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1、雑踏の中の魔法使い
今日は神代神社で開かれる一年に一度の夏祭りの日。
近年は花火大会や灯篭流しも行われていることもあって、年々人の集まりもよくなっている。
元々は30年前の厄災の鎮魂への願いを込めた小さなイベントだったけど、少しずつ規模が大きくなり、市内で暮らす人々が集まって楽しむ、賑やかな夏祭りとなった。
三つ子の姉弟、私、稗田知枝と水原光、水原舞の三人は姉弟水入らずで夏祭りまでやって来た。
四月から一緒に暮らし始めて迎えた最初の夏休み。
それぞれ、別々の事に打ち込みながらも共同生活は順調で、今日三人で夏祭りを回るのもずっと楽しみにしていたのだった。
神社の入り口にある鳥居をくぐっていくと途端に賑やかな雰囲気が視界に広がっていき、笛の音や和太鼓の音で響く祭囃子が耳に届けられ、高揚した気分になって一段と気持ちが昂っていく。
「屋台がいっぱいだね!」
「今年は厄災から三十年ってこともあって、賑やかね」
私の言葉に隣で一緒に歩く舞が反応した。
目移りしてしまうほどの屋台の数が眼前に広がり、自然とテンションが上がってしまう。だが、今日は浴衣姿ということもあって、慣れないサンダルを履いているため飛び跳ねたり派手に走ったりは出来なかった。
「舞も浴衣着てくればよかったのに、舞だってきっと似合うよ。だって私たち姉弟なんだから」
「僕も何度か言ったことはあるけど、夏祭りで浴衣を着てたのは小さいころまでだったなぁ」
寂しいことだが舞が小さい頃というのは私が二人に出会うずっと前の事だ。タイムスリップすることが出来たら可愛い舞の浴衣姿を拝めるのかもしれないが、タイムスリップが実現する頃には私はおろか、今生きている人間はいないだろう。
「あんまりこういうイベントに合わせた服装って苦手なのよ。今の学園みたいに自由な格好で過ごしたいのよ」
そう説明する舞の服装はプリント柄の黄色いTシャツにレディース物のハーフデニムパンツで、サンダルを履いて歩き、夏らしい実にラフな格好をしていると言える。
毎日当たり前のように35℃を超える真夏日が続いている環境下ではこうしたラフな格好をしたい気持ちはよく分かる。舞と光はお揃いのアイスネッククーラーを首に掛けているから、このうんざりするくらいの厚さを実感し、熱中症対策に気を付けている様子が分かる。
光はというと、恋人の千歳さんと出掛ける時に浴衣を着る機会があるそうで、よく似合った浴衣を着ていて、団扇で扇ぎながら爽やかな雰囲気で並んでいる。
「でも、お姉ちゃんの浴衣姿は新鮮だね。舞台演劇の時もそうだけど、実は何を着ても似合ってるなって思う」
「本当に? 子どもっぽくない?」
光はいつだって私の味方だから贔屓目に言っているのではとつい勘ぐってしまう。でも、品評の厳しい舞も頷いているようだから、少しは自信を持ってもいいのかもしれない。
「浩二君も喜んでくれると思うよ? 今度は正月にでも見せてあげればいいよ」
いや、正月に今の浴衣で出歩いていたら寒さで震えることになるだろうと思う。
「浩二君のことはいいでしょ! 今日は三人で回りたいって決めてたんだからっ!」
頬を膨らましながら、照れ隠しに言う私を見て、二人は一気に和んだようで明るく笑った。
「それにしても、舞は”ファミリア”の制服は普通に着こなしてるよね? あれは結構きわどいと思うよ」
”ファミリア”の制服は動きにくいというわけではないが、胸元が開いていたりスカートが短かったりして注目の的になる可愛さだ。それで堂々と仕事をしている舞が浴衣は着ないというのには疑問が残った。
「仕事は別だから。お店の為になるんだったらあれくらいどうってことないわよ」
私の疑問に対してそう軽く言ってのける舞。光の話しによれば舞が演劇の舞台に上がることもほとんどなかったようで、本当に仕事は別というのには信憑性があるのだろう。
「それじゃあ……仕事だったらなんでもするの? なんでも着ちゃうの?!」
「知枝、興奮しすぎ」
「落ち着いてー! お姉ちゃん、そんないかがわしい仕事に就くことはないから」
舞は私に軽蔑するような冷めた視線を送り、光は苦笑交じりにフォローを加えるのだった。
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