八.

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八.

竿を引き上げ、木陰で糸をほどく。 城崎は、(かたわ)らの石に腰掛け、(ひざ)(ひじ)を付き小さな顔を支えて遠くを見上げた。 「いや、さ、中学のこと思い出しちゃって。 当時の彼氏が超クズでさ。 浮気はするし暴力振るうし、最悪だったんだよ」 「マジかよ、そんなやついるの?」 驚きながらも、複雑にもつれてしまっている糸に指先の神経を集中させる。 「まぁすぐ別れたけど。 思い出すだけでムカつくなぁ、犬山上男(いぬやまかみお)っていうの、あぁムカつく」 「犬山上男……? なんか知ってるような……同じ学年? 何中だったやつ?」 「古根三(こねさん)」 お、城崎の糸が上手くほどけた。 「古根三の犬山って……あぁ、あいつか!」 ()いで自分の糸も元通りになったことも重なり、思わず大きな声が出た。 「え?知ってんの!?」 「あぁ、うん。 長めの金髪で、横刈り上げてたやつでしょ? 中二の時、空手の大会で対戦したやつじゃないかな」 「えぇ!? ユッキ空手やってたの? 意外! そう言えばあいつも空手やってるとか言ってイキがってたわ! っていうかそんな偶然ある!? 試合どうだったの!?」 竿を受け取った城崎が目を輝かせた。 「いや、なんか、だから、すごいイキがった感じで来る割に大振りで動きも悪くて、その、なんていうか、そんなつもりなかったのに結構早い段階でフルボッコ的な感じになっちゃって……」 言いながら僕は再び渓流へと毛鉤を投じる。 「完全勝利?」 「完全勝利、十二秒。 自己最短記録」 っと、釣りの方も自己最短記録でヒット、が、あんまりいい型じゃないのでリリース。 「……あははは! そっかそっか、知らない所でユッキが(かたき)取っててくれてたんだ! そっかぁ、あはは! なんか、嬉しいよ、ありがと」 顔を(そむ)け目元を指先でこするような仕草を見せながら、城崎が毛鉤を投じる。 「いや、そんなつもりは全然無かったし、事情も全然知らなかったけど……まぁ、うん、なんか、良かったよ、結果的には役に立ってたみたいで」 すぐに大物を釣り上げた城崎に、僕は頭をかいた。
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