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第2話
ハイファが軍と惑星警察の二重職籍という事実は、機捜課内でもシドとヴィンティス課長しか知らない。軍機、軍事機密なのだ。そういった密談をするためにハイファのデスクは課長の多機能デスクの真ん前、その左隣がシドという配置になっている。
その更に左のデスクが七分署一空気の読めない男ヤマサキだ。
「それにしてもシド先輩、最近は書類も溜め込まないし案外真面目っスよね」
「案外は余計だ、バカ」
「だってハイファスさんがくるまでは書類、いつもテーブルマウンテンだったのに、やっぱり愛のチカラっスかね?」
いきなりシドはガッとヤマサキの足を踏んだ。ヤマサキは跳び上がる。
じつは機捜課内でシドは未だに自分とハイファとの仲を認めていないのだ。一年と少し前、機捜課にハイファが現れた当時も大変だった。
よそと比べて不思議なほど女性率の低い機捜課内は思考も中学生男子並み、それまで硬派と目されていたシドが『男の彼女をつれてきた』と大騒ぎになったのだ。それはのちに事実となったがシドは周囲のからかいと冷やかしに徹底抗戦し続けた。
同性どころか異星人とでも結婚し遺伝子調整で子供まで望める時代に、からかう方もムキになって否定する方もどっちもどっちだが、周囲がネタに飽きて二人を当然のカップル認定した今に至るもシドは否定するのを止めないのである。
ペアリングまでしておいて矛盾している、滑稽だとシド自身も思うのだが、往生際の悪さは刑事の身上、というよりも既に否定するのがクセになっているのだ。
照れ屋で意地っ張り故に最近はドツボにハマっている男は強引に話題を変える。
「ヤマサキお前、今日の仕事は何だったんだ?」
「捜査二課のガサ要員、下請けっスよ」
「捜二のガサ……汚職か何かか?」
「使い込みがどうとかで――」
「それで良く捜査が務まるな」
書類を埋めながらシドが言うとヤマサキはさも可笑しそうに笑った。
「務まりますよ、先輩みたいに大イヴェントにストライクする訳じゃないんスから」
「ヤマサキ、テメェ、喧嘩売ってんのかよ?」
とうとう腰の銃にシドの手が伸びたのを見てヤマサキは「わあ~っ!」と何処かに駆け去る。やはり中学生男子以下、デカ部屋はこんなのばっかりだ。
ポーカーフェイスの眉間に不機嫌を溜めつつシドは書類に戻った。
「別にヤマサキさんは嘘ついてないのに」
「何だ、ハイファ。お前も喧嘩売ってんのか?」
「道を歩けば、ううん、表に立ってるだけで事件・事故が寄ってくる超ナゾ特異体質イヴェントストライカっていうのは本当のことでしょ」
スラックスの脛を蹴られそうになり、ハイファはサッと避ける。
「だって世の中はこんなに醒めてるのに、貴方の前でだけは途端にホシは体を張ってガッツを見せて、パッション溢れる所業に及ぶんだもん」
「だーかーら、そいつは俺のせいじゃねぇって。ンなガッツと情熱を持て余してんならテラフォーミング先遣隊にでも入って原生動物と追いかけっこしてりゃいいんだ」
「エリート気質の本星人が刑事や軍人よりも嫌いそうな仕事だね」
「犯罪に走るより建設的だと思うがな」
ハイファの言う通り、ここテラ本星は新たにテラフォーミングされた星系に比べ、妙なエリート意識の漂う社会だった。汎銀河に多数存在するテラ連邦加盟星系を統べるテラ連邦議会、その本拠地がある本星セントラルエリアの治安の良さは汎銀河一とまで云われている。
事実、シドとハイファ以外の機動捜査課員はヒマだ。仕事がない。
機動捜査課は殺しやタタキといった凶悪事件の初動捜査を担当するセクションである。だが今どき犯罪といえばIT関係が主流で、それらは機捜課の頭上三フロアを占めるICS、インテリジェンスサイバー課が担当する。
だからといって機捜課員たちは血税でタダ飯を食っている訳にもいかず、ICSを始めとする他課の張り込みや聞き込み、ガサ要員などの下請けに日々駆り出される、今では『何でも課』と化しているのであった。
けれどイヴェントストライカとそのバディは何でも課に甘んじてはいられない。常にクリティカルな状況が放っておいてくれないのだ。
シドの確率を超越する傾向は覚えがないほど昔からあり、スキップして僅か十六歳で広域惑星大学校・通称ポリスアカデミーに入学した辺りからどんどん増強し始め、周囲からは『シド=ワカミヤの通った跡は事件・事故で屍累々ぺんぺん草が良く育つ~♪』と歌われたほどだった。
それ故に『警察呼ぶより自分が警官になった方が早い』とばかりに四年いれば箔と階級が洩れなくついてくるポリアカも二年で切り上げて十八歳で任官したのだ。
だが任官しても茨の道は続いた。
AD世紀からの鉄則、『刑事は二人で一組』というバディシステムがシドには適用されなかったのだ。いや、何度もバディはついた。
しかしあまりに危険な毎日に誰もが一週間と保たず、五体満足では還ってこられなかったのである。
心臓を吹き飛ばされても処置さえ早ければ助かるのが現代医療だ。勿論彼らも完全再生・復活を果たした。けれどその有様を見た上でシドのバディに立候補する気合いの入ったマゾはいなかった。
お蔭で一年と少し前にハイファが機捜課にやってくるまで長い間シドは単独捜査を強いられてきたのだった。
だがビームを浴びてジンクス通りに生死の境を彷徨ったハイファがまた戻ってきて組んでくれるとはシドは思ってもいなかった。あれからずっとハイファは誰一人として欲しがらないシドのバディの座を護り抜き公私に渡る女房役を務めてくれている。
「まあ、テラフォーミング先遣隊は建設的かも知れないけど、かなり危険な仕事でもあるからね。イヴェントストライカより危険かどうかは知らないけどサ」
またも嫌味な仇名を口にされシドの眉間のシワが深くなった。自分でも与り知らぬこの特異体質については言及されると時には銃を持ちだして暴れちゃうほどナイーヴなのだ。
「お前まで言ってくれるなよな、俺が事件をこさえてる訳じゃねぇんだからさ」
「だからって、すぐに銃に手をやるのは洒落にならないクセだよ」
「ふん。俺の初・誤射記念日が刻々と近づいてる気がするぜ」
右腰のヒップホルスタで所持しているシドの銃はレールガン、針状通電弾体・フレシェット弾を三桁もの連射が可能な巨大なシロモノで、その威力はマックスパワーならば五百メートルもの有効射程を誇る危険物である。
惑星警察の武器開発課が生んだ奇跡と呼ばれる代物で、二丁あったが一丁は壊され今のは二丁めだ。右腰のヒップホルスタから下げてなお突き出した長い銃身を専用ホルスタ付属のバンドで大腿部に留めて保持していた。
一方のハイファもイヴェントストライカのバディを務める以上、銃は欠かせない。
ソフトスーツの懐、ドレスシャツの左脇に常に吊っているのは火薬カートリッジ式の旧式銃だった。薬室一発ダブルカーラムマガジン十七発、合計十八連発の大型セミ・オートマチック・ピストルはAD世紀末にHK社が限定生産した名銃テミスM89……と言いたいがそのコピーである。
使用弾は認可された硬化プラではなくフルメタルジャケット九ミリパラベラムで、異種人類の集う最高立法機関である汎銀河条約機構のルール・オブ・エンゲージメント、交戦規定に違反していた。
銃本体もパワーコントロール不能でこれも本来違反品である。元より私物を別室から手を回して貰い特権的に登録して使用しているのだ。
そもそも太陽系では普通、私服司法警察員に通常時の銃携帯を認めてはいない。機捜課の同僚たちも持っている武器はリモータ搭載のスタンレーザーである。
それすら殆ど使用しないというのにイヴェントストライカが職務を遂行しようとすると、何故か銃をぶちかますことになる。
もはや銃は二人の生活必需品、必要性は捜査戦術コンも認めていた。
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