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第43話
「何だ、人が増えていないか、酸素が薄いぞ」
「こっちは病院直行便だからな。あっちにゃ客も増えちまったし」
「客とは、いったい誰が増えたんだ?」
訊かれてレズリーが困ったように押し黙り、何事かを全員が囁き合い譲り合った挙げ句に結局またレズリーが口を開いた。
「最後のミサイル工場から出てきた男と鳴海を撃っちまった女の子、親子だって話でな。村まで送ってやるんだよ。歩いて帰れる距離でもねぇしよ」
「ふん。私がその親子を撃ち殺すとでも思ったのか?」
「そりゃあ、みんなが思ったさ。だからこうして離陸するまで内緒で隔離してだな」
「なるほど。その親子、命拾いしたな」
低い声は機内のメンバーの体感温度を確実に下降させた。シリアスな顔つきでキャラハンがハミッシュに無線連絡し、できるだけ離れて飛ぶように告げる。
「ところで悪かったな、キャラハン」
「どうした、俺様の腕前を思い知っての詫びのつもりか?」
「阿呆、クーンツだ。皆、捜しに行きたかったんだろう。なのにもう日暮れだ」
「そりゃまあ、そうだが。仕方ないこともあるだろうよ」
応えたレズリーだけでなく、コ・パイ席のアメディオも振り返る。
「そう心配しなくていいと思うぜ、砂漠のド真ん中に放り出した訳じゃないからな」
「砂漠の掟……事実として、死刑に相当するんだろう?」
だが意外にもアメディオは首を横に振った。
「うんにゃ、それでも生きて戻る努力をする。本当に生きて戻れば、まだそいつにはやるべき事が残ってる、生きてろって寸法だ。それを含めたのが『掟』なのさ」
「水筒ひとつで私たちは五キロが限界だったぞ?」
「砂漠に慣れたクーンツは格が違うさ。街から一番近い村まで二十キロもないんだ」
「信じて、捜しに行くのか?」
前方のキャノピに目を向けたまま、アメディオに代わってキャラハンが言った。
「当たり前だ。これからのこの国ではそんなものは償いにはなりえない。ひとつひとつ責任を取っていくんだ俺たちは。……俺、今イイこと言ったぞ、聞いたかおい?」
操縦しながらもキャラハンは一人で騒ぎ、皆うんざりして窓外に目をやった。霧島はクレリーの手を借りて京哉の輸液パックを交換する。
皆と話しているうちに霧島はようやく落ち着きを取り戻し、普通に呼吸ができ始めたような気がしていた。自分の体温も常態に戻り抱いた京哉がショックのせいか少し熱を出しているのも感じ取れる。仲間と一緒にいられることが今は何よりも有難く思われた。
独りだったら京哉を失う恐怖に耐えられただろうかと腕の中で未だ目覚めず血の気が失せたままのバディを見つめる。いつからこんなに心を占めてしまったのか分からない。
だがはっきりしているのは、もうこの男と離れられないという事実だ。京哉はまさに自分の半身だった。再び震え出した細い躰を更にしっかりと抱き締める。
「おい、少しヒータを上げて貰えるか。怪我人が寒がっている」
「あいよ。あと五分で着くからな。さっすが俺様、速い速い」
満員御礼の小型ヘリは無事に病院の屋上に辿り着きランディングした。
霧島は京哉を抱いて病院内に駆け込む。輸液パックは大男のレズリー担当、その他大勢がクリフも心配だとついてきた。そうして階下で探すも夜診の医師が何の都合か捕まらず、焦れた霧島は前回来たときに手に入れた院長の携帯にためらいなくコールした。
院長のマクフォール一佐はそれこそ超速ですっ飛んできた。
前回は撃たれたユーリンを助けるため旧政権の政府高官の汚職を内偵している国連査察団先遣隊員などという口から出任せを京哉が得意の二枚舌で咄嗟に捻り出し、院長を呼びつけたのである。
そんな客が再来したのだ、マクフォール一佐が仰天する訳である。お蔭で京哉は招集された医師団からすぐに検査され、緊急手術を受けることができた。
国連からの人員にPKFも投入されたが、この病院に至ってはプラーグ唯一のまともな病院だったのと、前大統領やその親衛隊長を自認したプラーグ軍司令官とは内情はともかく表面的には一線を引いて医療業務に当たっていたために、軍管轄で残されたらしい。
そのマクフォール一佐が霧島とその他大勢を前に京哉の容態について説明する。
「左鎖骨下動脈は縫合してありましたが人工血管で補強し縫合し直しました。手術は簡単なものでしたのでICUに入る必要もありません。撃たれた際に背後の物で打撲して出来た左肩胛骨のヒビも特別な処置は必要ないと思われます。自然治癒を待つ訳ですが、これも強打した腰部と共に投薬にて痛みへの対処を予定しています。現在の体温は三十七度五分、少々の発熱はショックによるものと思われますがこれは時間が経てば治まるでしょう。入院は二階特別室で期間は一週間を予定していますが……いかがでしょう?」
一気に喋ったマクフォール一佐はぜいぜいと肩で息をつきながら霧島の顔色を窺った。霧島に否やはない。ベッドごと病室に運んでくれるというのを待って貰い、先に皆と一階のICUにいるクリフの様子を見に行くことにする。
「しかしお前さんたち、先進国じゃあ、ものすごい大物なんじゃねぇのかい?」
感じ入ったようにレズリーが訊くと皆も霧島を凝視した。
「別に大物ではない、ハッタリも使い時というだけの話だ」
「だよなあ。いや、俺様も危うく騙されるとこだったぜ」
心底ホッとしたようにキャラハンが言い、皆がうんうんと頷いて笑った。
ICUには入れないが隣室から窓越しに中が見られるようになっていて、そこに入るとさすがに皆静かになる。目を赤くしたユーリンが座っていて霧島が声を掛けた。
「ユーリン、クリフはどうだ?」
「さっき、お医者さんにも言ったの。クリフったら目を開けて喋ろうとしたのよ。今は無理しちゃだめだからって薬で意識を落とされちゃったけど」
「医者は何か言っていたか?」
「ええ。大丈夫、もうすぐICUから出られるって。ちゃんと元気になるって」
嬉しさに涙を零しユーリンが縋ろうとした霧島の前にキャラハンが素早く割り込んだ。間一髪で滑り込みキャラハンは暫し幸せを噛み締める。髪を撫でたのはともかく肩まで抱いた。
日本なら迷惑防止条例違反という単語をサツカンらしく思い出し霧島はユーリンの赤い目を見た。随分泣いたのかも知れないが疲れもあるのだろう。
「付き添いもいいが、ユーリンもちゃんと食って寝るんだぞ」
「まだ一日も経ってないもの。それにあとでジョセが来てくれるから」
「そうか、無理はするな。私もここの二階にいる。何かあれば連絡してくれていい」
「分かった、そうするわ。ありがとう」
京哉が殺人慣れしていて、けれど誰より人間らしさを持っていると霧島は考えていた。だが今の自分が誰に何を言っても口先だけで上の空なのを自覚し、この自分の方こそ余程利己的なのではないかという気がした。
明らかに人を殺してきたのに今は何とも思っていない自分がいる。京哉と二人で無事なら他はどうでもいいとすら本気で思っていた。
いつか歯止めが利かなくなるのは自分ではないかと霧島は予感する。
とにかく今はICUの見える部屋をあとにした。何はさておき京哉の傍にいたかった。追い付いてきたバイヨルが霧島の肩をつつく。振り向くと差し出されたのは京哉のショルダーホルスタとスペアマガジン二本が入ったベルトパウチだった。
「忘れ物だ」
「すまん、すっかり忘れていた」
「嫁さんより旦那の方が顔色悪いぞ。『ちゃんと食って寝ろ』ってな」
笑いながらバイヨルは手を振り皆の方に去った。霧島は足早に処置室に戻る。京哉は寝かせられたベッドごと二階の病室へと移動になった。
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