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2、背徳的な屋台
私は海外暮らしが長かったこともあり、自分の浴衣姿が似合っているのか自信が持てない。海外では研究に勤しんでいたこともあってファッションを楽しむ余裕すらなかったのは今考えると寂しいことだと思った。
「お姉ちゃん、ほら、屋台回るよ」
光が優しく声を掛けて私の手を握る、つい考え事をして立ち止まっていたみたいだ。私は明るく振舞おうと表情を柔らかくして返事をすると、再び三人並んで歩いた。
最初に立ち寄ったのは水ヨーヨー釣りをしている屋台だった。
透明なプールに浮いている水ヨーヨーを光が慣れた手つきで釣り上げていく。こうして遊びに興じている姿を見ると中性的な少年の雰囲気が溢れていて、微笑ましく見えてくる。
「ほぉ……やるな……俺も中学生の頃は苦戦したのにな……」
頭にタオルを巻く筋肉質なおじさんは光を中学生と勘違いしているようだった。確かに童顔で身長も高くないけど……。
光は三人の中で一番身長が高いが160cm程度、彼女さんの千歳さんよりも低いくらいだから、光はやっぱり私にとって頼りになる弟であり、可愛い弟なのだ。
「はい、お姉ちゃん」
「うん、ありがとう、光」
童心に戻ったような心地で水風船を受け取る。
ふわふわと揺れている姿を見ると、小さな気球のようだった。
プールの水は冷やしてあったのか、水風船を触ると冷たく、頬に当てると実に気持ちが良かった。
「嬉しそうね、知枝」
「うん、こういうお祭りに来るの久々だし、二人と一緒でいられるのは、それだけでも幸せなことだって今でも思うもん」
こうした時間が有限であることを私はよく知っている。
私たちは再会するまでに十八年かかってしまったから。
大人になってしまって学生でなくなれば、こういった機会もどんどん遠ざかってしまう。
それをよく知っているから、私は胸が熱くなって、精一杯今この時を楽しみたいと思うのだ。
次に立ち寄ったのはたこ焼き屋さんだった。
水風船と団扇を手に持ち、手が塞がっている私の代わりに舞が並んだ。
「なんだかゴメンね、素直に楽しみたいって思うのに感傷的になっちゃって」
「うん、その気持ちわかるよ、年齢を重ねてしまうとつい色んなことを考えちゃうもんね」
光は私と深く繋がっている。きっと、やろうとすればテレパシーで会話ができるほどに。
でも、私はそれを望まないし、光を超能力者にしたくはない。
光には普通の幸せを千歳さんと送ってほしいから。
「自分の事ばかり考えるのも良くないよねって思ったりもするの。
今年が厄災から三十年ってことも感慨深くて。
私はニュースで報道されてる以上の事を知り過ぎてしまったから」
三十年前にこの舞原市で起きた未曽有の厄災、舞原市の住民の半数以上が犠牲となった人為的に発生した証拠の出ていない歴史に類を見ない事態だった。その厄災の隠された真実が記録された14少女漂流記を辿っていく中で私はたくさんの人に出会った。
厄災によって悲しい別れを背負ってしまった人たち、そうした人と出会い話を聞くたびに私は自分の背負った血筋の事を考えてしまうのだった。
「忘れようとしてしまったとしても、賑やかなお祭りだったとしても、鎮魂の祈りを捧げるイベントであるのには変わりないから、お姉ちゃんは間違ってないと思うよ」
光は私の心情を気遣って言った。
舞原市の復興は三十年掛けた今も続けられ厄災前から倍以上の人口となった。いつまでも暗い気持ちでいるのも失礼なことなのかもしれない。
「そうかな……? 年相応じゃない重たい女に見えない?」
「いや、イーブンじゃないかな……」
「それってどういう意味?!」
「気にしないで気にしないで……」
「気にするってばー!!」
私は反射的に腕をブンブン回して、ついでに光のおでこを指で弾いた。
光は「あ痛っ!」と目を細めて痛がっていて、少しは反省した様子だった。
怒っているわけではないが、つい子どもっぽいことを暗に言われるとやり返してしまうのだった。
そんなやり取りをしていると舞が昔ながらのアスペン素材で作られた木舟に載せられた八個入りのたこ焼きを手にやって来た。
屋台が続く道で三人立ったままたこ焼きを食べる。
外はカリカリで中はふんわりとしていて、焼き立ては口に入れると熱くて火傷しそうになるが実に美味しかった。
「タコさんコリコリして美味しいね」
思わず笑顔になる私、舞は私の丸い顔に見つめられて照れているようだった。
「あたしは爪楊枝で食べるのが好きなのよね。懐かしい気持ちになるでしょ? こういうのって」
「うんうん、そうだね」
資源は有限で、だからこそ再生可能なものが自然と望まれる。
木製のお箸だって、段々と見かけなくなってきて久しいこの時代に、屋台で物を食べるという多くの生ごみを排出する行為自体がやや背徳的なものになりつつあるのは事実だった。
「こういう楽しみも、楽しめるうちに楽しんでおいた方がいいんだろうね」
いつ食べられなくなるかもわからないし、好きなことが出来なくなるかも分からない時代だ、光の言う通りなのかもしれない。
ソースたっぷりのたこ焼きが口の中に広がって一口ごとに満たされていく。
なんとも言えない美味しい味わいを、私たちは最後まで楽しんだ。
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