eプロ!

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
ウワァァァッッッ! ドーム状の会場にぎゅうぎゅうに敷き詰められた観客が一斉に叫び出す。 その声は地響きとなって、私達の身体を揺らし、同時に私の身体も熱を帯びたように心の底から熱くなる。 「みんな、準備はいい?」 歓声に負けないように思いっきりお腹の力を振り絞って出した言葉に、隣に並ぶみんなが一斉に頷く。その瞳には確かにメラメラと今にも燃えそうな熱意があった。 「それじゃあ行こうっ!」 私達はお互いにっと笑みを見せて、そしてそれからアツい、アツいステージへの階段を上がり始めた。 ここからが、私の、私達の本気だから!! 「いらっしゃいませー!」 お昼も過ぎ去って、少し空いたお店にそんな声が上がる。 緩んでいたエプロンの後ろのリボンをしばり直した私は、その声をカウンター越しの背中で聞きながら、一玉のキャベツを千切りしていた。包丁と木製のまな板がぶつかり合って、ザクザクっという気持ちのいい感触と音が重なる。 「綾音、お米炊いといてくれた?」 千切りに夢中になってると、後ろからここのカフェの店長でもあるエプロン姿の私のママがやってきた。 「うん、さっき炊いたところだよ」 「そう、ありがとうねぇ。今日も学校お休みなのに手伝ってくれて」 「ううん、私好きだから。カフェのお手伝い」 そう言うと、ママが不思議そうな顔をした。 「そうなの?」 「うん。だってゲームみたいじゃない?どれだけおいしい料理を出して、どれだけお客さんを笑顔に出来るか」 小さい時からよくカフェのお手伝いをしてるけど、苦に思ったことなんてない。むしろ毎日楽しいんだ。 「そうね、綾音昔からゲームも好きだのね?」 そう。ママの言うとおり、ゲームは昔から大好き。元々パパがゲーム好きで、それがきっかけで私も好きになった。パズルゲームにレースゲーム、シューティングゲームとかとにかくゲームなら何でも大好きなんだ。 「綾音、今時間あるかい?」 そんな話をしてると、おばあちゃんが手にお店の固定電話を持ってキッチンに入ってきた。 おばあちゃんは御年70歳にして、バリバリ元気。しかもよくカフェのお客さんにも、私のママかと間違えられるくらいなんだ。 「あるけど…。どうしたの?」 「デリバリーの注文だ。蒼から」 「えっ、蒼から?」 蒼はママのお姉ちゃんの息子。つまり私のいとこにあたる。 同い年の私達は小さい時はよく一緒に遊んでたけど、5年生になってから蒼がなんだか忙しいみたいであんまり会えてないんだよね。 「でも、届けるって一体どこなの?まさか家じゃないよね…」 ここから蒼の家までは徒歩三分。デリバリーを頼むような距離じゃないけど…。 「なんか出かけてるらしいわ。…なんとかスポーツ大会とかって言ってたかね」 「スポーツ大会?」 蒼といえば、典型的なヤセ型体型でスポーツするイメージなんてない。逆にいっつも家で机に向かって勉強してるイメージしかない。 エプロンを外しながら、そう疑問に思ってるとおばあちゃんが慌ただしく準備をして、私の目の前に袋と小さなメモを出してきた。 「焼肉弁当デラックスと、はい、これ住所ね」 「えっ、ここって…」 「綾音、なるべく早めによろしくね」 「あ、うん」 困惑しながらも、お弁当の入ったビニール袋と小さなメモを受け取って私はそのままお店を出たのだった。 交差点をあわただしく行きかうカラフルな車たち。歩道沿いに並ぶ桜の木々からは春の香りがした。そんな中で赤色に光る信号機を見つめながら私は頭の疑問感に考えを巡らせる。 蒼がしているスポーツって一体なんなんだろう。しかも焼肉弁当デラックスって結構ボリュームあるよね。あの少食の蒼に食べられるとは思わないけど…。それに…。 そこまで思ったところで信号機が青色に変わったので私は人の流れと同時に足を踏み出した。 メモによると目的地はこの横断歩道を渡ったところ…なんだけど。 白線が見えなくなったところで、私は立ち止まって目の前の建物を見上げる。 「本当にここ、だよね?」 その建物を見て、思わず自問自答してしまう。だってここは…。 「国際スタジアム」 建物の側面に大きく書かれたその文字を読み上げて確認する。間違い、ないよね。 国際スタジアム、それは日本最大級とも言われるドーム状のスタジアム。超一流アーティストのライブや大規模なスポーツの試合がよくここで行われている。 「こんなところで大会って…?…あっ、入り口」 入り口を指す矢印の看板に沿って歩いていくと、カウンター状の受付が見えた。 「こんにちは。ご観覧ですか?」 私の姿に気がついたお姉さんが、営業スマイルを浮かべて聞いてくる。 「あっ、いえ。デリバリーのお届けに来たんです。齋藤蒼(さいとうあおい)さんに」 「そうなんですね。蒼さんなら只今試合に出ておりますので、よかったらご覧になってお待ちください」 「え…?あ、はい」 お姉さんに言われるがままにコンクリートに挟まれた廊下を歩いて、試合会場だというスタジアムへの扉の前まで来る。ドアの隙間からはなんだか盛り上がっているような音が漏れて聞こえるけど、詳しくは聞こえない。 「本当にこんなところに蒼がいるの?…まぁ、とにかく入ってみれば分かるよね!」 私はグッと拳を握りしめてから、両開きの扉を開ける。 その瞬間だった。 ウワァァァッッッ! 地響きのような叫び声が私の耳に飛び込んできた。 その声の大きさに一瞬ビクッとしながらも、スタジアムの中に視線を向けると…。 「うわぁっ!なにこれ!」 真っ暗なスタジアムの中に浮かび上がる無数のきらびやかな光。モンモンとした蒸し暑く、熱烈とした空気。そして、会場の中心にはスクリーン付きの大きなステージが広がっていた。 なに、これ…! 見たこともない目の前の景色に感動してると、ステージの真ん中で司会のような人がマイクを握って話し始めた。 「さぁ!eスポーツ最強シューター決定戦!いよいよ決勝が始まりますっ!厳しい予選を勝ち抜いて決勝に残ったのはこの二人!まずは前回王者!清栄学園、吾妻光星(あがつまこうせい)」 司会者の人がそう言うのと同時に、ステージ上に私と同い年位の茶髪で前髪を全部あげた男子が現れた。その男子は声を上げる観客に手を振りながら、私達に背を向けるようにモニター付きのイスに座ってヘッドフォンみたいなのを装着した。 「そして、新星にして既についた名前は天才!ネクストアカデミー、齋藤蒼!」 「えっ、蒼!?」 司会の言葉によって真剣な顔でステージに現れたのは、紛れもなく蒼だった。 ぱっちりとした二重に、長いまつげ、小さすぎる顔。そんな女子顔負けのキレイすぎる顔立ちは、これまでも何度も見てきた。でも…。 「なんで蒼が…?」 いまだ疑問しか浮かばない。 蒼がどうしてこんなところにいるのだろう?そもそも、司会の人が言ってたeスポーツ最強シューター決定戦って一体何なの? 頭の中がハテナマークだらけでパンクしそうになる。 「と、とりあえず、見てたらわかるよね」 パンクしそうな頭を振り払うように横に振って、私はステージに視線を向けた。 その瞬間、ステージ上のモニターがある見慣れた画面を映し出した。 「えっ、あれって…」 「さぁ、いよいよ始まるeスポーツ最強シューター決定戦!果たしてどちらが勝利をつかむのか!勝負の前に大会について今一度説明させていただきます。今大会では世界的なシューティングゲームである、シュート×シュートを使用して一対一のゲームを行います。ルールは簡単!制限時間内に手持ちの武器で相手の体力を0にした方の勝利です!」 司会の人のその説明を聞いて確信した。 これって、ゲームの大会!?もしかしなくてもそうだよね。 私はモニターに目を向ける。 私もこのゲームは何度もプレイしてきたからこの開始画面は見覚えがある。 でもあの蒼がゲーム!?しかも天才…? 蒼がゲームをしてるところなんて、ほぼほぼ見たことがないから違和感しかないけど…。 そんなことを思ってると、急に歓声が大きくわきあがった。 びっくりしてモニターを見ると、本物の映像かと疑いたくなるくらい精巧に作られたゲーム上で、森の中にいる二人のキャラクターが動き始めていた。 「さぁ始まった!両者フィールド内を走り始めました!果たして先に相手を見つけて攻撃するのはどちらなのかっ!?ここからは解説の…」 本当にゲームだ…。しかも、二人とも手慣れてて、すっごく上手いっ! ふとステージ上の椅子に座っている蒼に目を向けると、真剣そのものな瞳でパソコン画面を見ながらコントローラーを素早く動かしていた。 蒼、いつの間にゲームなんて始めてたんだろう…。 「おおっと!ここで吾妻選手が、齋藤選手を攻撃したっ!齋藤選手も素早くやり返します!さすが決勝戦、序盤にも関わらずゲームが動き始めますねぇ」 あっ、本当だっ! 司会者の言葉を聞いて、私も思わず画面に釘付けになる。 それぞれが攻撃して相手を挑発しあって、色んなテクニックを見せる。お互いの本気が見てるだけでも伝わってきて、なんだか私もハラハラドキドキしてしまう。 どっちが勝つのっ…!? それはいつもやってるゲームのはずなのに、まるで違うものを見ているような、そんな気がした。 すっごい!面白いし、見てるだけで楽しいっ!! 観客の盛り上がりと同時に私の心拍数も急上昇していく。 後から思えば私はもう、この時点でトリコになっていたんだと思う。eスポーツという、未知の世界に。 「蒼、本当にすごかった!」 試合が無事に終了したあと、私はデリバリーを届けるために蒼の控え室に向かった。 簡易的なテーブルやいすが並べられた控え室に入ると蒼が一人、ぐったりと汗をかいてうなだれてたけど、私が持つビニール袋を見た瞬間、笑みを浮かべてすぐにお弁当をほおばり始めた。 「ま、負けたけどな」 「でもすっごく面白かった!なんだっけ、aスポーツじゃなくて…」 「eスポーツ」 「そう、それっ!いつの間にそんなこと始めてたの?」 私はずっと気になってたことを口にした。 だって、本当にびっくりしたんだもん。まさかそんなことを始めていたなんて…。 すると蒼はお米を口に運ぶ手を止めて、話し始めた。 「本格的にやり始めたのは小学5年になってからだよ。僕達の学校、ネクストアカデミーにはかなり色んなコースがあるよね?」 私達が通っているネクストアカデミーはその名の通り、次世代を育てる学校。小学5年生から高校生までエスカレーター式でたくさんの生徒がいる。 そして、そのコースの数は日本一で、音楽科コースとかIT科コース、更には芸能科コースまで色んなコースがそろっている。 「綾音は普通科だから知らないかもしれないけど、ネクストアカデミーにはeプロ科コースっていうのがあるんだ」 「eプロ?」 初めて聞く単語だけど…。 「まず、今日みたいなゲームの試合のことをエレクトロニック・スポーツ、つまりeスポーツというんだ。ちなみにeスポーツはこの先オリンピックの競技になるとも言われてる」 「えっ、オリンピック!?ゲームでオリンピックに出れるの!?」 誰もが知ってるあんな世界的な大会に出れるなんて、eスポーツ、すご過ぎる…。 「で、eスポーツのプロ、つまりeスポーツを専門としている人のことを最近略してeプロっていうんだ。だからeプロ科コースっていうのはeプロを目指すためのコースってことだ」 「…っていうことは、蒼もeプロ科コースに所属してるってことっ!?」 「あぁ。…っていうか、これ入学するときにも話した気がするんだけど」 「えっ、あっ。…そうだったっけ?」 呆れ顔で頷く蒼を見ながら一年ちょっと前のことを思い出す。 あっ…。あの時、入学が嬉しすぎて話聞いてなかったのかも…。 「でも、すっごく楽しかったよ!私もやってみたいって思っちゃった」 「なら、やってみるか?」 「えっ…?」 それってどういうこと? 言葉の意味をつかめずにいると、控え室の扉が急に勢い良く開いた。 「ミスター齋藤ッ!よくやったっ!!」 そう言って入ってきたのは、スウェットパンツに真っ白な半そでを着て、真っ赤なバラの花束を持った一人の男性だった。夏前なのに日焼けしたような肌に、なぜか目には涙を浮かべている。 「ダニエル先生、来てたんですね」 「ダニエル…?」 異国な名前だけど、見た目はどう見ても日本人…だよね。 「クラス担任のダニエル紅城(あかぎ)先生。自他共に認める熱血教師だ」 ぼそりと蒼が説明してくれる。 確かに、熱血教師っぽい…。そのアツさは見ているだけでもひしひしと感じられた。 「ん?こちらのガールは?」 ガールっ…!? 独特な言い方にびっくりしながらも、なんとか軽く会釈をして答える。 「蒼のいとこの齋藤綾音で」 「君があの齋藤綾音か!?どうりで蒼に顔が似てるなぁ。会いたかったよっ!!」 私が言い終わる前に、テンション高くそう叫んでほぼ強引に私の腕を掴んで勢いよくブンブンと振ってくる。 確かに蒼とはいとこなのに顔が似てるって言われたことはあるけど…。 「あの、ってどういうことですか?」 どうしてもそれが引っかかった。 私、この人に会ったことないし…。 困惑しながら聞くと、ダニエル先生はようやく腕を離してくれた。 「よく齋藤から聞いてたんだ。いとこの綾音は齋藤よりもゲームが上手いってな」 「えっ!?昔はそうだったかもしれないけど、アカデミーに入学してからは蒼とは一緒にしてないので上手いかどうかは…」 あんなすごい対戦が出来る蒼より上手いはずないんだけど…。ていうか、蒼、勝手にそんなこと言ってたなんて…。 思わず蒼に鋭い視線を送るも、蒼はお弁当にほおばりつくだけで、全然届いてなかった。頬には米粒をつけてやがる。 …マイペースな奴めっ! 「なら、二人で対戦してみたらどうだっ!?幸いここにはテレビもあるし、ゲーム機は齋藤が持ってきてるだろ?」 「ええっ!でも…」 突然の展開に戸惑っていると、隣で蒼が平然そうに口を開いた。 「別に僕は良いですけど」 ええ…、どうしようどうしよう! でも、対戦するだけなら別にいいのか?相手は大会準優勝の蒼だし、負けてもしょうがないよね…。…うーん。 少し頭の中で考えてから口を開いた。 「分かりました。でも、勝負するからには本気出してよね。蒼!」 「あぁ、もちろんだ」 この時の蒼の不敵な笑みはしばらくずっと頭に焼き付いていた。 「よしっ、準備出来たぞ」 そう言って蒼がゲームのコントローラーを渡してくる。テレビの画面はすでに、ゲーム開始直前の画面まで操作されてた。 「操作方法は分かるよな?」 「もちろん。一番好きなゲームだもん」 蒼が選んだのは、私が蒼と遊んだこともある、有名なカーゲームだった。 「にしてもカーゲームは齋藤の一番得意なジャンルじゃないか。本気だな」 「えっ、そうなの?」 ダニエル先生の言葉につい、隣の蒼を見る。 「このゲームではないけれど、カーゲームは学生の世界選手権で優勝したこともある。ま、俺も一番好きなゲームだ」 蒼、顔がマジだ…。ていうか、今、俺って言ったし…。 その真剣さに感心しながらも、画面に目を戻す。 ここまで来たらなんか私も燃えてきたかも…! 「よしっ!始めていいよ!」 一度拳をぎゅっと握りしめてから使い慣れたコントローラーを握った。 「分かった」 その蒼の言葉で画面が一瞬にして開始画面に変わった。 負けられない!てか、負けたくないっ! そして数秒後… 『スタート!』 テレビの向こうから聞こえてくるその声と同時に私はアクセルボタンを押し続けた。それは蒼も同じだった。いや、蒼の方が一枚上だった。 スタートダッシュ、早い…!やっぱり蒼、前より全然上手くなってる。 蒼はあっという間に、余裕で一番手を走っていた。 でも、私だって…! アクセル全開にして、最高時速で蒼の背中を追いかける。 かなり近づいた…!でも…。 私は目の前の状況に軽く唇を噛む。 目の前を走る蒼の車体は私と同じく最短距離を走っていて、カーブの多いこのコースでは中々追い越そうと思っても追い越せない。下手に追い越そうと、最短距離を走るのをやめたらますます差が開いてしまうかもしれない。 どうしたら蒼を抜くことができる?このままだと、私には勝ち目はないし…。 車のエンジン音を聞きながら、私は必死に頭を巡らせる。 何か一発逆転の方法は…。 その瞬間、ビビッと脳に電流が走った。 「あっ、」 思いついた頭の考えに、思わず声を出してしまった。慌てて蒼の顔を見たけど、ゲームに夢中でどうやら気がついてないようだった。 良かった…。 ホッとしながらも、もう一度さっきの考えを思い出す。 うん、これなら勝てる可能性は十分にある! そう思った瞬間、口角が上がったのが自分でも分かった。 『ファイナルラップ!』 軽快な音楽とともにテレビからそんな音声が聞こえてくる。 あれから私は最短距離を走る蒼の後ろをぴったりとついて走っていた。 これも戦略のため。もう少しで追い越すそのチャンスがやってくる! コントローラーを持つ手に汗が湧き出るのを感じながら、アクセルとブレーキを細かく操作してカーブを曲がり続ける。 その間も蒼のあとをしっかりとついていく。 よし、あのカーブを曲がったら…。 その時、私の視界に真っ直ぐな道が広がった。 …来たっ! 私は最後のカーブを曲がりきらずに、途中で蒼の横に場所を移す。そしてそのままアクセル全開、ブレーキをかけずにゴールまでのストレートを突っ走る。 行けるっ…!! 車体と車体が接触して、一瞬火花が巻き散る。その火花からは、蒼の本気もひしひしと伝わってきた。 「…くっ、」 歯を食いしばりながら、アクセルを押し続ける。ゴールはもう目前だった。 追い越してっ…!! 『ゴールっ!』 テレビの音声を聞いて、ずっと止めていた息を吐き出した。 「プハッ」 「…はぁ、やっぱ綾音には負けたよ」 蒼が悔しそうに笑いながら、そう口にした。 そう、結果はギリギリながら、私はどうにか勝利することが出来たのだ。私の最後のストレートで追い越すという戦略は見事成功した。 あの時、マップに気がついて本当に良かったよ…。 「えへへ。でも、蒼もすごかったよ!ラスト一秒足りなかったら確実に負けたもん」 「まぁな」 偉そうに蒼が笑いながらそう言って、私にも思わず笑みが溢れる。 ゲームってこんなに楽しかったっけ。 こんなに本気でやったのは久しぶりで、そんな思いが心に芽生えた。 「本っっッ当に二人とも素晴らしかった!」 グーサインを出しながら、マイケル先生が近づいてくる。 「まさか本当に齋藤に勝つなんて君は本当に素晴らしい!」 「ありがとうございます」 そう言って軽く会釈する。 こんなにほめられちゃうと、ついつい嬉しくなっちゃうよ。 そんな風に思ってると、蒼がゆっくりと口を開いた。 「なぁ、綾音」 「ん?何?」 「…一緒にeプロ目指さないか?」 えっ、えっ。 頭の中が一周回って、もう一周回って、更にもう一周回ったような気がした。ようやく回転が止まったとき、その言葉を呑み込むことができた。 「わ、私がeプロ!?」 私の驚きの声に蒼が当然のように頷く。 「あぁ。綾音には、絶対にeスポーツの才能がある。ずっと思ってたけど、今日確信に変わったよ。ダニエル先生もそう思いません?」 「俺もそう思うぞ!こんな才能の塊は中々いないっ」 アツくダニエル先生が叫ぶ。 「才能の塊なんて…。だってeプロってきっと、趣味としてゲームが好きなだけじゃなれないし。私にそんな才能」 「今、eプロとして大会に出ている選手達の中には元々ゲームが趣味だった人も大勢いる。それに、僕達のeプロ科に転科すればeプロへの道も近づける」 私の言葉をさえぎって、蒼が口を開いた。 うぅ…。そうなのかもしれないけど…。 私には決心がつかなかった。 eプロ科に転科するとなれば、普通科のみんなとはお別れだし、今の生活も変わってしまうかもしれない。それに、eスポーツを始めても私は今のようにゲームを好きなままでいられるのかな。 でも…。 でも、大会を見て感じたあのドキドキ、蒼と勝負した興奮と喜び。その感覚はずっと胸の中にあり続けている。 私はどうしたいんだろう…。 言葉通り頭を抱えていると、ダニエル先生が声を掛けてきた。 「とりあえず、家に帰って考えてみたらいい。答えは急がなくていいから」 「はい。…ありがとうございます」 「うぅ…。4月とはいっても夕方はまだちょっと寒いねぇ」 スタジアムからの帰り道、手をすり合わせて、はぁっと生温かい息を吐いた。 「まぁ、今日は結構冷えるってニュースでも言ってたからな」 ポカポカと温かそうなジャンバーを羽織った蒼がそんなことを口にする。 「でも私だって、こんなに遅くまでいるつもりなかったもん。蒼のデリバリー届けるだけのつもりだったのにさ」 そう言いながら、ふと今日一日を振り返る。 本当、色々あり過ぎた…。 蒼がeスポーツをやってることを知って、初めて試合を見て、勝負して、eプロに誘われて…。 これから、どうしよう。 また悩みの渦に入り込んでしまいそうになって、つい、ため息を吐いてしまう。 と、目の前に、マフラーと手袋が現れた。 「ほら、風邪引いたらお店にも迷惑がかかるよ」 「わぁ、ありがとうー!」 蒼から受け取ったマフラーとちょっと大きい手袋をすると、一気にあったかくなった気がした。 太陽が傾いて、オレンジ色の西日がちょうど私達を差す。空には、どこかへ帰るのかカラスの群れが飛んでいた。 「…そういえば、どうして蒼はeプロコースに入ったの?前は、特別進学コースに入るって言ってなかったっけ?」 ふと、疑問になってたことを聞いてみた。 蒼とeスポーツという組み合わせは、幼い頃から見てきた私にとって、意外すぎる組み合わせだったから。 「うん、僕も元々は特進コースに行くつもりだった。けど、eスポーツに出会って全てが変わった」 「全て…」 私がそうつぶやくと、蒼は心の奥のなにかを思い出すように、ゆっくりと瞳を閉じた。 「小4の夏休み、たまたま動画サイトに上がっていたeスポーツの動画を見たんだ。会場の興奮、緊張が動画越しでも伝わってきた。そして、いつの間にかトリコになってたんだ」 「それって…」 今日私が感じた気持ちと同じだった。 ワクワク、ドキドキして…。 そんな私を気にもせず、蒼はそのまま話し続けた。 「それからしばらくして、eスポーツを体験できるイベントに行ったんだ。初めて体験したeスポーツは動画で見る数倍、いや、何十倍も楽しかった」 蒼が笑みを浮かべる。それは、蒼には珍しく、男子小学生のような、そんな弾けた笑みだった。 「そこで僕の体験試合を見ていたダニエル先生がeプロ科のことを教えてくれたんだ。それですぐにeプロ科を受験することを選んだ」 「…怖くなかったの?ゲームが趣味じゃなくなっちゃうこと」 私がそう聞くと、蒼は一瞬キョトンとした表情を浮かべて、そしてすぐに笑みを浮かべた。 「全然。むしろ楽しみで仕方なかった。だって、好きなことを学べるから。もちろん、大変なこともあるけど、僕はeプロ科に入ってからはもっとゲームが好きになったよ」 そう言って、蒼は清々しい笑顔を浮かべた。 その瞬間、私の心の奥にあった、モヤモヤとした黒いかたまりみたいなものが、雪のように溶けていった気がした。 そっか。好きなことを続けられるんだ。 …うん、決めたっ! そう心の中で思って、私は真っ直ぐ蒼の方を向いた。 「私も、eスポーツやってみる!」 蒼の話を聞いて、ようやく決心がついた。 ゲームが好きな気持ちはきっとこれからも変わらないって思えたんだ。だったら、eスポーツをやるしかないよね! 私の言葉を聞いた蒼はにっと口角を上げて右手を伸ばしてきた。 「…なら、今日から僕達はライバルだな」 「うん、よろしくね」 そう言って私はしっかりと蒼の手を握り返した。 その瞬間、風が吹いて、道の桜が舞い上がった。 この日から、私の物語は始まったんだ。 「おぉ…。ここがeプロ科かぁっ!」 eプロ科と書かれた、金のプレートを見て、思わずそうつぶやいた。 あれから約二週間。色々な手続きを終えて、私もついに、今日からeプロの生徒! あぁ、楽しみっ! そうウキウキしてると、外廊下の奥からダニエル先生と蒼がやってきた。 「久しぶりだなっ!ミス齋藤!」 「あっ、はい!」 独特な呼び方に戸惑いながらも答える。 今日からこのアツさにもついていかないといけないのかぁ。そこだけちょっと不安かも…。 「その制服、中々似合ってるよ」 「本当!?うれしー!」 蒼に褒められて不安も吹っ飛んだ私はスカートを持ったまま一周回ってみた。 セーラー服の形自体は普通科と変わらないけど、色が全然違う。普通科は一般的なセーラー服のように青と白を基調としてるけど、eプロ科は赤と黒の配色をしてて、こっちもかわいいんだよね。 回り終えて両足をしっかりと地面につけると、ダニエル先生が元気よく口を開けた。 「それじゃあ、まずはeプロ科を案内するぞ」 「はいっ!」 「まずはパソコンルーム。たいていはここでeスポーツの練習をするんだ」 ダニエル先生が立ち止まった教室の中では、沢山のパソコンが並んでいて、多くの生徒がヘッドフォンをつけてゲームをしてた。 「へぇー。隣の教室は何なんですか?」 「隣は見ての通り、カーゲームを練習するための部屋だ」 「うわぁー!」 その部屋を覗いて思わず感動した。 ハンドルにアクセルとブレーキ、それに座り心地の良さそうなイスのセットがいくつも並んでいた。 あれって、ゲームセンターとかにあるやつだよね!すごいっ! 「eスポーツと一口にいっても色んなジャンルがあるんだ。ミス齋藤、いくつあると思う?」 「えっ?えーと、3つとか?」 いきなりの質問に戸惑いながらもなんとか答える。すると、ダニエル先生は首を横に振った。 「主に7つだ。シューティングゲームやパズルゲーム、カードゲーム、スポーツゲームなど、色んな種類があるんだ」 「そんなに色々あるんですね」 その種類の多さにびっくりしながらも、ダニエル先生についていく。 「で、この部屋はトレーニングルーム。その次は自習室だ」 「えっ、トレーニングルームに自習室!?」 全然eスポーツに関係なさそうだけど…。 「ミス齋藤、eスポーツは以外にも体力を使うんだ。一気に集中するから。途中で自分の体力が尽きたら集中力も低下する。まぁ、あんまりやり過ぎは良くないけどな」 「そうなんですか」 私の頷きに蒼が口を開く。 「勉強だって同じ。eスポーツの戦略を練るためにも頭の回転は必要になる。eスポーツつまりゲームばっかり出来て、勉強しなくていいなんていうのは絶対にだめ」 「ぜ、絶対…」 あまりにも強い表現につい、口に出してしまう。 「綾音、もしかして、ていうか多分勉強しなくてラッキーとか思ってた?」 「へぇっ!?そんなこと…、10%、いや30、50%位思ってたかも…」 否定しようかと思ったけど、蒼の目力の強さに負けてしまう。 …勉強も頑張んないといけないのかぁ。 「…にしても、本当に色んな施設があるんですね」 eスポーツって言ったらゲームだけかと思ってたけど、色んなことが組み合わさってて意外と奥深いような感じがする。この廊下の先にも、まだまだ教室もたくさんあるし。 「ネクストアカデミーのeプロ科は、eスポーツをするための環境にこだわっているんだ。eプロ科は特に熱意のある生徒たちが集まってるからな」 「そうなんですか?」 「eプロ科への入学試験がとても厳しいんだ。僕も経験したけど、多くの知識と技術が無ければ入れない。つまり、生半可な気持ちじゃeプロ科へは入れないんだ」 「えっ、私、そんなの受けてないけど…」 まさか、言われてなかっただけで、これからそんな厳しいテストが待ってるの⁉ 「大丈夫だ。eプロ科にはスカウト入学という制度があって、特定の教師に腕を見込まれてスカウトされたものは入学試験が免除される。だからミス齋藤は受けなくていいんだ」 「そうなんですか。良かったぁ」 ホッとしながら足を動かす。 急に試験なんて言われたら困っちゃうもん。 「ま、綾音が授業についてこられたらの話だけど」 「え?それってどういう」 「さ、ついたぞ。ここが教室だ」 私が蒼に聞き終わる前に、教室についてしまった。eプロ科、6-Aというプレートが天井からぶら下がっている。 ここが私の教室かぁ…。ちょっぴりドキドキする!! そんな私の興奮をよそに、ダニエル先生が扉を開けて教卓に手を置いた。イスに座って、話したり、寝ている生徒が教室の外にいる私の目にも入ってきた。 「みんなー!新しいクラスメートだ!さぁ、ミス齋藤、こっちに来て自己紹介だ」 その言葉で慌てて教室の中へ入る。教壇に上がって前を向いた瞬間、20名ほどのクラスメートの視線が私の瞳に映った。 「普通科から転科してきました、齋藤綾音です。いとこの蒼と、ダニエル先生に誘われて来ました。これからよろしくお願いします」 そう言ってペコリと頭を下げると教室中から拍手がわいた。 良かったぁ。みんな優しそう。 「ミス齋藤の席はあそこだ」 そう言われた席は、蒼の隣の窓際の席だった。人の合間を抜けて席へ辿りつくと、前の席の女の子が振り返ってきた。 わっ、すっごい美少女。 大きな瞳に、長いまつげ、軽くカーブのかかった長い黒髪。これぞ美少女というべきような、輝き、優しさにあふれた存在だった。 「はじめまして。立花咲良(たちばなさくら)って言います。これからよろしくお願いしますね」 そう言って笑った顔はもう、最高に可愛かった。しかも、すっごい上品さもあるし…。 と、若干見とれながらも、「こちらこそ」と私は笑みを浮かべた。 「お、終わったぁ…」 授業終了のチャイムがなった瞬間、私は全身の力が抜けるのを感じて、そのまま机に倒れ込んだ。疲労が全身にのしかかるのが自分でも分かる。 「eプロ科、すごすぎる…」 朝からグラウンド10周に、授業もレベルが高すぎてちんぷんかんぷんだし、どうにか挽回してみようと意気込んだeスポーツの実習も操作に慣れなくてビリ…。切ないよ…。 「…蒼はすごいね。こんな厳しい授業の末に、あんな大会に出られるんだね」 涼しい顔をして、ノートや教科書をまとめている蒼に向かってそう口にする。 「まぁ、それは憧れの人がいるから。憧れに近づくためには憧れの人以上の努力をしないといけないし」 「憧れの人?」 私がそう言った瞬間、なんだか廊下が騒がしくなり、教室にいたクラスメートが一斉に笑顔で廊下に出ていった。 「なになに?」 思わず気になって、外廊下に出てみる。廊下に出ているみんなの目は、中庭を歩く男女4人の集団に向けられていた。 見る限り、先輩っぽいけど…。一体誰だろう? 「蒼、あの人達って…」 「トップeプロチームの先輩達だ。高2の赤坂卓(あかさかすぐる)先輩、天王寺澪(てんのうじみお)先輩、新城(しんじょう)ハジメ先輩、高1の芹沢(せりざわ)まりん先輩。このチームは数々の大会で優勝していて、eスポーツ界のトップに君臨している。eスポーツをやっている人間の憧れなんだ」 蒼の言うとおり、芝生の上を歩く4人は私にもなんだか輝いて見えた。周りのみんなもキラキラとした視線を向けてるし…本当にすごい人なんだ。 「あっ、じゃあ、蒼の憧れっていうのも」 「もちろん、先輩達。特に天王寺先輩はeスポーツ全体としてもトップをここ数年守り続けてる。初めて出場した中1のときから、eスポーツの大会でも負けたことは一度もなく、その偉業から神と呼ばれている」 「えっ、一度もっ!?すごすぎる…」 そう口にしながら、天王寺先輩に私も目を向ける。 真っ直ぐ伸びた背すじに、きれいなロングストレートの黒髪。整った美人で神々しいオーラをまとう彼女は、少し近寄りがたい気がした。 …ん?っていうか…。 「どうかしたか?」 「あ、いや。なんか天王寺先輩とどこかで会ったことのあるような気がして…。でもどこだろう?」 なんとなく、そんな気がしたけど思い出せなかった。 「天王寺先輩と?テレビとかじゃなくて?」 「うーん…。違うと思うけど」 頭の奥に記憶があるはずなのに、霧がかかったようになんだか思い出せない。なんとなく、モヤモヤしてると携帯のメールの着信音が鳴った。送り主は蒼だった。 「これ、先輩達の大会の動画。これ見たら良い勉強になるし、どこで会ったかも思い出せるんじゃない?」 スマホの画面を見ながら、蒼が棒読みに口にした。でも、その行動がなにより嬉しかった。私の顔にも自然と笑みがこぼれる。 「うん、ありがとう!」 「ふわぁ…」 そうあくびをすると、自然と目が熱くなって、涙があふれてくる。 まだ授業前なのに眠い…。 朝の騒がしい教室でなんとか眠気を覚ますように、目をゴシゴシと凝らしていると、静かに咲良ちゃんがやってきた。 「あ、立花さん、おはよう」 「齋藤さん、おはようございます。なんだか眠そうですけど、大丈夫ですか?」 肩掛けカバンを机に置きながら、心配そうな表情で私を見てきた。 「あー、昨日動画見てて、気がついたら朝になってたんだよね…。天王寺先輩達のeスポーツ大会の動画なんだけど、立花さんは見たこ」 「もっちろん!eスポーツ好きとしては基本中の基本かつ、憧れの先輩方だもん!個性から得意なジャンルまでバラバラなのに、チームになるとデコボコが合わさったみたいに最高の組み合わせになるなんて、もうすごすぎる!…って、ぁ…」 興奮ぎみに話していたことに今更気がついたように、咲良ちゃんが顔を赤くして、縮こまった。 急すぎてなんか、びっくりしたけど…。でも! 「立花さん、eスポーツ好きだったんだね!もっとお話聞かせて!私はまだ入ったばっかりで知らないことだらけだから」 なんか嬉しかった。すごく真面目な子だと思ってたけど、それだけじゃなかった。 「私はeスポーツがただ好きなだけでここにいるから…。力になれることがあったら何でも言って下さい。齋藤さん」 「綾音でいいよ。齋藤はこのクラスに二人いるし。それに敬語じゃなくても全然!…だから咲良って呼んでもいいかな?」 私の言葉を聞いた瞬間、弾けるような、まぶしい笑顔を見せた。 「うん。…えっと、綾音ちゃん」 「うん。…なんか照れちゃうね」 「だね」 二人で笑いあっていると、ダニエル先生がいつもの数倍はある、ものすごい勢いで教室に入ってきた。あまりにも勢い良くドアを開けるから、ドアが壊れないか心配になる。 「みんな!ビックニュースが入ってきたぞっっ!」 「ビックニュース!?」 なんだろう!? ワクワクしながら席に座る。 「2週間後、シューティングゲームの日本一を決める大会、ジャパンカップが開かれることとなった!今回大会に使用されるゲームは世界でナンバーワンにプレイされているシュート・チャンピオンだ。そしてこれは4人1組のチームとして戦われる。さらに、みんなも知っての通りこのジャパンカップは我らがエース、天王寺達のチームが初めて出場、優勝した大会でもある!出場したい者は、チームを組んでから俺の元へ来るようにっ!!」 「ええっ、すごいっ!」 私と同じように、教室中が大きくざわめく。 シュート・チャンピオンは、私も大好きなゲームだし、天王寺先輩達が初めてチームを組んで優勝した大会なんておもしろそう! まぁ、でも…。 「私はまだ入ったばっかりだから、さすがにパスかなぁ」 だって、2週間後だものね。 そう思った時、私の隣からハッキリとした声が届いた。 「いや、出るぞ」 「えっ、蒼?出るって、まさか」 「あぁ。僕と綾音、同じチームを組んでジャパンカップに出て優勝する」 私と、蒼が同じチーム!?優勝!? 「えええっっ!!でも私、eスポーツ初心者だし、絶対足手まといになるよ」 私が足を引っ張るのは目に見えていた。 まだ始めて2日目だよ…? 「初心者でもこのゲームはやったことあるだろ?それに綾音なら、二週間あれば全然足りる。大事なのは、出たいか出たくないかだ。僕は綾音と出たい」 ウソがないって分かるくらい、真っ直ぐな瞳で蒼がこっちを見る。 大事なのは、出たいか出たくないか。…だったら答えは。 「…出たい。大会に出てみたい」 それしかなかった。 私の気持ちはすでに固まっていたのかもしれない。嬉しさ半分、不安半分な感じだった。 「よし、じゃああと二人誰か誘って…」 「あっ、だったら…」 私はふと、ある考えを思いついた。 せっかくなら…。 「ねぇ、咲良」 私はそのまま前の座席の咲良の肩をたたいた。 「ん?なに?」 「私達とチームを組んで、ジャパンカップに出ない?」 せっかくだもん!咲良とも組んでみたいよね! 私がそう言うと、咲良は目を見開いて、そして手を横に振った。 「いやいや、私が出ても足手まといになっちゃうよ。蒼くんはeプロ科でも頭一つ抜けてるし…」 そうなの?と一瞬思ったけどすぐに納得した。そういえばこの前の大会も準優勝だったし、カーゲームの世界大会でも優勝したって言ってたっけ。 なんか、昔から近くにいすぎてそんな感じしないから忘れがちなんだよね…。 「僕は良いと思うけど。立花さん、こないだの学力テストも2位で成績良いし。先月のパズルゲームの大会も結構いいとこまで行ってたよね」 そうなんだ。ちょっと驚いたけど、なんか納得。そんな感じするもんね。 「それはたまたまで…。しかも今回はシューティングゲームだし…」 「あれ?そういえば、咲良、昨日のeスポーツの実習2位じゃなかった?あれって、シューティングゲームだったよね」 昨日の実習は早々に負けたから、ずっと見てたんだよね。 「…でも」 「一緒にやってみようよ!私、咲良とやってみたいんだ」 私がそう言うと、咲良が少し考える素振りを見せて、それから遠慮がちに口を開いた。 「…私でいいなら」 「ホントっ!?ありがとう!」 嬉しくて、咲良の手を取る。咲良も笑みを浮かべていた。 「あと一人どうしよっか?」 そう私が蒼に聞くと、蒼はにっと口角を上げた。 「イイヤツがいるんだ」 「それで、誰なの?もう一人って」 日差しのまぶしい廊下を歩きながら、私は蒼に尋ねる。 あの後、すぐに授業が始まったから蒼の言う『イイヤツ』のことは聞く隙がなかった。 というか、その後に聞いてもなにかとにごされてしまった。 まぁ、名前を聞いたって分からないかもしれないけど…。それでも紹介してくれたらいいのに。 「もしかして、蒼くんの言うもう一人ってさく」 「さぁ、ついた」 一緒についてきた、というか蒼に言われてついてきた咲良が言葉を言い終わる前に蒼が言葉をさえぎってドアの前で止まった。そして二度、ドアをノックして、ガラガラと音を立てながら開けた。 「おっ、ミスアンドミスター齋藤に、ミス立花じゃないか!」 「ダニエル先生」 そこには、椅子に座るダニエル先生の姿があった。 「ジャパンカップのエントリーをしにきました」 たんたんと蒼が述べる。 え、そうだったの? 「おぉ!そうか。U-15ナンバーワンの実力を持つミスター齋藤に、立花グループの一人娘でeスポーツの知識にも長けているミス立花」 「えっ、立花グループってあの!?」 びっくりしすぎて、思わず叫んだ。 立花グループといえば、世界有数のIT会社。テレビとかでも、その名前は何度も耳にするもん。 「そして、未知の可能性にあふれているミス齋藤か。うん、たしかにいいチームだが…。あと一人はどうしたんだ?」 「それなら多分もうすぐ…」 蒼がそう言いかけた時だった。ガラリと後ろの扉が開いて、一人の男子生徒が入ってきた。 「あれ、蒼お前もう来てたのかよ」 「おぉ!ミスター佐久間じゃないかっ!うん、これはなかなかいいチームだっ!」 入ってきた男子生徒は同じクラスの佐久間真(さくままこと)だった。確か、私たちの後ろの席だったっけ。 「えっ、チームってジャパンカップのか?」 驚いたようにそう言うと、佐久間くんは疑いの目でじろじろと私と咲良を見てきた。 な、なんなの…。 ちょっとした不快感を感じていると、佐久間くんがため息とともに口を開いた。 「勘弁してくれよー。せっかく蒼と組めるからって思ってたのに、この二人かー。百歩譲って立花は我慢できるけど、よりによって昨日はいってきたばかりの奴なんてよ」 ムカッ!なんなの、めっちゃむかつく! …でも、確かにその通りではあるし。 どうにか言い返したかったけど、なんとなく言えなかった。 …でも、こんな奴とチームなの!? そう怒りと不安に包まれていると、さとすように蒼が口を開いた。 「確かに綾音は入ってきたばかりで昨日の実習もビリだったけど、とにかく組んでみないことには分からないだろ?」 なんかフォローになってない気がするんだけど…。 「まぁ、確かに…。なら、さっさと組んでみようぜ」 そう言うと、佐久間くんが勝手に部屋を出て、歩き始めてしまった。 「あっ、ちょっと…」 …すっごい、自己中心的。 そんなことを感じながらも、私達は早歩きでついていった。 「それじゃ、早速やるか」 パソコンルームについて早々、佐久間くんがパソコンの電源をつけ始めた。 跡を追ってきた私達も、重厚感のあるイスに座ってパソコンの電源をつけると蒼が口を開いた。 「全員このゲームはやったことあると思うけど、シュート・チャンピオンはオンライン上の4人一組の合わせて25チームが最後の一チームになるまで剣や魔法で敵チームを倒して戦い続けるゲーム」 このゲーム、結構難しいんだよね。 目の前の敵を倒そうと戦ってたら、気が付かないうちに後ろから攻撃されてたり。 まぁ、このゲームはパソコンでやったことあるから、昨日みたいなことにはならないと思うけど…。 そう思ってると、蒼が再び口を開いた。 「それと…ゲームを始める前に、役割分担を決めておかない?」 「役割分担?」 「人には得意なことと、不得意なことがある。だからそれを一番生かせる役割を決めるんだ。まぁ、とりあえずは仮でいいと思うけど」 確かに、リレーとかでもスタートダッシュが得意な人とか色々あるもんね。 「それじゃあとりあえずは、一番戦闘能力の高いリーダーが蒼、体力が一番多いリーダーのサポートが俺、運動能力の高いスピードが立花、で、遠くから攻撃する魔法が使えるマジシャンが…なんだっけ名前」 「綾音です!」 名前も知らなかったのかよ!! そんな思いもぐっと胸の奥に閉じこめながらも、ヘッドフォンをつけると、一気に聞き覚えのある壮大な音楽に包まれた。ヘッドフォンの先には小さなマイクがついていた。 『ゲーム中はこのマイクを通して話をするから』 ヘッドフォンから蒼の言葉が直に響く。 なんか、これをつけるだけでもドキドキする…! 『それじゃあ、始めるよ』 その蒼の言葉でパソコンの画面がスタート画面に切り替わった。そして… 『スタート!』 画面にその文字が映し出されるのと同時に、画面上のキャラクターが動き始めた。 始まった…! パソコンのマウスとキーボードを操作して私も自分のキャラクターを動かす。 最初は基本的な武器しか持ってない。 これじゃあ敵に出会っても、武器が弱いから倒されてしまう。 だから武器である剣と弓、マジシャンだけが使える魔法の杖、そして回復要素になる救急箱をまずは探すんだ。建物の中とか、道においてある箱の中に入っているからね。 ちなみに剣は直接攻撃しか出来ないけど、弓は遠くからでも攻撃できる。 まぁ、その分命中率が低いし、手に入れにくいんだけどね。 『もう武器を持っているチームもあるかもしれないから気をつけて』 そんな蒼の言葉を聞きながら、武器を探して進んでいく。 プレイヤーはチームごとにランダムに配置されてるからどこにいるのかは分からない。 …って、いつの間にか佐久間くんどっか行ってるし。 画面上からは佐久間くんが消えていた。 なるべくチーム単位で行動したほうが良いんだけど…。 …あっ、武器発見! 佐久間くんを探すよりも先に武器が見つかった。 『魔法の杖もあるから、綾音はとりあえず剣じゃなくてそれをとっておいて』 『分かった』 そう言って杖を取った瞬間、敵チームの一人が私達三人の前に現れた。 『俺が倒しておくから二人は他の武器を探しに先に行ってて』 そう言うと蒼は敵に勝負を仕掛け始めた。 蒼が敵のキャラクターよりも何枚も上手ということは、すぐに見て分かった。 これなら一人残していっても大丈夫そう。 私達は蒼の言葉通り、先へと進んだ。 『あ、また敵だ』 咲良の言葉で私は目の前に敵がいることに気がついた。 向こうは戦う気満々って感じだけど…。 『綾音ちゃん、どうする?』 蒼はまだ戦ってるし…。相手は一人だからあんまり戦わないで逃げることも出来そうだけど…。まぁ、でも。 『うん、戦おう』 ここで倒したほうが、後に頑張らなくて済むし、相手の武器が手に入るしね。 私はすぐさま、武器を手にして攻撃を開始した。ジャンプや左右に避けて敵の攻撃を避けながら、剣を…って、私マジシャンだから直接攻撃じゃない方が良いんだっけ。あんまりこの役割やったことないんだけど…。 そう思いながらも、魔法使いの枝を操作して少し離れたところから攻撃を始めた。 杖に力をためて、えいっと振ると杖の先から色とりどりな光が相手向かって飛んでいった。でも、その攻撃は見事にかわされる。 うっ、向こうも動きが早くて中々攻撃が当たんない! そう思ってるうちに相手が一気に間合いを詰めて、剣片手に襲い掛かってくる。 『おっ、と』 けど、横に跳んで軽く避ける。 なんとなく、この敵、技術的にはまだまだって感じがする。 でも…勢いはすごかった。 捨て身覚悟の上なのか、立て続けに攻撃がとんでくる。右、左、右、左…。 これ、微妙に疲れる…。それに私もなんとか攻撃を避けてるけど、敵がもう一人来たら結構ヤバイかも…。 そう冷や汗をかいてると、突然咲良の声が響いた。 『綾音ちゃん、マジシャンはもう少し離れて狙った方が当たりやすいと思う。それと相手は運動能力の高いスピードだけど、横の動きにはあまり強くないから縦軸で狙ったほうが当たりやすいよ』 そうなんだ! 知らなかった情報に驚きながらも、実践してみる。 すると、さっきよりも攻撃が当たるようになったし、距離をとってるから攻撃されにくくなった。 うん、この調子ならなんとかなりそう。 そう思ってると、あっという間に敵を倒すことができた。 『よしっ…と。うん、先へ進もう』 そう、咲良に呼びかけるのと同時に後ろから蒼が走ってきた。 『敵、倒した?』 『うん。ちょうど先へ行こうとしてたとこ』 『よし。佐久間は今どこにいる?』 『今は雪国地区にいるところ。さっき敵も倒しておいたぞ』 このゲームは8つの地区に分かれていて、それぞれ環境が全く違う。 雪国地区はここから結構離れてるけど…。 『分かった。今からそっち行くから絶対動くなよ。団体行動が命なんだからな』 シュートチャンピオンの団体行動が命なのにはもちろん理由がある。 仲間が敵に倒された後、30秒以内なら自分の体力を削って仲間を復活させることができる。だけど、仲間のそばにいないと復活させることが出来ないんだ。 『へいへい。…って、ヤバ。2チームに攻撃されてる』 ええっっ!2チームって…。 佐久間くんの言葉一つで、一気に驚きと不安に包まれる。 『ったく、一人で行動するから狙われるんだ。とりあえず逃げろ』 そんな言葉を耳で聞きながら、蒼と咲良と一緒に走る。 …間に合うかなぁ。 正直微妙だった。 2チームから狙われてるって結構ヤバイよね。 と、その瞬間目の前に佐久間くんが。 『えっ、佐久間くん!?』 私が驚いてそう言った時、佐久間くんの後ろの方から2チームの敵が現れた。 引き連れてきたの!? 『えっ、2チーム…』 咲良も驚いたのか、引いたように声にした。 だけど蒼の声だけは違った。 『よしっ、いいチャンスだ。全員倒すぞ!』 『ええっ!!』 そんな私の驚く声も聞こえないかのように、蒼がどんどん指示を出していく。 『俺は右から突っ込むから、立花は左、佐久間は一旦走り抜けて隠れてからスキを見て攻撃しろ。綾音は一歩離れたところから魔法を使え』 『えっ、あっ、』 頷く隙もないくらい、敵がどんどん近づいてくるので慌てて攻撃を開始した。 うわぁ、2チームだと結構多い…。でも、やるしかないよね! 少し離れたところで、魔法杖に力をためて、相手チームの一人に標的をしぼって攻撃を振り回した。光が敵へと届いていく。 うんうん、当たってる…って、わっ! 目の前に飛んでくるものを見て、瞬時に横へ跳んで避ける。不意打ちに弓が飛んできた。 弓は当たると威力も強いから注意しないと…。 『綾音、とりあえずリーダーに攻撃を定めてくれ』 『うん、了解』 そう言ってると、隠れていた佐久間くんが出てきて攻撃を開始した。 『佐久間はもう一チームのリーダーに攻撃して』 そんな会話を聞きながら、さっきの咲良のアドバイスもあってか、なんとかリーダーを倒すことに成功した。 とりあえずは、良かったぁ…。さて、次は…って、他の人もほとんどいなくなってる! 辺りを見渡すと、8人はいた敵が2人になっていた。 一体いつの間に?まぁ、手ぶらになったし蒼の応援を…。 そう思って魔法杖に力をためた瞬間、蒼の剣が相手の胸に直撃してそのまま倒れてしまった。 あっ…なら、もう一人の敵に…! そう思い直して、仕切り直しそうとすると、次は蒼の弓矢が遠くにいる相手にさく裂した。 えっ…。早すぎる…。 超人的な実力を見て実感した。 蒼、本当に上手いんだ。 『よし、これで全員倒れたな』 『あっ、うん。それでどうする?このまま中心の方へ向かう?』 『そうしたいところだけど…。今の対戦で弓矢をほぼ使っちゃったから、どこか探しに行った方が良いな。あと、佐久間も体力回復アイテムを探した方がいい。結構削られたろ?』 『あぁ、そうだな。…でも、どっちもレア物だから探すのは大変なんじゃないか?』 確かに2つともなかなか出会うことが出来ないレアなアイテム。 探すのは敵に見つかる可能性もあるから、早めに切り上げたいとこだけど…。 そう思った瞬間ある考えが頭にかけ巡った。 もしかして咲良知ってたりするんじゃ…。さっきも私の知らないこと色々教えてくれたし…。 『咲良、何か知ってる?』 『えっ、えっと…。弓だったら砂漠地区に、回復アイテムはその隣の海岸地区に多くあるとは思うけど…』 『本当かっ!よしっ、行くぞ!』 そう言って佐久間くんがあっという間に走り出した。 『あっ、待てよ!またさっきみたいになるぞ!』 そう言う蒼の声を聞きながら私達は佐久間くんを追いかけた。 その後もなんとか敵を倒しつつ、アイテムを集め、そしてまた敵を倒した。そして気が付けば、一位でフィニッシュしていた。 「結構いいじゃんこのチーム」 帰宅するために、パソコンルームから出て廊下を歩き始めると早々に佐久間くんがそう言って笑みを浮かべた。あれから何度かゲームをしたけど、どれもいい結果だった。 「まぁ、でも役割分担は変えたほうがいいかも」 「確かにね。どういう風にする?」 蒼の言葉に同調する。 「リーダーは僕、サポートが綾音、スピードが佐久間で立花さんがマジシャンっていうのはどうかな?」 「うんいいと思うよ」「俺も」「私もそう思う」 三人同時に頷いた。 勝手に動き回る佐久間くんは運動能力の高いほうがいいし、ちょっと後ろから攻撃したい咲良はマジシャンが似合うもんね。 「そうだ、咲良。弓の場所とか色々どうして知ってたの?」 「それは…。私、自分でやるのもだけど、eスポーツを見たり、調べて研究するのが好きで。それで色々知ったの」 そういえば、天王寺先輩達の話をしたときもすごく盛り上がってたっけ。 「立花さんがそういうの、もっと色々言ってくれたら助かるよ」 「あ、うん。もっと言えるように頑張るね」 なんかいいチームじゃん! みんなの間にあったかい空気というか、そんなものが流れているのがわかった。 「あ、そうだ。これ」 そんな空気に浸っていると、思い出したように蒼がカバンからホチキスで留められた紙の束を私達それぞれに差し出してきた。 「なに、これ?」 「明日からの練習メニュー。二週間しかないから徹底的にやろう」 「うん、そうだね。…って、なにこれ!」 メニューを見て、驚がくした。 学校始業前に、ランニング5キロ。昼休みは勉強と作成会議。そして放課後はとにかく練習、練習。さらにさらに、家に帰ってからも学校の宿題とオンラインで練習。 …正直、キツすぎる。 隣を見ると、二人とも完全に青ざめていた。反対側の蒼だけが一人燃えている。 「…蒼、気合い入ってるね」 「まぁ、絶対に勝ちたい相手がいるからな!」 「勝ちたい相手?」 それって誰だろう?そう思ってると、佐久間くんが思いついたように目を見開いた。 「あっ、もしかして清栄学園の吾妻かっ?」 「清栄学園の吾妻…?」 どこかで聞いたことがあるような…。って、そうか! 「こないだ蒼が準優勝した大会で、優勝してた人だ!」 私が初めてみたeスポーツ大会。そういえば、そんな名前の人が出てたよね。 蒼も上手かったけど、やっぱそれ以上に上手かった。 「あっ、それって確かジャパンスタジアムでやってたeスポーツ最強シューター決定戦だよね。そっか、シューティングゲームといえば吾妻くんだよね」 「咲良も知ってるの?」 「うん、私達の学年でも齋藤くんと並ぶ位有名だから。吾妻くんは特にシューティングゲームを得意としていて個人、チーム関わらず多くの大会で優勝してる。だからジャパンカップでも既に優勝最有力候補って言われてるの。確か、一月の世界大会では天王寺先輩達に続いて5位だったはず」 「ええっっ!」 天王寺先輩達と並ぶなんてすごすぎる…。そんな人と張り合う蒼もすごいけど。 「吾妻とは二勝三敗で負け越してる。あいつらも必ずジャパンカップには出るはず。チームでは戦ったことはないからこそ、絶対勝ちたいんだ!」 そう言う蒼の瞳がメラメラと燃えているのが分かった。 蒼、本気なんだ。私も頑張らないとっ!! 「みんな、頑張ろうねっ!」 私はそう言って、外廊下を抜けて中庭に走り出した。 その日の風は春のニオイが漂っていた。 それからの二週間はとにかくハードな毎日だった。朝は早く、夜は遅く。 そんな日々を過ごしていくうちに、私達の団結力も高まったのか、チームとして過ごすことが当たり前になっていた。それに相まって、チームとしての成績もより良いものに変わっていった。そして、ついにジャパンカップの予選の日がやって来た。 「うぅ、ドキドキしてきたっ!」 パソコンルームのいつもの定置席なはずなのに、その雰囲気はなんだか違った。 だって今日はいよいよジャパンカップの予選。予選はネットを使ってオンラインでの対戦になるから、練習の時と変わらない感じで学校のパソコンルームでやるんだけど、ドキドキとワクワクが重なって、見える景色全部が違って見える。 「今日はまだ予選。決勝になると大きな会場でやるみたいだよ」 「なら、その準備もしておかないと!」 「綾音、気が早い。…まぁ、その気持ちだけは認めるけど」 「綾音ちゃん、まずは決勝に出られるように頑張ろうね!」 「もちろん!」 なんか、ワクワクしてきたっ! すると、目の前のパソコンの画面が変わって、一人の男性が写し出された。 「出場チームの皆さんこんにちは。ジャパンカップの司会を務めさせていただく、鹿石洋(しかいし よう)でこざいます!大会を始める前に、今大会について説明させていただきます」 司会者の人がそう言うと、画面に得点表が現れた。 「予選はエントリーした全1000チームが25チームずつ、40のブロックに分かれて競い合います。ブロック内ではそれぞれ試合を5回行ない、ゲームの結果に基づいて一位のチームには20ポイント、2位10ポイント、3位5ポイント、4位から10位までには3ポイントを進呈します。また、倒した敵の数ごとにチームに1ポイント与えられます。それらのポイントを合計して各ブロックの上位3チームが再来週行われる決勝に進出できます!」 うぅ、25チーム中決勝に出れるのはたった3チームかぁ。狭き門だけど…やるしかないよねっ! 『ゲームでなるべく上位に組み込むことも大切だけど敵を倒すこともポイントの面からは重要だ。作戦通り、リスクが少ない戦いはどんどん仕掛けてこう』 その蒼の言葉の後、パソコンの画面上にブロックごとのチームの人の名前が写し出された。 私達は…Bブロック。他の人はどんな感じなんだろう。そう思って、確認してみる。 …って、あ! 『あ…』 私がそれに気がついたのと同じタイミングで蒼の声も聞こえた。だって… 『清栄学園の吾妻達と同じブロックだな』 佐久間くんがそうつぶやいた。 『うぅ、予選の内から当たっちゃうなんて』 『でも優勝するならいつかは当たる相手だ。焦らずにいこう』 その蒼の言葉を聞いて私もなんだか落ち着いた。 そうだよね。私達は私達なりに頑張るだけだもん。 「それではこれから試合を始めます!みなさん頑張って下さい!」 司会者の人がそう言うと動画が終わり、ゲーム画面が準備画面に変わった。 いよいよ始まるんだっ…! そしてその瞬間、画面が変わってゲームがスタートした。一斉にキャラクター達が動き始める。 『早めに武器を手に入れて、先に攻撃するぞ』 『うん、了解』 そんな返事をして、私達は練習の時と同じように慣れたように動き始めた。それからしばらくは特に何事もなく武器を発見して、敵と戦ったりしていた。練習の時よりも相手が強いのもあって少し戸惑ったりもしたけど、それでも順調といえる出来だった。 『よし、あと20人だって』 画面に表示されてる残り人数を見ながら、私はそう言った。 ここまで来ればもうあと少しだよね。 『敵も減ったけど、かなり密集はしてきてるから気をつけたほうがいい。特に今は高所にいるからなるべく動かないほうがいいかもしれない』 そう蒼が言った瞬間、佐久間くんが剣を斜め方向に向けた。 『おい、あそこに弓落ちてないか?』 『あっ、本当だ』 佐久間くんの言う通り、私達のいる山を少し降りたところにある、さびれた木製の建物の近くに弓が落ちていた。 普通は敵を倒したらまず弓は持っていくし、あんなとこに落ちてるはずはないけど…。 『誰かが拾い忘れたのか…?いや、でも』 『俺、取ってくるわ!』 蒼の言葉も聞かずに、すぐさま佐久間くんが走り出してしまう。 ほんと、自分勝手なんだから…。 『佐久間くん、私もついてくから待って』 こないだみたいにまた一人で狙われたら大変だもんね。 剣をしまって慌てて佐久間くんを追いかけた。 『あっ…』 咲良のそんな声が聞こえたような気がしたけど、その時の私は特に気にも留めなかった。 山を降りると、芝生の上に本当に弓が落ちていた。 『おっ、二本もあるじゃん!』 『周りにも誰もいないみたいだし…。忘れちゃったのかな?』 だけど佐久間くんが弓を拾おうとした瞬間、その考えはすぐさま変わった。 『二人とも右に避けろっ!』 『えっ…』 蒼の声に驚きながらも、右に避けた瞬間、弓が飛んできて私達がいた場所に突き刺さった。 敵…!? 慌てて弓が飛んできた建物の方を確認すると、敵チームの4人が剣を振りかざしてきてた。 やばっ! とっさに後ろに跳んでなんとか攻撃をかわす。 『罠だったんだ!弓をわざと置いて、気を緩めて近づいてきた敵を攻撃する。とにかく俺らがそっちへ向かうまでは攻撃を避けるんだ!』 焦った蒼の声を聞いて、汗がジンとにじんできた。 ど、どうにか避けないと…! そう思ってなんとかジャンプをしたりして攻撃を避けようとするけど、倍も人数がいるとそう上手くはいかず、剣が頬や足に数回当たってしまう。 ていうか三人に狙われてるし…。 心を決めて、防御もそこそこに、攻撃にチェンジする。 体力は減るけど、こっちの方が動きやすい! そう思って剣を手にした瞬間、突然目の前の敵が全員私との戦いを放棄して一目散に走り始めた。 えっ、何!? その作戦を掴めずにぼうぜんと敵の行く方向を見ると、そこには走ってきた蒼の姿があった。 まさか、蒼を狙って…!? それに蒼も気が付いたのか、敵がいる方とは逆方向に走り出した。それでも敵は蒼を追いかけていく。 『弓と魔法を使ってあいつらを狙ってくれ!』 『わ、分かった!』 そう返事して弓で相手を狙うけど、走ってるだけあって全然当たんない。 元々レア物で数少ない弓もどんどん無くなっていく。 『俺、もう弓無くなった!』 『私も、あと一個。どうしよう、蒼』 『…っ、しょうがない。直接攻撃にしよう。これから敵を連れたままそっち行って止まるから準備しとけ』 そう言うとあっという間に敵を引き連れた蒼がやって来た。 やっぱ、多いっ…!…でも、大丈夫。あの佐久間くんの時よりも敵の数は少ないんだもん。どうにかなるはず! そう思って、走ってきた一人の敵向かって剣を振りかざす。でもその攻撃は余裕を見せて避けられてしまった。すると、次はこっちの番だと言うように相手が軽くステップをして、一瞬で間合いを詰めて剣を突き出してきた。 速いっ! 体をひねってなんとかかわす。 ステップをとってからいつ攻撃してくるか、タイミングがめちゃくちゃ掴みづらい。 その瞬間、気がついた。 違う。今まで戦ってきた敵と全然違う。テクニックとか、戦略とか慣れとか。これが強いってことなんだ。 そんなことを思ってると、また攻撃が飛んでくる。 避けられないっ! 間に合わずに、右足にかすかに攻撃を受けてしまった。体力が減っていくのが画面上で表示される。 私ももっと攻撃するしかないっ! その思いで、攻撃しようとしてもほとんど避けられて当たらない上に、向こうの攻撃になるとその攻撃の速さとタイミングから中々避けられない。 ヤバイかも…。 『うわっ、ヤバイ。やられた…』 佐久間くんの声が聞こえて見てみると、消えていくキャラクターが目に入った。 佐久間くん、倒されちゃったのっ!?でも、どの敵もまだ体力ありそうな感じだし…。 『逃げた方が良いんじゃない?』 『そうしたいところだけど、ちょっと今囲まれてるし、どうにか囲みから抜け出せてもさっきみたいに追いかけられるだろうな。そうしたら他の敵にも狙われるかもしれない』 確かに気づけば囲まれてる…。 うぅ、このまま突っ走るしかないのか。 『二人ともごめん。私もやられちゃった…』 『咲良…!』 近くにいるしどうにか回復させたいけど、敵に狙われてるこの状況的に無理だ…。私自身も体力結構減ってるし…。…って、また弓飛んできた! 『綾音、一人どうにかしたけど体力がほぼ無い。お前一人でも良いからとりあえず逃げろ。例え、やられてもいいから他の敵が減るまで一秒でもいいから生き延びろ』 『…うん。分かった』 そう言って、蒼とタイミングを合わせて、蒼が敵をひきつけているスキをみてなんとか逃げ出す。 けど、追いかけてきてる…! 私を追いかけてくる足音が大きく響いていた。 あぁ、どうしよう…! 『綾音、後は頼んだ』 その声が聞こえて、画面の端を見ると蒼が倒されたことが表示されてた。 あぁ、やばいよ! その後もなんとか走って逃げていたけど、結局私も他の場所から見てた敵の弓にやられてしまった。 『…ごめん、やられちゃった』 私達の間に重たい空気が流れるのが分かった。 チーム順位は7位。倒した敵の数は11人。 このままだと決勝進出は厳しいよね…。そう思ってついため息を吐くと、蒼の声が降り注いできた。 『清栄学園だ』 『え?』 『画面を見てみろ。今の敵は清栄学園の吾妻たちのチームだったんだ』 画面を見てみると確かに、私達を倒したのは清栄学園のチームだった。その中にはあの吾妻光星の名前も入っていた。 だから蒼が一番強いのを知っていて、追いかけ回すことで他の三人の弓を使い切らせたんだ…。 『これがあいつらの実力か…』 その蒼の言葉が、私達と清栄学園との実力の差を改めて感じさせたような気がした。 その後の四回の試合のおかげもあり、なんとかブロックの最終順位は3位。 決勝にはギリギリながら残ることは出来た。けど…。 その日の帰り道はみんな無言だった。 優勝はもう無理だろう。 その考えがみんなの頭によぎるのも仕方のない位、その差を見せつけられてしまったから。 「…はぁ」 昨日のことを思い出して、思わず重いため息を吐いてしまう。 やっぱり清栄学園は強いんだ…。ううん、清栄学園だけじゃなくて他の決勝に残ったチームも強かった。このままじゃきっと優勝は夢のまた夢、だよね…。 すると、ダニエル先生がいつものようにテンション高くジャンプしながら教室に入ってきた。 「よしっ、出席取るぞー!ミス赤阪…」 そういえば…。 私はふと、前の席を見る。そこには咲良の姿は無かった。 咲良、お休みなのかな?蒼も休みだし…。まさか昨日の試合で…?…なんて、そんなわけないよね。 「ミス齋藤、ミス齋藤?」 「あっ、はいっ!」 やばい、ぼっーと考えてた。落ち込んでてもしっかり集中しないと。 そう思って私はペチンと自分の頬を軽く叩いたのだった。 キーンコーンカーンコーン 授業終了を合図するチャイムの音が鳴り響いて、教室中に解放感が訪れた。 「うっ、今日も疲れたぁ」 脱力感と共にシャープペンシルをケースにしまう。eプロ科に来てもう二週間以上も経つのに、このハードさには全然慣れない。 この後はチームの練習…って、今日は蒼と咲良休みだしどうしよう? そう思って後ろの席の佐久間くんに話しかける。佐久間くんはカバンを持って既に教室を出る気満々だった。 「佐久間くん、今日の練習どうする?蒼と咲良もいないし」 「練習?お前、昨日の試合やってもまだ続けるつもりなのか?俺は勝ち目のない試合には出ない。蒼も立花も昨日のこと引きずって休んでるんだ。もうチームも解散だろ?」 「えっ…」 そう言うと佐久間くんはさっさと帰ってしまった。 チーム解散…。 その言葉だけが頭の中でぐるぐるとうずまいていた。 「チーム、解散かぁ」 人気のない外廊下を歩きながら、私はため息とともにそうつぶやいた。 佐久間くんからチーム解散の言葉を聞いてから三日。あれから何度か蒼の家に行ったけど、鍵のかけた部屋にこもったままで会話すらできなかった。それに咲良も…。 私はポケットから買ってもらったばかりのスマートフォンを取り出す。何度もメールしても電話しても応答がなかったのに、突然昨日になって『チームをやめます。ごめんなさい』その一文だけが送られてきた。 こうなってくるともうしょうがない。 結局私はチームを解散することを、一人心に決めた。私自身も、チームとしての勝利が無理なことが分かっていたから。 まぁ、とりあえずダニエル先生に話して…。…って、あれ? 「ここ、どこ…?」 気がつくと知らない教室だらけの場所に来てた。 この学園、学科もたくさんあって広すぎるから…。とりあえず、来た道を戻って…。 そう思って振り返ろうとした時、近くの教室から声が聞こえてきた。なんとなく興味をそそられて、ドアのすき間からそっと中の様子をのぞいてみる。 「…あぁ、もう疲れたよぉ。ねぇ澪ちゃん休憩しようよ!」 パソコンの前で、ヘッドフォンを外しながら女子生徒が手を挙げた。それに賛同するように隣に座る男子生徒も手を挙げる。 「俺もまりんに賛成!もうかれこれ80ゲームは連続でやってるぞ」 …って、あれって芹沢まりん先輩に、新城ハジメ先輩!?ということは…。 期待とともに目をそっと右に動かして見てみる。 「だって。どうする?澪」 「どうするも何もこのまま続けるに決まってるでしょ。それが嫌ならまりんは勉強、ハジメはグラウンド100周」 やっぱり、赤坂卓先輩に、天王寺澪先輩!先輩たち、ここで練習してたんだっ! 新たな発見についつい嬉しくなる。 …にしても、さっき80ゲーム連続って言ってたよね。やっぱり、すごすぎる…。本当に天才集団だよね。 そう思ってふと、自分たちのチームと比較して嫌になる。 天王寺先輩達はあのジャパンカップで初優勝したんだよね…。きっと私達とは、チームの結束力も才能も全然違うんだよね…。 「えぇ…。澪ちゃん本当にストイックすぎるよぉ」 「当たり前でしょ。一流の技術を取得するには1万時間が必要」 い、1万時間!? 想像できない数字に、思わず声が出そうになってしまう。けどそんな私にも気が付かずに、まりん先輩と天王寺先輩が話し続ける。 「また1万時間の法則…?それって、スキルを磨いて一流として成功するには、1万時間の努力が必要っていうやつでしょ? 」 「えぇ。まぁ、もちろん1万時間やったって、全てが結果に繋がるとは限らない。それでも、それで良いと努力を諦めてしまえばそこで終わり。どんな困難があっても、例え一パーセント以下の可能性でも、努力をし続ける限り、未来は明るくなる。この先、努力を怠った事を後悔したくないでしょ?」 「あっ…」 その言葉は私の胸に強く刺さった。 まるで自分のことを言われているかのようだったから。 私、チームとしての優勝はもう無理だって諦めてた。あんなに差をみせつけられて、もうダメなんだって。 …けど、私、まだ何もしてない。 たった一度負けただけで、努力を怠って。 これからの可能性なんて、まだなにも分からないのに。 そう思うと、途端に悔しくなってきた。 …勝ちたい。その可能性が一パーセントでもあるなら…。四人で勝ちたいっ!だから…。 その時、私は決意した。 チームを必ず復活させて、優勝することを。 「うん、やろう!」 そう小さくガッツポーズして歩きだそうとした時、ふと天王寺先輩達の姿が見えた。 さっきは気が付かなかったけど、その顔や首にはびっしょりと汗が張り付いていた。 その瞬間、ハッとした。私、勘違いしてた。 天王寺先輩は確かに天才だ。 だけどきっと見えないところで、ものすごく努力をしてきたから、今があるんだ。 …私は少しなめていたのかもしれない。eスポーツってきっと、ゲームじゃない。真剣勝負の場所なんだ。 そう思った時、教室の中にいる天王寺先輩達から神々しいオーラが放たれているのが感じられた。 私も立ち止まってなんかいられない! もっと前へ進まなきゃ! 「…というわけで、ダニエル先生、咲良の住所を教えてください」 ここまでの流れを話した後、そう言って、私はダニエル先生に向かって頭を下げた。 まずチームを復活させるためにも、なんとしても咲良と話がしたかった。 「…なるほどなぁ」 小さくそう言うと、ダニエル先生は右腕で自分の目をおおい隠した。 「先生?」 「うっ、うっ、いい話だぁ!」 …えっ、泣いてるし。 感激の涙?を流しながらダニエル先生は口を開いた。 「よしっ、そんな情熱的な心を持つミス齋藤にはミス立花の住所を教えてやろう!」 「本当ですか!?ありがとうございます!」 「それと…。一度崩れてしまったチームを元に戻すのはとても大変だ。しかも二週間もない間で」 さっきまで泣いてたのに…。 その空気の切り替えにちょっと驚きながらも、ダニエル先生の言葉に耳を傾ける。 「そんな難題に挑む齋藤へ一つヒントをやろう。立花が欠席している理由は知ってるか?」 「いえ…」 私がそう首を振ると、先生は一度大きく息を吸ってから口を開いた。 「立花の両親がeスポーツをすることに強く反対しているんだ」 「えっ」 もしかして、それがあるから咲良はチームをやめるなんて言ったの…? 咲良の抱えていたものがようやく見えた気がしたと同時に気付けなかったその事実に胸が締め付けられる。 「もちろん、eプロ科に入る時にはきちんと両親の承諾は得ていた。勉強と習いごとのヴァイオリンをおろそかにしないこと、その条件付きでな。立花はそれをしっかり守っていた。先週まではな」 「先週…?」 頭の中の記憶を巡らせる。 先週といえば、みんなで猛特訓して…。…って、もしかして! そんな私の考えを見透かしたように、先生がうなずいた。 「そうだ。立花は大会の練習のため、ヴァイオリンのレッスンを一度休んでしまった」 「一回だけで…?」 咲良、あんなに頑張ってたのに…。頑張っていた咲良の姿を思い出すと、胸がきゅっと辛くなる。 「元から立花の両親、特に父親がeスポーツはただの娯楽だと猛反対してた。それもあってのことだろう。まぁ、つまりだ。チームを復活させるには、立花の両親も説得させないといけないってことだ。一応俺も掛け合ってはみるが、期待はしない方がいい」 咲良の両親を…!?なんだか、早速前途多難な感じがしてきた…。 「うわぁ、おっきい…!」 目の前にそびえ立つ、大きく真っ白い家を見上げて、つい言葉に出してしまう。 ダニエル先生に教えてもらった住所に従って咲良の家までやって来たけど…。 「さすが、立花グループ…」 その家はまさに豪邸という言葉が似合う家だった。 「とりあえず、ピンポン押して…」 そう口にしながら、門についているチャイムを鳴らすと、チャイムの向こう側から女の人の声が聞こえてきた。 『はい、どちら様でしょうか?』 『あっ、咲良…じゃなくて、立花さんのクラスメイトの齋藤綾音と言います。ノートと、差し入れを持ってきました。立花さんに会わせていただきたいのですが…』 『分かりました。少々お待ちください』 その声が聞こえたかと思ったら、目の前の頑丈そうな門が自動で開いた。 『ぜひ、家の中でお待ちくださいませ』 なんか、別世界にきた気分…。 そんな感情に浸りながら、私は広い庭を通って家に向かって足を進めた。 「ふわぁ…」 目の前に広がる高級感溢れる光景に、思わずため息が出てしまう。 広い庭を通って家の中に入ると、インターフォンにも出てくれたお手伝いの人が当たり前のように応接間まで案内してくれた。 まず、応接間まであるのもすごすぎるけど…。 家の中は豪華なシャンデリアとか、金色のじゅうたんとか、とにかく高そうなものが溢れていた。私がいま座ってるイスもフカフカで高そうだし…。息を吸うだけでも緊張する…。 そう思ってると、右側にある扉が開いた。 「咲良…!」 そこには真っ白なワンピースを着た咲良の姿があった。心なしか、その表情は少しだけ暗く見える。 「綾音ちゃん、一体どうして…」 私がいることに少し目を張りながら、向かい側のソファに座ると、さっきとは違うお手伝いさんが私達の前にカップに入った湯気の浮かぶ紅茶を置いて出ていき、部屋の中に私達二人だけになった。 その瞬間、なんとなく、異様な空気が流れるのが分かった。 「あっ、そうだ。これ、休んでた分のノートと差し入れのシフォンケーキ」 その空気をなんとか正そうと、思い出したように口にする。 「シフォンケーキ?」 「うち、カフェやってて。シフォンケーキは一番人気なの」 「あっ、そうなんだ。美味しそうだね。ありがとう」 ケーキの入った箱を覗いて、咲良はわずかに笑みを浮かべた。 喜んでくれたみたいで良かった…。 そう安心したものの、中々次の言葉が出て来なかった。 とにかく話そうという意志だけで来ちゃったから、なんて言おうか、あんまり考えて来なかった…。 そう焦ってると、咲良が小さく口を開いた。 「あの…。綾音ちゃん、ごめんね。急にチームやめるなんて言って」 「あっ…。…それってやっぱり、親に反対されたから?」 そう聞くと、咲良は伏し目がちに小さく頷いた。 「…うん。でも、私も悪いから…。再来月には特進科に転科するんだ」 「えっ…」 そんな…。言葉が出なかった。そんなに反対されてるんだ…。 「みんなに迷惑かけて、本当にごめんね」 そう言って、咲良は暗い表情のまま、なんとかぎこちない作り笑顔を浮かべた。 それを見て、キュッーと胸が締め付けられるのが分かった。 それって、本当に…。 言うべきじゃないかもしれない。けど、込み上げてきた想いに口が勝手に動いた。 「…咲良は、それでいいの?」 「…うん、いいの。私、元々才能も無いし、チームにいても迷惑かけてばかりだから」 そう言う咲良の顔は、言っていることとは反対に、影がさしていた。 「本当に…?私は、咲良はチームに必要だって思ってる。才能だってまだわからないじゃん。咲良にeスポーツをやりたいって気持ちがまだあるなら、チームに戻って一緒に優勝目指そうよ!私達にはまだ可能性があるはずだよ」 言葉を出しながら、私はそのまま立ち上がった。 気持ち、咲良に届いてほしい…! 心の中はそんな思いでいっぱいだった。だからこそ、気が付かなかったのかもしれない。 咲良が涙目を浮かべているその意味に。 「…私だって色々考えたよ。何度も説得して許可してもらおうって。…でも、無理だった。私、もう、疲れちゃったよ…!」 そう言うと、咲良は声を上げながら、ボロボロと涙をこぼした。涙が頬を伝って、かたいじゅうたんに落ちていく。 何も、言えなかった。目の前の光景を受け入れるのに精いっぱいで。 「ごめん、今日はもう帰ってもらってもいい?」 その言葉が咲良の口から出るまで、私はそこに立ち尽くしたままだった。 「はぁぁぁ」 家のカフェのテーブルに頭を乗せながら、胸の中がからっぽになるくらいの、深いため息を吐いた。 それにはもちろん理由がある。 「あれから咲良の家に行っても出てきてくれなくなっちゃったし…」 咲良の気持ちが分かってなかったなんて言っておいて、結局咲良を傷つけてしまった。私、自分のことばっかりで…。 「佐久間くんと蒼も全然話せてないし…」 佐久間くんはいつも通り学校に来ているものの、私がチームの話をすると、勝ち目がないと絶対に反対して、話を最後まで聞かずにいなくなってしまう。蒼に至っては相変わらず部屋から出てこないし…。 「チームは復活させたいし、そのためにはどんな努力だってするつもりだけど…。一体どう努力をしたら良いんだろう…」 そんなことを考えてると、また無意識の内にため息をついてしまう。 やっぱり、優勝は無理なのかな…。もうチームで大会に出ることすら叶わないのかもしれない。 と、その時キッチンの方からエプロンを外したママが小走りでやって来た。 「綾音、ちょっと店番頼んでもいい?」 「いいけど…。どうしたの?」 「和音(かずね)が学校の階段から落ちてケガしたみたいで…。これから病院行ってこようと思って」 「えっ、大丈夫なの?」 和音は私の4つ下の弟だ。 普段から走り回る和音なら、階段から落ちたのも納得だけど、痛そう…。 「うん、運良く軽いねんざで済んだみたい。でも一応迎えに行ってこようと思って。おばあちゃんは配達行ったばかりだからまだ帰ってこないかもしれないけど、もう閉店間際だからお客さん来ないかもしれないし」 確かに窓からはまぶしく夕日が光り輝くのが見えた。今ももう既にお客さんいないしね。 「…じゃっ、頼んだからね」 「うん、分かった」 私がそう返事をしてイスから立ち上がると、ママがドアを開けて出ていった。 閉店まではあと10分かぁ。おばあちゃんの配達、常連さんのところだから長くかかるよね。 「…暇だなぁ」 カウンターに背中をつけて、窓から漏れる夕日の光に目を細めながら、そうつぶやくと意外にもお客さんが入ってきた。 「ぁ、いらっしゃいませ!」 慌てて背中を離して声を掛けると、お客さんは無言のまま一番奥の窓際の席へ座った。 まぶしかったし、今も背を向けて座ってるから顔は見えないけど…。多分、常連さんの女性だよね。なんとなくあの真っ直ぐ伸びたキレイな黒髪、見覚えある。 そう大きくうなずきながら、水を注いだコップを席まで持っていく。 「どうぞ、お水です」 そう言ってコップを置いた瞬間、目の前の女性がぐいっと一気に飲み干した。 あ、やっぱりそうだ。こんなことするのって、あの常連さん一人しかいないもん。 「おかわりいただける?」 「はい、分かり…って、えっ!?」 そこでようやく女性の顔を見て気がついた。 その女性は… 「天王寺先輩っ!?」 私服姿だけど、そこにいたのはまぎれもなく天王寺先輩だった。 なんで? そう思ったけど、すぐに納得した。 そうだ。天王寺先輩のこと、どこかで見たことあるって思ってたけど、お店の常連さんだったんだ! 「あなた、eプロ科小等部6年の齋藤綾音よね?」 「えっ、あっ、はいっ!私のこと、どうして…」 入ってきたばかりで、天王寺先輩とは話したことすら無いのに…。 「ダニエル先生から聞いたの。私もダニエル先生にはよく指導してもらってるから。それに、ここのカフェにもよく来ていたから」 「そうなんですか…」 まさか知っていてもらえてたなんて…。 驚きと喜びで頭がいっぱいになる。 「…だからあなたが今どういう状況なのかも知ってる。今ならちょうど時間もあるし、話ぐらいなら聞いてもいいけど」 「えっ…。良いんですか…?」 あの、天王寺先輩と話せるだけでも感激なのに、話まで聞いてくれるなんて…。 感動していると、天王寺先輩が目で席に座るように促してきたので、緊張しながらもイスに座って話し始めた。 「…ってことで、どうしたらいいのか分からなくて…」 私はここまでの状況を大まかに説明した。 あ、さすがに天王寺先輩達の練習をのぞき見してたことは隠してね…。 「どんな努力をしてでも、可能性があるならチームで優勝したいって思うんです。でも、何をしたらいいのか分からなくて…」 「なるほどね…」 そう言いながら、天王寺先輩がアイスコーヒーのストローを持って飲んだ。コップの中の液体が揺れて、氷と氷がぶつかり合う。 「…ねぇ、あなたは優勝することが一番大事?」 「えっ…。そりゃあ…」 優勝以外に大切なことって…。 いくら考えても他には思い浮かばなかった。 「…eスポーツだけじゃないけど、勝利以外にも大切なことはある。まずはあなたがそれに気付くことね」 勝利以外に大切なこと…。 頭で考えるけど、すぐには出てこない。 いったい何なんだろう…。 「…私もあったな。そんなこと」 そう考えてると、天王寺先輩が小さくつぶやいた。 「えっ、そうなんですか!?」 あの、天王寺先輩達でも私達みたいにチーム解散の危機があったんだ…。 驚きですぐに頭がいっぱいになる。 「まぁ、何回もね」 「その時、先輩達はどうしたんですか?」 「それを言ったら、あなたはそのまま私達のやり方をマネしてしまうでしょ?そしたらあなた達は自分の力で乗り越えたとは言えなくなる」 「あっ…」 確かにそれはそうだ。それなのにすぐに答えを求めようとして…。 はぁっとため息を吐くと、天王寺先輩が声を掛けてきた。 「まぁ、でも、一つだけ言えるならどんな方法でも良いから自分の想いをしっかりと伝えること。それだけね」 「自分の想いを…」 「どの答えも全部あなたがここまで通ってきた道に答えはあるはずよ。答えを見つけられるかどうかはあなた自身にかかってる」 「…はい!」 私が通ってきた道に答えはある。 そうだよね、大丈夫。必ず答えを見つけるんだ! そう心に決めると、天王寺先輩が立ち上がった。 「そろそろ時間ね。お会計、ここに置いておくよ」 「あっ、ありがとうございます。…あの、天王寺先輩、どうして私の話を聞いてくれたんですか?」 こんなこと、聞くべきじゃないのかもしれない。でも、ずっと気になってた。いくら事情を知っていたといっても、今まで話したことなかったのに…。 「ここのカフェにはいつもお世話になってるから。…そして、あなたにはeプロとしての光があると思ったから」 「えっ…」 私に、eプロとしての光が!? 思わぬ言葉に息が止まる。 「…ま、どっちにしろチームを復活させなければどうにもならないけどね。大会当日は私もコメンテーターとして呼ばれてるの。しっかり見させてもらうからね」 「はっ、はい!」 私が頭を下げると、天王寺先輩はそのままドアベルを鳴らして、オレンジ色に夕日が輝く方向へ行ってしまった。 うぅ、改めて思い返すとなんだかすごすぎる…。あの天王寺先輩がカフェの常連で、しかも話まで聞いてくれるなんて…! とはいえ、頭をなんとか切り替える。 せっかく天王寺先輩が色々教えてくれたんだもん。私ももっと頑張らないと!天王寺先輩が言ってたのは、勝利以外にも大切なことがあるってこと。自分の想いをしっかりと伝えること。そして、全ての答えは私が通ってきた道にある…。 「私が通ってきた道って…」 そう言いながら、初めてeスポーツを見たときのことを思い出す。 確か、あの時は蒼のお弁当を届けにジャパンスタジアムに行って、それから…。あっ、そういえばあの時…。 改めて色んなことを思い出していく内に、大切なことが何か、なんとなく分かってきたような気がした。 「あとは、みんなにどうやって想いを伝えるかだよね…。想いを聞いてくれるのか、そもそも集まってくれるのかなぁ」 うーん…、と頭の中で思考を巡らせる。一番良い方法は…。 その瞬間、頭にイナズマが走ったかのように考えがひらめいた。 「うん、これならイイかも!…それじゃあ早速」 私はポケットからスマートフォンを取り出してある人に電話をかけた。 この作戦、絶対成功させてみせるっ! 「…それで、なんなんだよ。話って」 「綾音ちゃん、どういうことなの?」 しびれを切らしたように、佐久間くんと咲良が詰め寄って来る。 「ちょっと、二人とも落ち着いて…」 「ダニエル先生から呼ばれたから来てみたけど、なんなんだよ」 「それは…」 言葉を言えなくて口を固く結んだ。 天王寺先輩の話を聞いてすぐに、ダニエル先生に協力してもらって、学校のパソコンルームにみんなを呼んだんだけど…。 まだ蒼の姿がそこにはなかった。 出来ることなら蒼を待ちたいけど…。 そう思って二人を見るけど、今すぐにでも帰ってしまいそうな雰囲気をかもし出している。 …しょうがない。蒼のことは、後で考えよう。 「二人に話があるっていうのは、もちろんチームのこと」 「それなら言ってんだろ?解散だって」 早口でため息をつきながら佐久間くんがそう言う。 「うん、みんなにチームを続けたい気持ちが無いことは分かってる。…だからもう、チームを続けようなんて言わない」 「えっ…」 咲良が少し驚いたように、目を見開いた。 それを見て、私は言葉を続ける。 「その代わり、最後にみんなでゲームで対決したい。そして、ゲームに私が勝ったら私の想いを聞いてほしい。私が負けたらチームは解散したってなんだっていいから」 「別にそれくらいならいいけど…」 「私も…」 私の言葉に驚いたのか、二人ともすぐにうなずいた。 「それじゃあ、早速始めよう。ゲームはシュート・チャンピオンの個人戦で良いよね?」 そう二人に聞きながらパソコンの電源を入れる。 シュート・チャンピオンにはチーム戦だけじゃなくて、個人戦もあるんだ。ルールは基本的に同じで、最後まで残った一人が勝者になる。 どこまでやれるかは分からないけど…、めいいっぱいやろう。 そう心に決めて、ゲームのスタート画面を押した。 「…っ、はぁはぁ」 「…ふぅふぅ」 「…っ、」 3種類の息の切れた音が部屋に響く。 ゲームが終わった瞬間、私達は倒れ込むように、机に突っ伏した。生温かい汗がゆっくりと額をつたっていくのが、感じられた。 「…っ、ハードすぎだろ」 やがて、振り絞るように佐久間くんが声を出した。 「…本当に。個人戦ってこんな感じだったっけ…?」 咲良がイスに深く腰を掛けて口にする。 「…だね」 私もなんとか起き上がって、共感した。 ゲームは私達以外の人たちも普通にオンライン上で参加してたから、そもそも二人に会うことが大変だったけど…。 私は画面に目を向ける。 そこには、勝利の文字が表示されていた。 「…あぁ、負けちゃった」 「お前、意外と強いんだな」 「意外って、さぁ…」 本当にいっつも一言多いんだよ! そう思いながらも、ゆっくりとイスに腰を掛けた。 本当に大変だったけど、なんとか勝利出来て良かった…。安心で思わずひと息もれる。 「…それで、想いってなんだよ?」 「あ、うん。それは…」 私はイスを方向転換させて、しっかりと二人の方向を見つめた。 「私この間ある人に、eスポーツには勝利よりも大切なものがあるって言われたの。最初は全然分かんなかった。でも色んなことを思い出してく内にわかったんだ」 「それって…?」 咲良が小首をかしげた。そんな咲良に私は笑顔で答えた。 「ゲームを楽しむこと。自分も、仲間も、ライバルも、その試合を見てくれる人も一緒に楽しめるようなゲームをすること」 そう、これが私の出した答えだった。 初めてeスポーツを見たとき、蒼とゲームをしたとき、勝利への気持ちはもちろんあった。 でも、それ以上にあったのは楽しいっていうその気持ちだった。だからどっちも良い試合だったんだ。 「私、初めて四人でチームを組んだ時も、今もすっごく楽しかった!みんな、真剣で、一生懸命で。みんながチームを解散したいって思うなら、私にはそれを止める権利はない。…でも、今日のゲームで楽しいって、少しでも感じてくれたなら、私はみんなとまだeスポーツがしたい」 真っ直ぐとそう言うと、二人とも少し驚いたような顔をして、それから少しの沈黙が訪れた。 それはほんの1、2分だったのかもしれないけど、ものすごく長く感じられた。 答えにはもう何も求めない。でも、お願いだから想いが伝わってほしい…。 ただひたすらそれを願うことしか私には出来なかった。そしてはじめに沈黙を破ったのは佐久間くんだった。 「そんなこと、初めて聞いた。…でも、確かにそうなのかもしれない。俺は今まで勝利の言葉にこだわってた。けど、eプロの選手達はみんな、楽しんでやってたし、見ていて楽しかった。…俺間違ってたわ」 「…佐久間くん」 あまりにも素直すぎて、佐久間くんじゃないみたい、と思ってしまいそうになる。 でも、とにかく想いが伝わってくれて良かった…! 「…私も!私も綾音ちゃん達と、みんなとまだチームでいたいっ!だから…私、必ず両親を説得する!一生懸命頑張る綾音ちゃんを見てたら、私ももっと頑張らないと、って思えたから…」 そう力強く言う咲良には笑みがこぼれていた。 あの時とは全然違う。まるで負のオーラを全部どこかに吸い込んだみたいで、その目は完全に本気の目だった。 「咲良…。私も咲良を応援する。あとね、私いい事思いついちゃったんだ!」 「いい事…?」 完全に?な顔をする咲良に私はある考えを耳打ちした。 (別に耳打ちする必要は無かったんだけど…) 「…えっ?本当にそれでいいの?」 咲良が驚いたように聞き返してくる。 「うん、だって私も…だったから」 「…そっか、確かにそうなのかも。やってみるね」 そう納得すると、咲良はまた笑顔を浮かべた。それを見て私も安心して肩の力が抜けた。 「うん、よしっ、それじゃあ後は蒼だけだね」 「蒼だけって…どうすんだ?」 「うっ、それは…」 「それは?」 純粋な表情で咲良が聞いてくる。 「それは…。とにかく、蒼の家に行ってから考える!」 そう言って、勢いよくドアを開けてそのまま廊下に出ようとした、その時だった。 「わっ!…蒼!?」 そこには、壁に寄りかかってスマホを手にした蒼の姿があった。 「蒼、お前なんでここに…!?」 振り返ると後ろで佐久間くんと咲良も驚いた表情を見せていた。 蒼、髪はちょっとボサボサだけどそれ以外は特に変わんないように見える…。 「綾音に呼ばれたんだ」 そう普通に答える蒼を見ながら必死に何を言うかを考える。 全っ然考えてなかったから、なんにも思い浮かばないよぉ…! 先に言葉を出したのは、蒼の方だった。 「二人とも、チームに戻ることにしたのか?」 「あぁ。そうすることにしたよ」 「私も、戻ろうと思う」 「ふーん…」 それだけ言うと、蒼は考え込むようにして黙ってしまった。 蒼がなに考えてるのか全くつかめないけど…。とにかくなにか言わないとっ! 「あ、あお」 「なら、佐久間は、もっと周りを見ながら動いて。佐久間の行動力は誰にも負けないから、周りを考えながら活かせるようにしたらもっと上手くなる」 「あっ、あぁ」 驚きながらも、納得したように佐久間くんがうなずく。 「あ、蒼?いったい…」 「ここ数日、ずっと考えてたんだ。どうしたらこのチームで優勝出来るのか」 私の疑問に答えるように、蒼は真剣な表情で真っ直ぐそう言った。 蒼、落ち込んでたわけじゃなかったんだ。ずっと、考えていてくれてたんだ。 そう思うと、途端に嬉しくなった。 「あ、でもどうして私が行っても出てくれなかったの?」 別にその時に話してくれても良かったのに…。 すると、蒼は真顔で短く口にした。 「集中したかったから」 「なっ…」 それだけ言うと、私のムカつきも気にしないように蒼はそのまま話し続けた。 「それから、立花さん。予選の時、清栄学園の戦略に気が付いてたよね?」 えっ、そうなのっ!? まさかの言葉に驚きながら咲良に視線を向けると、咲良も驚いていた。 「確信してたわけじゃないけど…。でも、可能性としては。過去の大会で使われたことのある戦略だったから」 「立花さんはその情報力が何よりも強みだから、もっと色々教えてほしい。試合中も、もっと積極的に情報を伝えてほしい」 「あっ、うん。…だったら、今度うちにある資料、色々持ってくるよ」 なんか、咲良前よりも積極的になってる…! その成長に一人、密かに感動する。 「で、綾音。綾音には僕と役割を交換して、リーダーをやってもらおうと思う」 真っ直ぐとしたその視線をこちらに向けたかと思えば、蒼はいきなりそう言った。 私が、リーダー…? その言葉の意味を理解した途端、 「えっ、ええええっっ!」 そんな大声をあげてしまった。 あまりの声の大きさに、蒼が耳を抑える。 だって、私がリーダー?蒼じゃなくて?? 「僕は綾音に出来ると思っているから、その方がチームにとっていい結果になると思うから言ってる」 「な、なんで?だって蒼のほうが適任じゃない?ね、二人ともそう思うよね?」 私が、チームのリーダーだなんて、考えもできない! 「みんなのために行動する力。それが綾音にはあると思った。僕にはそれが足りていなかった」 「みんなのために行動する力…」 思えば、確かにチームを復活させたいって思って色々行動してきたけど…。でも、練習してるけど実力はまだまだ蒼のほうが上だし…。 「それにさっきのゲームも、驚くくらい上手くなってた。なにより、綾音にはミラクルを起こす才能があると思う」 「さっきのゲームって…。なんでそのこと知ってるの?」 私が疑問に思ってそう聞くと、蒼がスマホの画面を見せてきた。 「あっ、」 それを見た瞬間に気がついた。 「僕もスマホでやってたんだ。さっきのゲーム。スマホだったのもあるけど、でも綾音は強かった」 私、いつの間にか蒼に勝ってたの? びっくりしすぎて言葉が出なくなる。 「だから、リーダーは綾音にお願いしたい。いい?綾音」 シュートチャンピオンのリーダーはみんなを引っ張る存在で、さらに戦闘力も一番高いから狙われやすい。 そんな一番重要な存在を蒼が私にすると言ってくれている…。それって…。 「…分かった。私、蒼を信じる。だからみんなも私を信じてほしい。たくさん楽しんで、楽しんでもらって、そして優勝しよう!」 「うん!」 「もちろんだっ!」 「信じてる」 みんなが、信頼できる仲間が、笑顔でそううなずいた。 私達なら出来る気がする…! この日から新しい私達がはじまった。 それから私達は再び、ううん、前よりも特訓に取り組むようになった。けど、そこには確実に楽しさがあった。 決勝まではもうあまり時間もなかったけど、それでも私達は全力をつくせたと思う。 そして、あっという間に決勝当日がやってきた。 「うわぁっ!おっきいーっ!」 目の前に広がる光景を目に、思わず私はそう叫んだ。 ジャパンカップ決勝戦、その会場は私が初めてeスポーツを見た場所でもある国際スタジアム! まさか、こんなに大きな場所でやれるなんて、嬉しすぎるし緊張するぅ…! 「本当におっきいねぇ。色々装飾もされてるし…」 私と同じく、裏口のドアから会場内をのぞき込む咲良も驚いていた。真ん中には大きなスクリーンが四方向になっていて立体的だし、その真下にある舞台を囲むように配置された観客席もきらびやかな装飾がほどこされている。まさに、異空間…。 「これなら、作戦通り納得してくれるかもしれないね」 「だね」 そううなずくと、後ろから佐久間くんと蒼がやってきた。 「二人とも、そろそろ始まるみたいだから控え室に戻ろう」 「うん」 そう言って、歩きだそうとした瞬間、背後からトゲのこもった声で誰かが話しかけてきた。 「…よぉ。蒼じゃねぇか」 「…吾妻か」 そこにいたのは、清栄学園の吾妻光星と、そのチームメイト達だった。 そういえば、ちゃんと会うのは初めてかも…。ずっと話は聞いてたし、オンラインで戦ったりもしたから会った気だけはしてたけど…。 「蒼、お前、チームになると途端にダメになるんだな。こないだの予選、がっかりしたぜ。ま、今回も俺の勝利は確実かな」 ニッと悪い顔をして、吾妻光星は腕を組んだ。 なんか、すっごくムカつくんですけど…。 「それはまだ分からない。僕達のチームが勝つ可能性だって十分にある」 「そうやって、強がっても結果は変わんねぇぜ?どう見たって弱そうなチームだし。今回もボコボコにしてやるよ」 吾妻光星はそう言って、挑発するように蒼の顔をじっくりと見た。 本当っ、なんなの!? その思いがあふれて、気がつけば私は前に出ていた。 「何にも知らないくせにどうしてそんなことが言えるの!?それに、eスポーツには勝つよりももっと大切なことがある。あなた達がそこに気がついているようには私には思えない!私達をみくびったこと、絶対に後悔させてやるんだから!」 そう一気に大声で言いきったので、ハァハァと息が切れる。気がつけば、他の参加者達も不思議そうに私達を見ていた。 や、やっちゃった…! そう思って、私は素早く蒼の後ろに隠れるように立った。 は、恥ずかしい…。 吾妻光星は私がいきなり出てきたことに驚いたのか、ポカンとして、そしてブルブルと震え始めた。けど、その怒りが言葉になる前に、蒼が口を開いた。 「…ま、吾妻、そういうことだから。勝負、楽しみにしてる」 そう言うと、蒼はくるりとこっちを向いてそのまま歩き出した。それを見て、私達も慌ててついていく。後ろからは吾妻光星の怒りのこもった視線を感じたけど…。 「…お前、意外とやるじゃんっ!言い返すなんてスッキリしたわ」 少し離れると、佐久間くんが開口一番そう言って笑った。 「…笑わないでよっ!」 「綾音ちゃん、意外と度胸あるんだね」 「もぅ、咲良まで…」 笑う二人からさっきの出来事を思い出して恥ずかしくなる。怒りに任せて思わずやっちゃったよ…。それに…。 「あれ、絶対に怒ってたよねぇ。…どうしよう、絶対に狙われるよぉ」 「大丈夫。僕らなら狙われても大丈夫なように練習してきた。綾音の言う通り、せっかくだから後悔させてやろう!」 そう言ってこぶしを握りしめる蒼を見てると、なんだか恥かしさも引いてきた。 うん、絶対に勝ちたい!そして、清栄学園のチームもゲームを楽しませたいっ! 「よしっ、みんな、頑張ろっ!」 私がこぶしを上げてそう言うと、みんなが笑顔でうなずいた。 何がなんでも頑張るんだからっ!! そして、いよいよ決勝が始まった。 決勝に進出したのは予選を勝ち抜いた120チームと、敗者復活戦で勝ち抜いてきた5チームの計125チーム。まずは予選と同じくポイント制で、それぞれ25チームの5ブロックに分かれて試合を3回する。そしてブロックごとの上位5チームが最終決戦に残ることができるんだって。 私達は運良く清栄学園とブロックが被ることが無かったのもあって、目標通り、無事にブロック1位通過することができた。 まぁ、清栄学園もブロック1位通過だったけど…。 それでも、私達の試合はどう見ても前よりも特訓の成果が現れていた。 そして、ついに最後の試合である、最終決戦が始まろうとしていた…! 「うぅ、ついに来ちゃったねっっ!」 ステージ袖から会場内をのぞき込んで、思わずそう口にした。 最終決戦を前に、続々とチームが呼ばれて席についていく。もうすぐで私達も呼ばれるけど…。 私のテンションは既に最高級だった。観客のテンションも半端ないし。 そう思って、すでにタオルやペンライトを持って盛り上がっている満杯状態の客席に目を向けると、蒼が口を開いた。 「これまで色々あったけど、それでもここまで来れたんだ。僕らなら絶対に出来る」 「…うん、みんなで楽しんで、楽しんでもらって、優勝しようっ!」 そう言った瞬間、ステージの方から司会者の人が私達のチームを呼ぶ声がしてステージへと近づくと、 ウワァァァッッッ! ドーム状の会場にぎゅうぎゅうに敷き詰められた観客が一斉に叫び出すのが聞こえた。 その声は地響きとなって、私達の身体を揺らし、同時に私の身体も熱を帯びたように心の底から熱くなる。 「みんな、準備はいい?」 お腹の力を振り絞って出した言葉にみんなが頷く。その瞳には確かにメラメラと今にも燃えそうな熱意があった。 「それじゃあ行こうっ!」 私達はお互いにっと笑みを見せて、そしてそれからアツい、アツいステージへの階段を上がり始めた。 ここからが、私の、私達の本気だから!! 「ジャパンカップ最終決戦!司会を務めさせていただくのは、予選と同じく、鹿石洋(しかいし よう)でこざいます!」 席でヘッドフォンをつけてしばらくすると、そんな声がヘッドフォンから耳に響いた。 どうやら、ステージの前の方に司会者がいるようだった。参加者が多いのもあって、この席、前の方はあんまり見えないんだよねぇ。 「最終決戦は予選や決勝と同じくポイント制で競い合っていただきます!ですが、試合数はたったの一回!これから行われる一回の試合で全てが決まります!」 一回…。 その言葉が頭で響く。 それだけで決まっちゃうんだよね。 「本日はコメンテーターとして、ジャパンカップ優勝経験もある天王寺澪さんに来ていただいています。天王寺さん、今回の注目すべきポイントとはなんでしょう」 「そうですね、最終決戦は一度きり。どれだけ敵を倒すことができるのか、そして予選や決勝よりも順位に与えられるポイントが重要になってきますね」 優勝するためには、1位になることが大事だって蒼も言ってた。みんなで残れるようにしないと。 「なるほど。それではいよいよ試合が始まります!」 そう司会者の人が言った瞬間、画面上でカウントダウンが始まった。 ヘッドフォンの外からかすかに聞こえる観客の声と、耳に直接響くカウントダウンの音が私の鼓動を大きく高鳴らせる。全身がアツくて、胸に吸い込む息がいつもとは違った。 いよいよ始まるっ…! 耳元で蒼の言葉が響く。 『全部出し切るぞ』 『もちろん!』 そしてその瞬間、 『始まった…!』 画面がパッと切り替わって、様々な建物が立ち並ぶ街フィールドに私達のキャラクターが映し出された。 と、同時にキャラクターが動き出す。 私も同時に手元のキーボードとマウスを操作する。慣れもあってか、みんな武器はすぐに集めることが出来た。 『よしっ、とりあえず山の上の方に上がって様子を見るぞ』 そして、その蒼の言葉に従って四人まとまって動き始めた瞬間、 『敵だ!』 建物から出てきた敵とハチ合わせしてしまった。 向こうは3人。これだったら…って、佐久間くんもう攻撃してるしっ! 慌てて、佐久間くんに加戦する。 けど、その勢いさが良かったのか、相手がひるんでいる内に攻撃を開始することが出来た。 『佐久間、お前もう少しバックステップとっとけ。立花さんは後ろからの攻撃しつつ、他の敵がやってこないか見張っておいて』 最終決戦ってこともあって、清栄学園じゃなくても敵はやっぱみんな強い…。 でも、私達だって! その思いで必死に剣を振り回す。 構図的には一対一。向こうはマジシャンだから、遠くから攻撃をしかけてきていた。 遠くから攻撃されるのはかなり痛手だけど、マジシャンが力をためている間に近付けばなんとか攻撃は出来るはず! 左右にステップを取って向こうからの攻撃をよけながら、間合いをとって近づいて攻撃する。 向こうは力をためている最中だから防御も取りづらく、私がリーダーなのもあって、あっという間に倒すことができた。 『こっち、一人倒せたよ!』 『よしっ、こっちも一人倒せた!佐久間、お前大丈夫か?』 『っ、あぁ!手こずったけどなんとかいけた』 佐久間くんがそういうのと同時に最後の敵が倒れたのが分かった。 周りには他に敵はいないみたいだし…。 とりあえずひと安心かな。…っと、あれ? 『佐久間くん、さっきので結構体力削った?』 佐久間くんのキャラクターの上部に映し出された体力の数値は限界値の約半分になっていた。 『あぁ。俺の相手、リーダーだったから結構手こずって…』 『だったら、私の回復アイテム一つあげるよ』 そう言って私は、回復アイテムを地面に置いた。 『いや…でも、お前リーダーだから狙われやすいし…』 『ううん、回復アイテムまだあるし、大丈夫。それに、なによりみんなで最後までいたいからね。ほら、早く行こっ!』 『…ありがとな』 そう言って佐久間くんがアイテムを拾うのを確認してから、私達は再び走り出した。 『…おっ、あと15人だってよ』 『本当だ』 佐久間くんの声を聞いて画面を確認すると、確かに残り人数は15人と表示されていた。 あれから数分。 敵と戦いながらも、私達は無事に山の頂上で他の人たちの様子をうかがっていた。 『これからどうするの?』 『倒した敵は四人合わせて11人。最後まで残ったチームには20ポイントだから、まだ静観してたほうが良さそうだな』 確かに、20ポイントって結構大きいよね…。優勝するためには、なるべく最後まで残った方が良いってことかぁ。 『まぁ、でも敵が一人とか二人とかのリスクが少ない状態だったら、戦ってもいいかもしれないな』 『そうだね…って、あれ?』 蒼の言葉に返事をした瞬間、山の向こうのある光景が目に入った。 あれって… 『ねぇ、あそこの敵一人だよね…』 2,3メートルある一本の木のそばで、一人でさまようようにしている敵の姿が目に入った。他の仲間とはぐれてしまったのか、それとも倒されてしまったのだろうか。 『おっ、本当じゃん!ラッキーだな』 そう言って佐久間くんが山を駆け下りていこうとする。私もそんな佐久間くんにあきれながらも、ついていこうとしたその時だった。 『あっ、みんなちょっと待って!』 咲良が大きく声を上げた。 いつもとは違った咲良の声のボリュームに一瞬肩が震えてしまった。 『ど、どうしたの?』 『前に見たことがあるの。敵が一人だと思って油断させた瞬間に、その敵の仲間が現れて攻撃するって…。だからもしかしてそうなんじゃないかなって…』 『そうかぁ?』 イマイチ納得していない佐久間くんがそんな声を上げる。 うぅん、確かにそうなのかもしれないけど、現状では分かんないよね… 『なら、とりあえずそこの草かげに隠れて見てよう。それでハッキリするだろ?』 その蒼の一言で私達は近くの草かげに隠れた。 四人密集してて狭いけど、我慢するしかないよね… そんなことを思ってると、反対側の方から四人固まったチームが、一人になっている敵めがけてやって来た。そして攻撃しようと剣を手にしたその瞬間だった。 『あっ…』 近くにあった木から一瞬にして弓矢が近づいてきた敵向かって飛んでいった。油断してたのと至近距離ってこともあって、どうやらかわせなかったようだった。 弓矢のダメージは大きく、その瞬間に一人が倒れてしまった。そして焦る敵向かって、弓矢の飛んできた木から仲間が下りてきて攻撃が開始された。 本当に咲良の言うとおりだったんだ…。 『危なかった…』 その一部始終を見てると、佐久間くんがそうつぶやいた。私もそうだと、深くうなずいた。 気がつけば、手の中にはびっしょりと汗が張り付いていた。そして、3分もたたないうちに、近づいてきた敵は全て倒れてしまっていた。 『すごすぎる…。テクニックも、戦略も本当にすごい…』 油断してたっていうのもあったのかもしれないけど、それでも近づいてきた敵も決して弱くは無かったと思う。でも、向こうのほうが一枚も二枚も上だった。 一体、何者なの…? 『…清栄学園だ』 私の心の中を読み取ったみたいに蒼の声が響いた。 『あのやり方、テクニック、動き。どう見ても清栄学園のやつらだ』 確かに言われてみれば、私が予選で戦って負けた相手と同じかもしれない。 でも、こんな作戦をしかけてくるなんて…。 『でも、どうするんだ?あいつらとマトモにやりやっても勝てる確証は無いし、あの木の上にいるんじゃ、葉に隠れて弓は打てないぞ』 『あぁ。でも、いい考えがあるんだ』 そう言う蒼の声はなんだか少しだけ笑っていたように聞こえた。 剣と剣がぶつかり合う金属音が、自然あふれる緑のフィールド中に響き渡る。そんな音とともに、ゲーム画面に表示された残り人数が再び減った。 そして、その瞬間、何かから逃げるかのように一目散に佐久間くんが山を駆け下りた。 まるで、その下には何があるか知らないかのように。 その時だった。 弓が佐久間くん向かって飛んでいった。なんとか攻撃をかわすけど、後ろからは清栄学園の攻撃が…! 『今だっ!!』 その一瞬のすきを見て私、咲良、蒼は一斉に清栄学園のメンバー向かって弓を飛ばした。 『いけっ!』 その存在に気がついたリーダーだけが避けて、あとの二人は見事に弓の攻撃を受けた。 『やったぁ!』 『綾音、気抜くな!作戦通り行くぞ!』 『あっ、うん!』 その蒼の声になんとか返事をしながら、剣を取り出して構えた。 私達の作戦はこうだった。 佐久間くんが逃げるふりして、清栄学園チームに近づく。そして佐久間くんを攻撃しようと私達に背を向けた瞬間に弓を打ち込んでから攻撃にとりかかる。 残りチームはすでに私達と清栄学園しかいないから、直接対戦しないといけないけどせめてこうして相手のペースを乱してからの方がいいって蒼が言っていた。 そんなことを思い出している内に、佐久間くんが清栄学園チームを引き連れてやって来た。 『よしっ、行くぞっ!』 その蒼の声に合わせて、攻撃に取り掛かる。 四対四の対戦。私の前に来たのは、リーダーの吾妻光星だった。 ゲームごしのはずなのに、ゾクゾクとするような目つきが私に襲い掛かってくる。 その風格にビビりそうになるも、自分に言い聞かせる。 誰が相手でも関係ないっ!みんなで生き残るんだっ!! その思いで一瞬の動きで剣を振りかざす。 けど、『あっ…』 見事に避けられた。そしてすぐさま剣を振りかざして、反撃に取り掛かってきた。 まばたきの一瞬で間合いを詰めて、剣の先が顔面向かって飛んでくる。 速いっっ! 慌ててバックステップをとって、ギリギリのところでなんとか避ける。頬に軽く風圧が走って、髪の毛が揺れる。でも、そのまま連続で剣が向かってきた。その速さは私と同じゲームをやっているとは思えない位だった。 こんなに連続だと、さすがに避けられない…! あまりの速さとその攻撃の数に避けられず、足や腕に剣がかすってしまう。 私もやり返さないと! そう思って、私は一度逃げるように後ろに飛んでから、一瞬の速さで近づいて剣を突き刺…せずにそのまま避けられてしまった。 やばっ! まさか避けられるとは思わなかったからか、バランスを崩しそうになるけど、なんとか立て直す。 危なかった…。 でも、そう思ったのは一瞬だった。 『あっ…』 バランスを崩したほんの一瞬のすきを見て、私の体向かって剣の先が向かってきた。 やばいっ…!これじゃあバックステップもとれない! 慌てて自分の剣を使って攻撃を受け止める。 金属と金属がぶつかり合って、真っ赤な火花が散る。 『…っ、』 けど、吾妻光星はその剣を離そうとはしなかった。 火花が剣と剣の間に散り続け、吾妻光星の剣が私の剣を侵食していく。 このままだと、剣が折れるのは確実だった。 折れるっ…!でも、この攻撃を跳ね返せる力も無いし…。どうしたら…! とっさに辺りを見渡す。 他の三人もそれぞれ目の前の相手と必死に戦っていて、助けを求めることはできなさそう。 ここでリーダーの私が倒れたら、チームの優勝は絶望的なものになる。けど、さっきから一度も攻撃出来ていない。何か、一発逆転出来るような方法は無いの…!? その時だった。 『どの答えも全部あなたがここまで通ってきた道に答えはあるはずよ。答えを見つけられるかどうかはあなた自身にかかってる』 ふと、あの時の天王寺先輩の言葉が頭の中で大きく響いた。 そうだよ、絶対に答えはあるはず。だから、諦めたりなんてしないっ! その思いで必死に攻撃に耐えながら、頭の中の記憶を掘り起こす。 一発逆転の方法は… その瞬間、イナズマが全身に走ったかのように、ビビッと来た。 もしかして…。 その思いで隣にそびえ立つ一本の木を見つめる。 そうだ!そういえば、咲良に過去の資料を色々と見せてもらったときにあの方法を見たんだっ!これなら、一発逆転も夢じゃないっ!よし、だったら…! 私は口元のマイクに話しかけた。 『みんな、聞いて。私これからあの木を倒そうと思う』 『はっ!?あの木を!?』 驚きに包まれた声で佐久間くんが言った。 それに続いて、咲良が冷静に口を開く。 『それって、ほぼ伝説といわれている位難しい裏ワザだよね。木の重心にぴったり剣を刺さないといけない。それに跳躍力も、木を倒せるだけの力もいる』 『うん、でもここから一発逆転するにはその方法しかないから。だから、なんとかみんなそれぞれの敵を木の根元に集めてほしい。あと咲良には私が合図したら魔法で吾妻光星の気を一瞬でもそらしてほしいの』 『分かった。やってみるね』 『お、俺もやってみるわ!』 二人が同時にうなずいて、早速作戦に取りかかった。 『綾音、頼んだぞ』 『うん。蒼こそ、よろしくね』 私がそう返事をすると、蒼も作戦に取り掛かり始めたようだった。 私は、とりあえずは剣が折られないようにガードしないと…。 剣が折れてしまったら、攻撃が襲い掛かってきて、多分私は倒れてしまう。そうなったら作戦どころじゃない。 みんな、お願い…! 『綾音ちゃん、こっち準備できたよ!』 『俺もだ!』 『綾音、準備できた』 三人の声が続々と私の耳に届く。その言葉通り、それぞれ木の根本の方に戦いの場所を変えていた。 『じゃあっ、咲良!お願いっ!!』 そう私が声にした瞬間、まぶしい七色の光がこっち向かって飛んできた。 同時に、吾妻光星の手元がほんの一瞬だけ弱まった。 イケるっ!! その一瞬のすきを見計らって、私は吾妻光星の剣を跳ね返した。そして、そのまま木の根本向かって走り出す。その先には背中を向けた蒼がいた。 『綾音、俺の背中を台にして飛べっ!!』 『うん!』 ふわっと髪や服がなびき、蒼の背中に一瞬だけ乗って、そしてそのままの勢いで私は大きく飛び跳ねた。 『いけぇっっっ!!』 空中で、剣を大きく上げて、そしてそのまま木の中心狙って剣を刺した。 ズドンっ!! そんな大きな音が響いたと思うと、木がみんなのいる方向向かって倒れだした。 その勢いに吹き飛ばされないように、私は必死に木の枝をつかむ。 『みんな、避けてっ!!』 私がそう言った途端に、三人が散らばって…そして覆いかぶさるように倒れていった。 ドォォォォンッッ!! 倒れた振動とともに、木くずが辺りに舞い上がる。 ほ、本当に倒れちゃった…。 目の前のまさかの光景に自分でやったことながら、びっくりする。 『あっ、みんな大丈夫だった?』 『うん、なんとか大丈夫だったよ』 『ギリギリだったな』 私の問いかけに咲良と佐久間くんがすぐに答えた。 良かった、二人とも無事だったんだ。 安堵して、倒れた木の上から草地に降り立つ。清栄学園チームの四人は全員木の下ですっかりのびていた。 『これなら、じきに体力も無くなるだろうな』 私の横に蒼がやってきて、そう言った。 さすがにこの木を持ち上げられるわけもないだろうしね。 そう思って、ゲーム画面から現実の自分の足元に目を移すと、いつの間にかひざが震えていた。 練習の時とも、予選の時とも全然違う。 優勝のかかった本気の勝負。 でも、試合には勝ったんだ。 「ここで、試合終了!試合の勝者は、ネクストアカデミーの立花咲良、佐久間真、齋藤蒼、齋藤綾音だっ!!」 その司会者の声が前方から聞こえて、ほっと笑みがこぼれた。熱のこもったヘッドフォンを外すと、見ていたお客さんが歓喜の声を上げながら拍手を送ってくれていた。 eスポーツってやっぱり楽しいっ!! 光り輝く会場を見て、私はそのことを改めて実感した。 「お前らっ!素晴らしかったっ!!」 試合が終わって控え室に戻ると、ダニエル先生が泣きながらそう言ってきた。 「先生、また泣いてるんすか?」と、佐久間くん。 「でも、嬉しいです」と、咲良。 「けど、まだ優勝は決まってないですから」 そう。蒼の言うとおり試合に勝ったというだけでまだ優勝発表はされていない。 この後ポイントが合算されて、発表されるみたいだけど…。 「でも、やっぱり嬉しいし、楽しかった!」 「なるほど、それが勝利のカギだったってことか」 私が声を出した瞬間、控え室の扉が開いて、そんな声が聞こえてきた。 「吾妻…」 そこにいたのは吾妻光星ら清栄学園のチームだった。 まさか、勝負の結果にイチャモンつけに来た!? 思わずそんな戦意を構えてしまう。でも、吾妻光星の言葉は意外だった。 「俺らに足りなかった大切なことってのは、eスポーツを楽しむことだって言いたかったんだろ?」 「今更気がついたのか?」 蒼が口元に軽く笑みを浮かべながら聞き返す。 「…まっ、今日のところは負けを認めてやるよ。次あったときは容赦しねぇけどな」 負けたのに上から目線なのかい…。 その高すぎるプライドに思わず笑いそうになる。 「私達も、また対戦できる日まで楽しみにしてるから」 「あぁ。…ま、今日は楽しかったぜ」 恥ずかしいのか、小声でそう言うと吾妻光星達は颯爽と帰っていった。 やっぱり、生意気なやつ。でも… 「eスポーツ、また楽しくなりそうだね」 そんな予感がしていた。でも次も絶対に勝ちたいから、また練習しないと! そうこぶしを振り上げて思い出した。 「…あっ、そういえば咲良。お父さんとお母さん、どうだった?」 「あっ、さっき無事に認めてもらったよ。この大きいスタジアムみて、私の試合見たらeスポーツに対する考えが変わったみたいで…。すごいってほめてもらったよ。あと、綾音ちゃんにも感謝してた。私からも本当にありがとう」 そう言って、咲良が満面の笑みを浮かべた。 普段の可愛さとの相乗効果で、私も思わずキュンとしてしまう。 「ううん、私も初めてeスポーツ見たときは本当にびっくりしたから。ゲームじゃないんだって、考えも変わったし。でも本当に良かった。咲良も、佐久間くんも、蒼もこれからもよろしくね」 「もちろんだよ!」 「当たり前だ」 「こちらこそ、よろしくな。綾音」 周りをぐるりと見渡すと、みんな笑顔でうなずいていた。 「おぉい、そろそろ結果発表始まるぞ!」 「あっ、先生待ってくださいっ!」 私達はダニエル先生をあわてて追いかけた。 「ジャパンカップ、結果発表!!」 その司会者の声に観客達が今までにないくらい、大きな声を上げる。 その振動は、ステージ上に立つ私達にも感じられた。 「ステージには、集計の結果、トップ5のチームが勢ぞろいしております!さて、この中から優勝するのはどのチームなのかっ!?それでは発表させていただきます」 司会者の人がそう言うと、会場がさっきとはうって変わって静寂に包まれた。 「ジャパンカップ、優勝チームは…」 その言葉に胸が弾ける。 楽しかった!でも、優勝したいっ…! その願いをこぶしの中にぎゅっと握りしめて、顔の前で合わせる。 ドラムロールが鳴り響き、やがて静まったあと、一筋の光が私達に差し込んだ。 「ネクストアカデミーの立花咲良、佐久間真、齋藤蒼、齋藤綾音!!」 その瞬間、観客がウワァっ!!と一斉に声を上げた。 本当に優勝出来たんだっ! その思いが全身にこみ上げてきて、身体が熱を帯びたようにアツくなった。 「綾音ちゃん、やったね!」 「やったな!!」 「綾音、ありがとうな」 三人がそう笑っていうので、自然と身体の奥から涙があふれてきた。 「私こそ、みんなありがとう!!」 このチームは最強なんだ! その想いで、私はめいいっぱい笑った。 そして、三人の背中向かってこっそりとつぶやいた。 「みんな、最強のライバルなんだからねっ」
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!