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第44話
二階の特別室は二人部屋だ。お蔭で霧島も泊まり込めるのは幸いである。
それに積み上げた簡易建築でもここは格段に待遇がいい。バス・トイレ・洗濯乾燥機にソファセットと湯沸かしポット付きだった。勿論エアコン完備だ。
前回もドサマギでここに泊まったが、まさか舞い戻ってくるとは思わなかった。
見回してみて先進諸国における安ビジネスホテルくらいの高級感という、どうでもいい感想が霧島の頭をよぎる。疲れているのかも知れない。
ベッドで眠っている京哉には点滴やモニタ機器などが繋がれていた。これらの医療機器に関しては見た目、先進国と何ら変わらず安堵しても良さそうだ。おまけに土地柄として弾傷の治療にはおそらく慣れているに違いない。
一脚あった椅子を移動し京哉の傍に腰掛ける。薄いガウンのような服を着せられた細い躰を眺めながら、自分と一緒にいて京哉が命の危機に晒されたシチュエーションを数え上げた。
自分がトラブル体質だとは思わないが実際に二人でいて何度京哉がこんな目に遭ったことか。だがすぐにそんな考えも放擲した。
多分、互いに負傷するたびに同じことを思い悩むのだ。それでグルグル考えた挙げ句に行きつくのである。バディで一生涯のパートナーは唯一人しか考えられないと。
眺めていると触りたくなってしまうので何となく立ち上がった。すると物音がしてドア脇の出し入れ口に病院食の夕食が一人分届いていた。
留置場か拘置所のようだと思いながらトレイを見ると、これも前回と同じく院長のマクフォール一佐の過剰な気遣いらしいインスタントコーヒーの瓶が載っていた。有難く頂いて、食事の前にポットを洗って水を張りスイッチを入れる。
ソファに座りロウテーブルにトレイを置いて三分で夕食を胃に収めた。出し入れ口にトレイを戻すとカップを洗いコーヒーを振り入れて湯を注ぐ。食事についていたスプーンでかき混ぜると立ち上った香りにホッとした。
二杯目のコーヒーを飲んでいると、インターフォンから声が流れ出した。
《霧島さん、わたしだけれど、いいかしら》
ドアのロックを解くとジョセが入ってくる。マクギャリー家に置きっ放しだったショルダーバッグを担いでいた。
「キャラハンたちから聞いたわ。鳴海くんが撃たれたんですって?」
「ああ。だが幸い大事には至らなかった。コーヒーでも飲むか?」
「ええ、頂きますとも。何よ、この待遇の良さは!」
「待遇の良さは人徳だ」
「どの口で言ってるのよ、キャラハンが乗り移ったみたいじゃない」
「その喩えは止めてくれ。サンドバッグは遠慮したいからな」
湯気の立つカップを渡してやるとジョセはソファに腰掛けて香りを愉しんだ。
「ところで、それこそサンドバッグみたいな、このバッグの異常な重さは何?」
「砂も漬け物石も入っていない。予備弾が入っているから重いのだろう」
「ああ、それで……ちょっと霧島さん、貴方、血だらけよ」
「それも助かった、普通に着替えも入っている」
「中に炒り豆と干しフレイを入れておいたわ。差し入れよ」
「有難いな。それで連中は?」
「ハミッシュが帰って来るなりクーンツ捜索隊よ」
参加できないのを詫びようとしたが、考えを読んだようにジョセが続ける。
「悪くなんかないわよ、ヘリや車だって限られてるし」
「ユーリンとクリフは?」
「先に行ってきたわ。ユーリンにサンドウィッチとフレイの夕食持って」
ゆっくりとコーヒーを飲むジョセは腰を据え、至福の刻を味わっているようだ。
「ユーリンは泊まるみたいだし、今晩の野良猫集会は遅くなりそうだし」
「要はヒマな訳だな」
「そういうこと。それにしても腹が立つわね、この待遇の違いは。先進諸国のスパイっていうだけでこれなら、わたしもスパイになろうかしら」
「ところでスパイ見習いに訊くが、ダーマー工業はどうなったんだ?」
「一緒に行ってて……大変だったのよね、知らなくて当然か。貴方たちにまた助けられたみたいね。ダーマーはプラーグから引き上げるわ」
「残りの二社でやっていけるのか?」
「それをハミッシュは二社と相談してきたの。ライネ資源工業とアダン総合金属が、ダーマー持ちだった発電所を買い取る契約をしたのよ。勿論ボランティアじゃない、資金援助として暫定政権はレアメタル採掘に関する税制優遇を約束したわ」
「暫くはきつくなりそうだな」
ジョセは蛍光灯も眩しい天井を仰いで見せた。
「早急に国連には暫定政権の承認と灌漑事業に手を着けて欲しいわ。大手企業を誘致しないと破産するほどのお金もないわよ。こんな状態で政府債の発行なんてやっても買う馬鹿もいないし。実際はお買い得だと思うんだけれど。霧島さん、どう?」
「どうもこうも、そこまで財産家に見えるのか? とにかく暫定政権の承認に関しては私も京哉と相談して上司を通し日本政府に好材料の提示をしてみるつもりだ。日本政府は当然ながら国連加盟の先進諸国に諮ることになるだろう」
「内ゲバがあって不良企業ですら逃げ出す政府なんて絶対に言わないで頂戴」
「反急進派武装戦線のことは、京哉と相談して上手くやる」
「ふうん。京哉、京哉ねえ。聞いたわよ、鳴海くんに相当な量の血をあげたんですって? それも怪我した本人よりも青い顔してたのにって。他にも色々と」
ニヤニヤ笑うジョセに霧島はポーカーフェイスながらも眉間に不機嫌を溜める。
「私と京哉はこれまでにも怪我をするたびに血をやり取りしてきて、今回も同じようにしただけだ。大体、あんただってハミッシュが撃たれた時は相当だったぞ」
「意外性が違うわよ。まさかの霧島さんが錯乱状態だなんて」
「錯乱などしていない。ガセを流したのは誰だ、キャラハンか?」
「そうよ、よく分かったわね」
「あの舌先三寸男は! あいつは現場にもいなかったんだぞ!」
「知ってるわよ、『見ていた者たちのリポートを分析し、総合的見地から導かれた真実』とか何とか言ってたもの。案外これが毎回面白くて……」
「ふざけるな! あの野郎、絶対にユーリンとの仲を引き裂いてやる!」
「あら、知ってたの。一度告白し損なって仲間みんなで大笑いしたのよ」
さすがにそれはムゴいんじゃないかと霧島は思い、頭に上った僅かな血が下がる。こういった、仲間と自ら呼称しながら揶揄しては笑いのネタにする悪魔的集団を何処かで見たような気がしてすぐに思い当たった。機捜の隊員たちだ。
「だがクリフもユーリンではないのか?」
「違う、違う! あれは姉と弟よ。ユーリンはラッセルだったけれど、ね」
「ふむ、なるほど。だが引き裂くにしても一度はくっつけんと面白くないな」
珍しくも悪乗りした霧島の科白を聞いてジョセは目を輝かせる。
「ちょっと霧島さん。それ面白そうじゃないの。ねえ、やってみない?」
「何か上手い手があるのか?」
「奸計は女のものと相場が決まってるのよ」
不敵に笑ったジョセと霧島はロウテーブルに身を乗り出した。
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