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偶然の出会い
一方、涌井を追いかけて〇〇駅に着いた幸は、
「勢いで来ちゃったけど……」
と駅広場のベンチに腰掛け悩んでいた。
天気は快晴。空は澄み渡り、九月半ばを過ぎているというのにまだ暑い。帽子のつば越しに初めて見る街並みを不安げに眺める。
本当なら今頃涌井と二人で水族館デートのはずだった幸である。
付き合いはじめは幸に結婚を意識させたいのか、涌井の希望でデート先は結婚式場の見学ばかりだった。けれど、最近になってようやく恋人らしいデートをするようになってきたのに……。
涌井とはもっといろんなところに行きたいと思う。水族館、動物園、映画館……グランピングも楽しいかもしれない。
そこまで考えて幸は(はぁ……)と切なげに息を吐いた。
(思いつく行き先はどれも、ど健全なのばっかり。ユミカに言われた通り中学生のカップルみたい)
圭一とのことをずぅっと引きずってこれまで誰かと付き合うなんて考えもせず、勉強と仕事に打ち込んだ十年間。勉強に精を出したから有名企業に入れたわけじゃないし、本気で仕事してきたけど、昇進や給料で報われているわけでもない。そして気づけば三十手前というのにすっかり恋愛初心者だ。
——出かけた先で新しい出会いがあってときめいちゃったりしたら?
ユミカに言われた一言が胸に迫ってきて、幸はキュッと下唇を噛んだ。
涌井に限ってそんなことはない、と考えつつ不安が消せない。
やっぱり大人の恋人同士、そういうことがないとときめきが薄れるのだろうか。
(でも……いざそういうシチュエーションになったら、どう振舞っていいかわからないし)
幸は一人頬を赤らめた。
圭一と交際していた期間は短かったし、なにしろ受験勉強真っ盛りの時期だったので、幸の経験はせいぜいキス止まりだ。
というわけで、涌井が子供のことを考えて三十までには結婚したいというたび、幸はドキッとさせられていた。
ベッドの上で何も知らない面白味のない女だと幻滅されたくないし、そのことで自分のプライドを傷つけられるのも嫌だった。
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