一.

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一.

(さわ)やかな晴天に恵まれた初秋の渓流に、僕は大学の友人・鞠野羽郎(マリノハロ)と二人でフライフィッシングに来ていた。 珍しく釣果(ちょうか)は上々。 が、釣れ過ぎるとそれはそれで飽きるのか、 「kinoって、いいよな」 セオリーを無視した遊び投げで毛鉤(フライ)を水面に(すべ)らせながら、ふいにマリノが声を掛けてきた。 「何?」 「最近売れ始めたモデル女優だよ、SNSもフォロワー数二十万」 「ごめん、そういうの、あんまりよくわかんない」 自分の興味が無いものは目につかないものだ。 僕の場合、モデルや女優はほぼ無知と言っても過言では無かった。 気の無い僕の返事に、マリノがkinoの外見や活躍について熱っぽく語り始める。 できれば静かに釣りたいんだけどなぁ、とため息混じりにふと見やった少し下流に、人影が一つ、現れた。 黒い帽子を目深(まぶか)に被った、女性と見られるその人影は、流れが(ゆる)んでプールとなっているポイントへと毛鉤を投じ始める。 が、投げ方も間違ってるし、いかにも魚がいなさそうなど真ん中にばかり投げ続けている、明らかな素人であった。
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