ウシガエルのダンス

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ウシガエルのダンス

 カエルのラッシュは、いい天気だったので、カエル国の外をぷらぷら出歩いていました。皮膚が照り照りして、気持ちが良いです。  すると、目の前に誰かが現れました。  白と黒で、大きくて、四本足で、むしゃむしゃと草を食べていました。雑草を食べるなんて、気持ち悪い。そう思っていると、その生き物は近づいてきました。ラッシュは怖くて、動けずにいました。 「こんにちは。いい天気ですね」  厚みのある声。目の前には、大きな顔があります。ラッシュの体よりも一回り大きいです。 「僕も、いい天気だと思っていました」  ラッシュは、頑張って返事をします。 「気が合うわね」  その生き物は、微笑みました。 「あなたは、何の生き物なんですか?」  その笑顔につられるように、ラッシュは聞いていました。 「私はウシ。ウシのポロネ」  ラッシュは、小さい頃に見た分厚い図鑑のことを思い出していました。そこにはたくさんの種類のカエルたちがいて、その中のひとつに、「ウシガエル」という種類がありました。なんだか印象的で、ラッシュは覚えていました。 「僕はカエル。カエルのラッシュ」  カエルを証明するために、ラッシュは軽く飛び跳ねました。ビヨヨンと、足が伸びます。 「よろしくね。ラッシュ」 「こちらこそ。ポロネ」  ラッシュは、不思議な雰囲気を持つポロネとまた会いたいと思っていたので、勢いに任せて言ってみました。 「また明日、ここに来てよ」  ポロネは、ラッシュの言葉に驚いているようでした。ポロネは数秒してから「モ〜」と鳴いて、微笑みながらラッシュに言いました。 「来るね」  ラッシュは嬉しくて「ゲコゲコ」と声を漏らしていました。ポロネは尻尾を振って、遠くの方に消えていきます。ラッシュもピョンピョン跳ねながら、国に戻ることにしました。  国に戻ると、広場が何やら騒がしいです。ラッシュはそのままの足で、向かってみました。 「ボレロとミルキンの合成を行います」  広場にある『合成マシン』の上に、アマガエルのボレロと、ペリカンのミルキンが待機しています。二人は手を繋ぐと、合成マシンの扉を開けて、中に潜り込みました。 「それでは、開始!」  国王が合図を出すと、マシンが大きな音を立てて、動き始めました。すごい揺れです。合成が始まれば、カエル国のみんなは絶対に目を覚まします。それくらいうるさいです。  マシンが静かになりました。どうやら合成が終わったようです。扉が開いていきます。 「コ…ん9那ね流…」  また失敗です。カエルとペリカンがぐちゃぐちゃに混ざり合った、変な生き物が完成していました。広場に集まっていた国民は、がっかりして、のそのそと家に帰っていきます。僕はまだ、一度も、成功した所を見たことがありません。不安になりながら、途中の売店で「害虫4点セット」を買って、家へと帰りました。 *** 「今日もいい天気ね。ラッシュ」 約束通りに、ポロネは来てくれました。ラッシュは嬉しくて、ニヤニヤが止まりません。 「僕も、いい天気だよ」 「ラッシュ。それはどういうこと?」  ポロネは、笑っています。ラッシュは、ポロネの笑顔はとっても落ち着くな、と思っていました。ポロネが黙ったので、何かを話そうと思い、ラッシュは昨日のことを話しました。 「昨日、また合成に失敗してたんだよ」 「やっぱり、カエル国では減少政策が行われているのね。噂ではよく耳にしていたの」 「三日に一回は合成が行われるんだ。カミサマが気に入る見た目になれば、生存。それ以外は失敗で、命を奪われるんだ。三年前に起きた【カエルの爆発増加現象】でカエルが世界に溢れかえっちゃったからね」 「それでも、数を減らすなんて可哀想」 「カミサマは、カエルが嫌いなんだ。僕もそろそろ10歳になるから、相手を見つけないと」  ラッシュは、昨日ポロネに出会ってから、ずっと思っていたことを口にしました。 「ポロネは、僕の運命の人だと思うんだ」  皮膚が焼けるような、恥ずかしさです。ラッシュは、ポロネの顔を見れません。 「ラッシュ。あなた突然すぎるわ」 「ごめんよ、ポロネ。僕、急に言いたくなってしまったんだ。あまりに突然だよね」 「突然だけど、私、嬉しいわ」  ラッシュは、顔を上げてポロネを見ます。顔の白い部分がほんのり赤くなっていました。 「ポロネ。また明日も会おうよ」 「うん。また会いたいわ」  照れくさかった二人は、お互いの顔をあまり見ないまま、それぞれの国に戻りました。ラッシュは、昨日よりも大きく跳ねていました。 *** 「ポロネ。これあげる」  ラッシュは、両手いっぱいのキラキラの草を、ポロネの前に置きました。 「ラッシュ。これは?」 「お庭にあった、綺麗な草だよ。ポロネが気に入るかなと思って」  ポロネは、むしゃむしゃと草を食べます。 「とっても美味しいわ」  ラッシュは「ゲコゲコ」と喜びます。 「明日も持ってくるよ」  ポロネはぺろりと草をたいらげると、ラッシュに聞いてきました。 「昨日、カエルのお友達が出来たとみんなに言ったの。そうしたら、あなたたちは運命よって言われたの。これって何か理由があるの?」  ラッシュは図鑑を思い出して、説明します。 「実は『ウシガエル』っていう種類のカエルがいるんだ。名前が、ウシとカエル。だからみんな、運命だって言ってるんだと思うよ」  ポロネは、なんだか寂しそうです。 「ラッシュ。それが理由なの?二人の名前が入ってるからって、それだけで私のことを運命だなんて言ったの?」 「違うよ。そんな軽はずみに言ったんじゃないよ。僕は本当に」 「ラッシュのこと、信じられない」  ポロネは、すぐに帰ってしまいました。  ラッシュは、泣きながら国に帰りました。帰りながら、ポロネのためにどうしようか、頭の中で必死に考えていました。 ***  ポロネの前には、大量の草がこんもりと積まれています。中から、ラッシュが出てきます。 「ラッシュ。これは?」  ラッシュは草を払いながら、説明します。 「綺麗な草を、できるだけ持ってきたんだ」 「いくら持ってきても、信じられない」 「分かってるよ。こんなのは形だけだよ。ポロネ。僕の本当の気持ちを、聞いてほしい」  ラッシュが、真剣な表情に変わります。ポロネも同じく真剣です。 「たしかに、きっかけは『ウシガエル』だった。でも本当の理由は、ポロネの笑顔に惚れたからだよ。毎日合成に失敗するみんなを見てきて無意識に下がっていた心が、ポロネの笑顔を見た時だけ、落ち着いたんだ。僕は嬉しくなって舞い上がって、それで、運命だなんて大それたことを言っちゃったんだ」  ポロネは、泣いていました。ラッシュは焦って、駆け寄ります。 「僕、また変なこと言った?」 「違うの。私、嬉しいの。こんなに素直に気持ちを伝えられたこと、無かったから」  ポロネは、背中をラッシュに向けました。 「乗って。一緒に踊りましょう」  促されるまま、ラッシュは背中に乗ります。 「それっ」  ポロネは、リズム良くステップを踏みます。ラッシュは、揺れる背中の上で跳ねたり、動き回ったりします。 「モ〜」 「ゲコゲコ」  二人の鳴き声が重なり合って、踊りがヒートアップしていきます。ポロネのステップは大きくなり、ラッシュのジャンプは高くなります。  二人は、一通りの踊りを終えると、草原の上に寝転がりました。 「私、ラッシュが好き」 「僕も、ポロネが好き」  二人は確かめ合いながら、暖かい日差しの中、眠りにつきました。すやすやと、優しい音が聞こえてきます。 ***  ポロネは、カエル国に来ていました。 「ラッシュ。あれが合成のマシン?」 「そうだよ。あの中に二人で入るんだ」  二人がこそこそと話していると、国王が、ゆっくり登場してきました。 「トトとグミの合成を行います」  カエルのトト。ウサギのグミ。いつものように手を繋いで、中へと入ります。 「それでは合成開始!」  大きな音が鳴り、地面が揺れます。僕たちカエルとは体のつくりが違うようで、ポロネは微動だにしていません。  揺れが収まり、静かになりました。扉が開きます。みんな、薄目で結果を待っています。 「mmぷ間…ズ」  またも失敗です。片耳だけが生えた奇妙なカエルがフラフラしています。カエルたちの溜息で、広場に風が起こりました。初めてその光景を見たポロネは、顔が固まっていました。 「こんなの、いいわけがない」  ポロネは、大急ぎでカエル国をあとにしました。ラッシュは、とりあえずついて行きます。そのまま進んでいくと、いつもの場所に出ました。 「ラッシュも、来年になったらあれをするんでしょ?」 「そうだよ。10歳になったらする決まりなんだ」  ポロネは深刻そうな顔をしています。 「ダメ。絶対にダメよ」 「僕とポロネなら、きっと上手くいくよ。僕たちは、綺麗なウシガエルになれるはずだよ」 「私、ウシガエルについて調べたの。ラッシュ。ウシガエルの姿は、覚えてる?」 「あんまり覚えてないんだけど、ウシガエルって言うぐらいなんだから、二つが綺麗に混ざり合ってるんでしょ?」  ポロネは、悲しそうな目で言いました。 「ウシガエルの姿は、ただのカエルなの。ウシの要素なんてどこにもない。あれで、カミサマに認めてもらえるわけがないの」 「そ…そんな…」  ラッシュは目の前が真っ暗になりました。ウシガエルになれる二人なら、合成もうまくいくと、そう思っていました。 「このままじゃ、二人とも死んじゃうの?」  不安になったラッシュは、ポロネに聞きました。ラッシュは、僕たちもあんな姿になるんだと考えて、ゾッとしていました。 「そんなことにはさせないわ。私に、ひとつ作戦があるの。ラッシュ、手伝ってくれる?」 「僕にできることならなんでもするよ」  ラッシュとポロネは、そこから夜な夜な作戦会議をしていました。  決行は、明日に決まりました。 ***  作戦決行当日を迎えて、ラッシュは緊張していました。足が、ガクガクしています。 「ここが、カミサマの家よ」  四角い扉。屋根。窓に庭。これは、カミサマ界では「一軒家」と言われているらしい。 「ポロネ。本当に大丈夫かな」 「ラッシュ。自信を持って」  二人で扉を開きます。中には、大きな大きなカミサマが座っています。ラッシュとポロネは、ゆっくりと目の前にまで移動します。 「カエルいるじゃん。気持ち悪い」  カミサマは、険しい顔をしています。そんなカミサマに、ポロネは大きく声を上げます。 「カミサマに、カエルの減少政策をやめていただきたいと、お願いしに来ました。カミサマが制作を行なっている理由は、カエルが苦手だからなんですよね?」 「その通り。カエルは気持ち悪くて嫌い。いっぱいいるのが嫌だから減らしてる。それだけ」 「そこでお願いです。今から私たちのする事を見て、カエルを気持ち悪いと感じなかったら、政策をやめてくれませんか?」  カミサマは、少し考えて、言いました。 「本当に気持ち悪いと思わなかったらね」  すると、ポロネの合図で、家の玄関にキリギリスの音楽隊が現れました。ラッシュは素早く、ポロネの背中に乗ります。 「せーのっ」  ポロネの合図で、キリギリスの音楽隊が鮮やかな音色を奏でます。その音楽に乗せて、ポロネとラッシュは、軽快に踊り出します。 「モ〜」 「ゲコゲコ、ゲコゲコ」 「キィーキィー」  三人の音が重なり合って、ハーモニーを生み出します。ポロネの動きに合わせて、ラッシュはピョンピョンと跳ね回ります。  キリギリスの音楽が最高潮にまで達します。 ポロネの動きも激しく、ラッシュのジャンプも今までで一番のものになりました。その瞬間、カミサマは、勢いよく立ち上がりました。  キリギリスの音楽が終わり、一軒家の中に静寂が戻りました。ラッシュとポロネは、カミサマをじっと見つめます。  カミサマは、ゆっくりと言いました。 「めっちゃ可愛いじゃん」  ラッシュとポロネは目を見合わせます。ニコニコしながら、ポロネが確認を取ります。 「カミサマ。それはつまり、気持ち悪くなかったといことですか?」 「当然だよ。それどころじゃないよ。めちゃくちゃ可愛いよ。減少政策は、即座に中止」  ラッシュとポロネは、大急ぎでカエル国に報告に向かいました。政策がなくなったことを伝えると、国民は二人に感謝をしました。 「英雄よ!」  国王は、ラッシュとポロネをそう言い讃えました。数日後には、キリギリスの音楽隊の銅像と、ラッシュとポロネ、二人の銅像が完成しました。合成マシンは、撤去されていました。  カエル国には「カエルダンサーズ」というグループが発足されました。週に一度、カミサマの元へダンスを披露しに行くのです。ウシ国の「カウ・クラス」とキリギリスの音楽隊「キリーズ&ギリーズ」も一緒です。カミサマは、あれ以降どっぷりとハマっているようでした。  ひと段落ついて、ラッシュとポロネはいつもの草原で寝転がっていました。 「ポロネはすごいよ。国の危機を救っちゃうんだから」 「こんなに大きくなるなんて思ってなかった。私は、目の前にいるラッシュの命を救いたくて、ただそれだけで行動してたの。それが、いつの間にカエル国の英雄になってるなんてね」  ポロネは、優しく微笑んだ。ラッシュが大好きでたまらない、ポロネの笑顔です。  ラッシュはその奥に、何かを見つけました。 「捨てられた、合成マシンだ」  興味本位で、ラッシュは近づきます。 「ラッシュ。気をつけてよ」  合成マシンは、扉が外れていて、中が丸見えです。中は、案外、普通の部屋でした。 「ポロネ。大丈夫だよ。どうせ機能しないよ」  ラッシュは、中を覗いてみました。  すると、何か空気が捻じ曲がった感覚がして、ラッシュは中に引き摺り込まれました。 「ラ、ラッシュ!」  ポロネも慌てて、中に入ります。  そのまま二人とも、激しい合成の流れに巻き込まれていきます。どうやっても、抗うことはできませんでした。騒がしい音がして、ガタガタ揺れて、ついに合成が終わってしまいました。  すると、謎の生き物が中から出てきました。 「……ウワン」  そこにちょうど、カミサマが通りました。 「なんだこの生き物。黒と白の、縞模様」  カミサマは、その生き物を撫でます。 「……ウワン」 「よし、決めた」  カミサマは、大きな声で叫びます。 「お前は、シマウマだ!」  この世界で最初の、シマウマの誕生でした。  ラッシュとポロネの二人は、カエル国を救う運命と共に、シマウマをこの世に生み出す、そんな運命にも導かれていたのです。二人で出来上がったそのシマウマは、不思議と長く生きたそうです。とっても、不思議です。
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