言って、抱いちまえばいいものを」
紫月が姿を消してから数えれば、かれこれ四ヶ月になる。その間、そういった欲望も当然あるだろうと、焔は焔で友を思っての言葉なのだ。
「案外抱いちまえばあいつの記憶も戻るかも知れんぞ」
「ああ……そうかも知れん。だがな、焔――。俺は何故だかそれができねえんだ」
遼二は視線をルナにやったままで微苦笑を浮かべてみせた。
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