1.創造神が見る空

2/2
前へ
/3ページ
次へ
「……………うっ……」  真っ暗で何も感じることない空間から、私の意識は騒がしく眩しい空間へと飛ばされるのだった。  瞼を開ければ飲み込まれそうな真っ青な空と後頭部に感じる髪の毛と砂が絡み合う感触。 「いっ……た……、んんっ」  自分が仰向けで寝ていることは理解できた。  輝く太陽の光が眩しくて、私は脱力した右腕に命令を送って、自分のおでこに向けて持ち上げる。肌に貼り付いた砂の粒がポロポロと首元や顔に落ちて、それでも太陽の光を遮ろうと目の上に腕を動かすと、粒が目の中に落下して反射的に片目を閉じた。 「い……たぁ。ここは?」  目に侵入した砂を追い払おうと小指を使って目を擦る。何回かパチパチと瞼を開閉させると、ゴロゴロとした遺物の感覚はなくなった。  これ以上汚れてたまるかというように、私は左手を使って、右腕に付いた砂の粒を肌を叩くように払った。 「な……砂浜?」  耳が慣れてしまっていたのか、気づかなかったが、打ち寄せる波の音がずっと鳴っていた。上半身を起こして周りを見るとそこは崖下の砂浜だった。 「見たことは………ない……場所」  そこは見たことがない場所だった。この時の私は、意識を失う前のことを忘れていた。いや、思い出そうとしなかったというのが正しい。そこが何処なのか、高い崖の上にはどんな景色が広がっているのかという疑問で私の心は満たされていた。 「なんで、こんなところに」  周りを見ても目印なんてあるわけない。自分が歩いた足跡もなければ、誰の足跡もない。広がる空と海、立ちはだかる高い崖。  そこでようやく、気を失う前に自分が何をしたのか考え始めた。考えれば私は海に飛び込んで、冷たい感触がした後に暗闇へと沈んで行くような感覚に落ちたことを思い出した。 「そうだ。私は……。でも、ここは……」  飛び込んだのは崖から海だけれど、こんな崖は見たことない。予測されるのは、何処か違う場所に流されてしまってしまった可能性があること。 「これは神様のいたずら?どれだけ私を弄べば気が済むの?」  背中や足に付いた砂を払いながら、私は立ち上がる。パチパチッと最後に両手の砂を払って、砂浜を宛もなく歩き始める。  踏み出すたびに砂が凹んで、裸足で歩いているためか、足裏に貝殻のような硬い感触と、足の爪に砂が挟まる不愉快さを感じながら、崖の上へ行ける道を探した。 「あつ……あつぃ……」  壁に沿うようにして歩みを進めてゆくと、やがて砂の粒が細かくなり、サラサラで水分を一切含まない砂の熱さを足裏に感じた。  ステップを踏むように足をバタつかせながら、大きな歩幅で更に奥を目指す。 「わぁ………」  やがて高い壁が切れたと思ったら、その先には大きな砂浜が広がっていた。そこには小さくだが多くの人々が楽しんでいる姿があり、後ろにはビルなどの建物が見えた。 「知らない所に来てしまった……」  本でも、映像でも見たことない景色だ。海も世界も広いから私の知らない世界があっても不思議ではない。だが、まずは自分の知る景色からどれほど離れている場所なのか把握しなければならなかった。 「外国ではなさそう」  多くの人達が海水浴を楽しんでいる風景に近付いて行くと、飛び交う言葉は自分が理解できる言葉だった。それであれば好都合だ。異国の地でなければ自分の住む場所を聞けば恐らく通じるだろう。 「すみません」 『ん?どうしたんだい?』  都合良く目の前を通り掛かった年配の女性に声を掛けてみた。自分の言葉は通じたらしく、歩みを止めてこちらに振り向いてくれた。 「新美地市(にいみちし)ってどこですか?」 「ここは何処ですか?」と聞こうと思った私だが、そんなことを聞けば笑われてしまうだろうと思い、私の住んでいる場所を聞いてみることにした。  こうすれば、私が流れ着いたことも隠すことができるだろうという考えである。 『新美地市?聞いたことないねぇ』 「そ……ですか」 『ちょっと待ってね。おーい、ちょっと来て』  立ち去ろうと思った私の胸近くに、その女性は手のひらをかざして待つように促した。  そして私に背中を向けながら、波打ち際にいる一人の若い男性に向かって叫ぶ。 『どうした?』 『あんた、新美地市って知ってる?』 『知らねぇな……、待って調べてみるわ。なんて書くの?』 「新しいに美しい土地です」  その男性は乾いた水着のポケットからスマートフォンを取り出して、カッカッと画面を鳴らしながら検索をした。 『ん〜、出てこねぇな……』 「え……」  正直理由がわからなかった。「字あってます?」の言いながら、その検索された画面を見せてもらうのだが、確かに検索欄には『新美地市』と表記されていた。インターネットで検索をしても出てこないなんて私の街は消えてしまったとも言うのだろうか。 「あの……最近震度6以上の地震とかあったところは?」 『そんなに大きい地震?最近は起きてないねと思うよ』 「そう……ですか」 『ごめんなさいねぇ。力になれなくて』 「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」  住んでいた街の名もなければ、地震が起きたという記録もないとのこと。私の思考は混乱する一方だった。 「私は……一体……」  これも全て、"神様"という存在が起こしているとでも?私は何処か知らない世界に飛ばされてしまったとでも言うのだろうか。  何故、私がここに存在しているのか理解できない上に、帰る場所さえも失ってしまった――。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加