そうだ、友だちの家へ行こう

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 ベッドにねころんだぼく。窓の外には入道雲がもくもく。ねがえりをうってふと床を見ると赤いぼうしが見えた。赤いぼうし、ぼくは持っていない。うーん。誰のだろう? 「あっ!」  ぼくは思い出した。昨日遊びに来たソウタのだ。  忘れっぽいぼくをいつも笑っていたのに。そうだ、ソウタの家へ行こう。忘れ物を届けに。ぼくも笑ってやるんだ。赤いぼうしをズボンのループに付けてぼくは部屋を出る。 「ソウタの家に行って来るねー!」 「いってらっしゃーい」  お母さんの声はバテている。暑い暑い八月だからだ。  ヘルメットをかぶってぼくは自転車に乗る。さあ、出発だ。 「暑いから気を付けなさいよー!」  となりのおばちゃんは庭の雑草をぬきながら手をふってくれた。 「おばちゃんも気を付けてねー!」  ぼくも手をふり返す。おばちゃんの言葉で今日はひかげコースで行くことに決めた。  最初に通るのは屋根のある商店街だ。安全のため商店街の中は自転車をおして歩く。 「やあ」  ぼくがくつを買うシューズの青木のおじさん。 「あら」  おばあちゃんが服を買うマダムクローゼットのおばさん。 「よう」  お母さんが肉を買うミートショップささきのお兄さん。 「よっ!」  お父さんが良くとうふのおつかいをたのまれるふじ田のお姉さん。  毎日会っているひとたちだ。それからぼくはいつものように準備する。それは心の準備。こうふんして大声を出さないようにれいせいな自分になるのだ。大好きなネコのブチがいる魚屋の魚谷の前まで来たから。けれど変だ。いつもならブチは店先にある魚谷のおじさん特製の木のイスの上でねているはずなのに、いない。それにおじさんも。いるのは魚谷のおばさんだけだ。 「ねえ、どうかしたの?」  何かあるにちがいない。ぼくの声は不安でふるえる。 「ブチがねえ、どっか行っちゃったのよ」  おばさんはほほに手を当てて心配そう。 「ぼくも探す」  それしかない。ブチはぼくの飼っていないけど飼っているネコと言っても良いくらい愛情を注いでいる存在だから。  おじさんは商店街の店を探して回っているそう。だからぼくは商店街じゃないところを探すことにした。おばさんが言うにはこういうことは今まで何度かあったそう。その度、探して見つけたのだという。ぼくはおばさんにその場所を聞き、自転車に乗った。公園、神社、池、と回る。それでもブチの姿はない。もしかしてブチは他にも行ったことがあるのだろうか? ふとぼくの家の庭先でブチと遊んだ光景がうかぶ。そういえばふらりと現れたことがあった。ぼくは全速力で家へと自転車を走らせる。げんかん先に自転車を乗りすてて庭へ走る。すると何事もない顔をしてこかげにひっそりとたたずむブチの姿があった。今すぐだきしめたい。でもぐっとこらえる。いつものくんれんのおかげだ。だきついたりしたらブチはにげてしまう。 「おいで」  しゃがんでブチをやさしく呼ぶ。  フン、と鼻を鳴らし立ち上がったブチはトコトコと近付いて来る。そしてぼくのひざの上にひょいと乗った。 「帰ろう」  ぼくはほっとしていた。  自転車のカゴにブチを入れ、びっくりしないようにおしながら歩く。きっとぼくの家の庭に来た時は自分で帰ったんだ。だからおばさんも知らなかったんだろう。魚谷の前で自転車を止めるとブチはカゴからスッと顔を出した。 「あらまあ」  おばさんの声は裏返った。 「まあったくよ」  帰っていたおじさんがあきれたように頭をかかえる。  自分で自転車からおりたブチはまた何事もない顔でいつもの席に座ったのだった。ぼくはブチをなでて魚谷を後にした。  商店街を出たぼくは大きな建物がずらりとならんだ通りの裏を行く。昼過ぎになるとこの通りはずーっとかげになるのだ。そして細い道なので車は通らない。そんな車も通らず真っ直ぐな道で子どもがやりたくなることといえばケンケンパだ。色とりどりのチョークでえがかれた丸の数々。ぼくは自転車をおりる。この道を通る時は大体二つ下のミオちゃんとお母さんがいる。ほら、やっぱり。 「こんにちは」  道のはじっこに座っていたお母さんにぼくは頭を下げる。 「こんにちは……」  お母さんの元気はない。ぐったりと言っても良い。 「お母さんはもうダメ。今度はお兄ちゃんの番」  ミオちゃんがぼくの後ろから現れて不敵にほほえむ。  お母さんは体力の限界までミオちゃんに付き合ったのだ。こうなったらぼくがやるしかない。何度でも。 「付いて来な」  ミオちゃんが先頭に立つ。 「よし!」  ぼくはミオちゃんの後ろに並んだ。  ケンケンパ、ケンパ、ケンケンパ、ケンパ、ケンパ、ケンケンパ。一度目のゴールをむかえて早くもぼくの息は切れている。ミオちゃんがあまりにもゆっくり進むのでぼくは変に体に力が入ってその間息を止めてしまったのだ。ミオちゃんは何にも言わず来た道を行く。今度はぼくだってゆっくり行くつもりだ。それなのにミオちゃんはいきなり速く進み始めた。さっきまでのゆっくりさはなんだったんだ? ぼくはあわてて付いて行く。二度目のゴールをむかえてまたしてもぼくの息は切れている。ふり向いたミオちゃんはまだまだだねって顔をしている。負けるもんか。次こそはすずしい顔をしてやるんだ。またしても速く進み始めたミオちゃん。わかってるさ。ぼくは付いて行く。しかしミオちゃんは急に止まる。ぼくは体勢をくずしフラフラと動く。でもミオちゃんにそれを知られちゃいけない。ミオちゃんはまた進み始める。速く、速く、おそく、おそく、速く、おそく、どくとくなリズムだ。ぼくは声に出さず「うわっ」とか「あっ」とかって顔をしながらひっしに付いて行った。やっとこさゴールをむかえぼくはすぐに深呼吸。息を整え、すずしい顔を作る。ふり向いたミオちゃんはやるじゃんって顔だ。やった。 「じゃあね」  ぼくは自転車に乗って格好良く出発する。 「付き合ってあげたんだよ」  後ろからミオちゃんのやれやれって声が聞こえる。ミオちゃんのが一枚上手だったって訳だ。  ここを通ればソウタの家はすぐそこ。元だがし屋のおじいさんの家の前だ。おじいさんの家の前には大きな木が生えている。だから太陽をかくしてくれるのだ。ざわざわとゆれる葉っぱの音を聞きながら走るぼく。でもすぐに止まってしまった。ザバーッと水をかけられたから。元だがし屋のおじいさんがホースを持って庭先にいる。ああ、そうか。庭に水をまいていてオーバーしてしまったんだ。おじいさんはあわあわして家の中へ入るとタオルを持ってもどって来た。 「大丈夫です。夏ですからかわきますよ」  ぼくはタオルをことわる。 「これでふいて待ってて」  ぼくの言葉が届いていないのかおじいさんはまた家の中へ。  本当に良いのになあ、と思いながらタオルで顔や体をふいていたぼく。 「おーい、こっちこっち」  おじいさんの声。おじいさんはげんかんではなくえんがわにいた。そしてその手には皿に乗ったスイカが。 「夏だから食べてって」 「えっ、そんな悪いですから」 「もうスイカは食べた?」 「いえ、まだですけど」 「じゃあ食べなきゃ」  ぼくは何も返さずおじいさんの顔をじっと見つめる。食べなきゃダメみたい。えんがわに座ったぼくにおじいさんは塩のびんを差し出した。 「いいえ、ぼく塩はかけないので」 「おお、そうか。わしもなんだよ」  おじいさんはなんだかうれしそうだ。仲間を見つけたって思ったのかな。ぼくはふふふと笑う。 「スイカのタネは畑に出してくれ」  おじいさんは庭にある小さな畑を指差した。  スイカのタネからまたスイカが出来たら良いなあ、と毎年チャレンジしているらしい。けれど芽は出るものの今まで一度も大きな実になったことはないそうだ。 「でも今年は出来る気がするよ」  それは多分、ぼくに水をかけたからだろう。 「ここ、良く通るので気にしてみます」  ぼくはスイカのことを頭にインプットした。 「出来たらまた食べに来てよ。今度は塩は出さない。覚えとくよ」  おじいさんは頭をトントンと指でたたく。ぼくと同じように頭にインプットしたのだろう。 「ごちそうさまでした」  タオルを返し元だがし屋のおじいさんの家を後にする。  夕方の道を自転車で走る。セミがここにいるよって鳴いている。生ぬるい風がふく。風鈴の音がする。ぼくは夏を感じていた。  ソウタの家に着いたぼくはチャイムを鳴らす。 「どうした?」  出て来たソウタは不思議そう。そりゃそうだ。遊ぶ約束もしてなかったんだから。  じゃあぼくは何しに来たんだっけ? ソウタの顔を見る。ソウタの家に来たんだからソウタに関係しているはずだ。あ、そうだ。ぼくは思い出す。 「ソウタに会いに来たんだ」 「そうか。じゃあ遊ぼうぜ」  ソウタはぼくを家にむかえ入れる。  あれ? ちがうっけ? なんだかしっくりきていない。でも、まあ、いっか。
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