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金曜日、夕方。
鈴木さんに連れられ顔を出した三つ葉不動産の打ち上げパーティーは、高級中華料理店の宴会場で催されていた。
賑やかな立食パーティー。大手ディベロッパー企業の打ち上げと聞いて少し緊張していたけど、これなら若輩者の私でも違和感なく馴染めてホッとする。
鈴木先輩について、取引先の担当者さん達と挨拶を交わした後は、こっそりお酒と美味しい中華を楽しんだ。
「海老チリ美味しいですね! 鈴木さん!」
「おーいっぱい食ってこい。俺はこっちで飲んでる」
端にあるテーブルでグラスを傾ける鈴木さんに頭を下げて、意気揚々と中央にあるビュッフェコーナーに急ぐ。
すると、通り過ぎる男性に肩がかすった。
「あ、すみません」
「こちらこそ」
同世代に見える若い社員。
だけどスーツ姿は私よりもだいぶ落ち着いていて風格があり、見るからにエリートな雰囲気を醸し出している。
「……相沢?」
彼が声を出した瞬間、時が止まったかと思った。
……聞き覚えのある声。
耳に触れただけで身体中が熱くなる低い声だ。
びっくりして見上げた顔は、見覚えのある面影で。
心臓をぎゅっと掴まれたように息ができない。
「石田くん……?」
嘘でしょ。
目を見開いて佇んでいる姿は、あの頃と変わらないスラッとしたスマートな風貌。
だけど髪は焦げ茶色から黒髪に変わっているし、体格は少し大きくなっている。
どこからどう見ても、魅力的な大人の男性だ。
「……石田。どうした?」
そばにいた中年男性がこちらを見る。
慌てて頭を下げていると、背後から鈴木さんの声がした。
「お世話になっております。DKホールディングス、デザインディレクターの鈴木です」
ここぞとばかりに人脈を広げようとする鈴木さんに倣って、私も慌てて名刺を差し出した。
「アシスタントの相沢です」
中年の男性と、隣の彼とも成り行きで名刺交換をする。
二人とも名刺には、『三つ葉不動産都市開発部』と記載されていた。
「都市開発部の阿部です」
「……石田です」
『石田賢人』
間違いない。石田くんと同姓同名だ。
それに、私のことを知っていたということは、間違いなく彼は。
「DKホールディングスさん、ウェブ広告に携わってくださったんですよね。素晴らしい作品でした。細部までこだわり抜かれていて」
「そう言っていただけて光栄です」
阿部さんという男性と握手を交わす鈴木さん。
都市開発部なんて、このプロジェクトのトップじゃないか。
……石田くん、とてつもないエリートになっていたんだ。
ちらりと彼を見上げる。
あの頃よりも凛々しい眼差しに、聡明そうな引き締まった表情。
チャラチャラと、女の子達と笑っていた彼とは雰囲気が違う気がした。
ふいに目が合って、すぐに視線を逸らす。
気まずい。今更再会して、しかもお互い仕事の場で、一体何を話せばいいの。
「またご一緒に仕事ができればと思います」
「どうぞ宜しくお願いいたします」
そのまま彼とは一言も話せずに、鈴木さんとその場を離れた。
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