ノットタイガーシャウト〜学園山月記〜

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それからの生活は以前と比較してとても華やかなものとなった。李徴は私の盟友であり、ライバルでもあった。勉強面では元々科挙を合格している私にとって中学三年の勉強内容はあまりにも簡単であり誰とも張り合うことすらなかった。しかし同じ科挙合格勢の李徴が来たことによりしのぎを削るライバルとして勉強に精が出るようになったのだ。また学校生活で密かに感じていた孤独感も失せていった。李徴は私と同じくあまりクラスに受けいられることは無かった、やはり昔と今で価値観が大きく違う中平和に暮らすことは難しいのだろうか?ともかくそれが幸いして私と李徴は誰にも邪魔されることなく交流することが出来た。時々生まれ変わりの話をすることもあったがバレては色々厄介なのでその時はずっと中国語で会話をしていた。 そんな地味、しかし華のある生活を送っていたある日李徴に異変が起きたのだ。 「その時私は李白の月下独酌を思い出してな」 「なるほど、月も仲間に見立てた訳か…よく思いついた…うっ」 「ど、どうした李徴。どこか痛むのか?」 いつも通り二人で話していたところ李徴は突然苦しみ出した。こんなことは以前はなく周りも誰も気づかない。突然の異常事態に私はたじろぐ。 「いや、少しむせただけだ。気にする必要はない。」 「そ、そうか…?」 漠然とした違和感の払えないまま私はとりあえず彼の言い分に納得しておいた。千五百年前からの仲においては隠し事もそうないだろう。 しかし私が些細な日常の異変で終わると思っていたこの出来事はその日限りで終わらなかった。 「…っう…」 「おい李徴大丈夫か?」 翌日も李徴は昨日と同じような時間にまた苦しみ出した。身体が小刻みに震えている。 「なんでもない、大丈夫だから気にしないでくれ」 「いや、どう考えても大丈夫ではないだろう…」 「いや、せめて保健室だけでも…」 「それはやめろ!」 李徴は強く反発する。何か行けない事情があるのかと詰め寄ることも出来たかもしれないが私は今日の所は強要することを辞めた。 そして李徴は次の日も、その次の日も苦しんだ。私はそれを見る度何とかしようと考えたが当の本人はやはり頑なに私の介助を拒む。私の心には少しづつ彼に対する懐疑心が芽生えていった。何故李徴は私の手当てを避ける?何故友の私に秘密を隠す?彼が私の友人なのはこの先変わることは無い、しかしずっと親密な関係を築くためにも私は李徴にこの頃隠していることを教えて欲しかった。 「…絶対何か隠してるだろ、そろそろ教えてくれないか?これ以上お前が苦しむ姿はみたくないんだ」 「すまない…気付かいは本当に感謝している、ただ本当に何も無いんだ。だから…気にしないでくれ」 「なんだというのだ…」 不安と不満が少しづつ、しかし確実に積もっていく。しかしこれ程まで苦しんでまだ私に打ち明けないとはどんな内容なのかが非常に気になる。本当に一体何なのだろうか…。 「それで象牙を見た時私は不意に…」 「…あ、すまない。少しだけ待ってもらえるか?」 「え、ああ」 結局彼の秘密も分からないまま数日が過ぎ、私は今李徴と休みをとっている。 「彼に着信とは珍しいな…」 変な好奇心に駆られた私は李徴と誰かとのやり取りを聞こうと考えた。 「…なんの話してるんだ?」 私が俯き気味に耳を傾け彼の話を聞いていたその時だった。 「虎…街………会……お願………」 "虎"その一言に私は戦いた。虎?私の聞き間違えだろうか?それとも…私の脳内には不吉な説が生まれていたが今はとりあえず李徴と話の続きがしたかった。 「いやー待たせたな」 李徴が思ったより早く戻ってくる。気になることは色々あったが今はとりあえず話の続きを始めおう。 「あ、、じゃあ続きから話すけど…」 「すまん、今日はもう学校戻れなさそうだ」 「は?」 李徴はそう言いながら私にそれ以上目を向けず教室から出ていった。突然の出来事に私は瞬きをして驚きを表現することしかできなかった。 それから一時間経っても李徴は戻ってこなかった。一体どうしたのだろうか、このままずっと学校にいたままでは行けない気が何となくしてくる。 「李徴、虎っていってたがまさか本当に…」 先程から恐れていた説が急に現実味を帯びた感じがして私は授業中にも関わらず教室を飛び出した。 慣れ親しんだ通学路を逆走する。「私はなにをしているのだろう」とふと思うこともあったがそれでもひたすらに走り李徴を探す。そしてとうとう彼らしき後ろ姿を見つける。 「おい李徴!」 後ろ姿はゆっくりと前を振り返る。その顔は紛れもない、我が友李徴その人だった。 「ほんとにどうしたんだよ!なんでそんな所に立ってんだよ!」 李徴と私のいる所は人通りの少ない路地裏でそこで立ち止まっていた彼はまるで何かを待っているようだった。 「袁傪…よく俺を見つけたな、ちょっと気分が悪くなってここにいたんだ。大丈夫だからお前はもう戻…」 「逃げんなよ」 李徴が驚いた様子でこちらを見る。 「どう考えてもお前の行動がおかしかったから探しに来たんだ。なんで本当のことを私に教えるのを躊躇う?盟友なら教えてくれよ」 「……」 「またひとりで抱え混むのか?あの時みたいに」 「……」 李徴は黙ったままだ。 「分かった、なら仕方ない」 私はカッターを持ち自分右手を思い切り切りつけた。瞬間物凄い激痛が体を走る、切りつけた手を見ると濃い黒色の血液が掌の外側を流れていた。 「驚いたか?…いや、その反応を見るに俺もそれ以上の感情がこもってそうだな」 私が李徴の方を見るとそこには血走っためで歯を軋ませなにかに耐えている李徴の姿があった。口周りには小さいが牙のようなものもある。 「な、なんで、、いつから知っていた…?」 「少し前からお前のスマホから虎の単語が聴こえてから確信したよ」 「…そうか」 「そろそろちゃんと説明してくれないか李徴、私は友としてお前の隠していることを知る権利があるんだ」 「…分かった」 李徴は下を向き少しづつ話し始めた。 「俺とお前がここで再会をした日の放課後、俺はお前にどこかも分からない暗い道で神に会ったといっていたのを覚えているか?」 「…ああ…そういえばそんなことも言っていたな。」 「実はその時私は神にこう言われていたんだ、「再び袁傪に会うのはもうやめておいた方が良いと」。私の虎になる呪いはすぐ消えるものでは無いらしくてな、当時親密な関係にいた人物と触れ合うと呪いがまた身体を蝕む恐れがあるらしいのだ。」 「そんなのあの日聞いてないが…」 「言わなかったんだ、俺がまだ呪いを持っていてそれが悪化する原因がお前との触れ合いだと知るとあの頃の仲には戻れないと確信していた。もちろん袁傪は全く悪くない、神に警告を受け、それでもお前にもう一度会いたくて千五百年くらい呪いが解けるのを待って、もう大丈夫だろうと転生した私が全て悪い。結果呪いはまだ身体に残っており日に日に悪化してしまった。」 「…分かった。とりあえず戻ろう、まだ何かが出来るはず」 「出来ない」 食い入るように李徴が私の言葉を遮る。 「先程も見ただろ、お前の血を見て捕食欲求に駆られる醜い私の姿を、もう本能が私を平常に帰らせることを拒んでいるのだ。姿さえもう形を留めれてないんだよ」 そう言って李徴は上半身を私に見せた。そこには黒く太い墨を散らしたような線が身体に敷かれ、体毛が人間の比ではないほどに多くある。 「まじかよ…」 「先程猟友会にここに虎がいると通報しておいた。彼らが来た時が私が死ぬ時だ。」 李徴はいつの間にか口に生えた大きな牙を隠す素振りも見せずそう答える。 「さっきの電話は猟友会にかけてたのかよ…なんで最後まで相談してくれなかった?!」 「…すまない私は生まれ変わっても昔のままだな、臆病な自尊心と、尊大な羞恥心がお前に相談するのを躊躇わせた。あの時もそうだった、本当に恥ずかしい存在だよ私は」 李徴の身体がどんどん太く大きくなっている。もう本当に肉体を制御できないのだろう。 「行け、袁傪」 「ちょっと待ってくれよ…」 「私はもう耐えられない、あと数分後にはお前を食べている可能性だってある。だからもうこの場から消えてくれ、頼む。」 私は、何も言えないまま三歩後ろに下がる。しかしそれから直ぐに彼の元に駆け寄り背中に手を回した。触れている箇所が体毛に包まれ暖かい。 「どうして…」 「今私は少しだけ逃げようという思考が頭に浮かんだ、しかし今こうして逃げずにお前に触れている。こうなるまで異変に気付けなかった私が言えることではないかもしれないが今度こそは茂みごしでもなく、お前から逃げることもせず最期まで共に居させてくれないか?」 「しかし私はもう自我が…」 「構わないさ、お前が呪いにより再び本能に目を覚ました獣なら私はそんな獣と死の間際までともにいようという野望を持った狂った獣だ。だから今回は逃がさないでくれ、獣どうし最期まで共にいよう」 「袁傪…すまない…すまなかった…」 二人の獣は見つめ合い笑いあった。涙は自然と出てこない。これから過ごす彼との最後の時間に湿り気など必要ないからだろうか。 二人を照らす光の先には月ではく、場違いなほど明るい太陽が輝いていた。 その後李徴は駆けつけた猟友会の銃に呆気なく沈んだ。私はその一部始終を眺めていたがやはり悲しみよりかは最期まで寄り添うことができたという喜びの方が強かった。 学校では李徴は転校したと言われた。彼の最期を知っているのは私だけのようだった。 「では今日から山月記の方に入ります」 いつも通りの生活にまた戻った、しかし私はどうにも以前と今でその生活は大きく違うと感じるのであった。 「美しい月だなぁ李徴…」 教科書の挿絵を見て私は小さくそう囁いた。
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