第45話

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第45話

 話し込んだジョセが帰って行ったのは午前零時近かった。  霧島はショルダーホルスタを外すと洗濯乾燥機を回しながらシャワーを浴びた。ついでに京哉のショルダーホルスタとマガジンを抜いたベルトパウチを丁寧に洗う。  染み込んだ血を綺麗に流しバスルームを出ると、積んであった布で躰を拭いホルスタ類の水分をなるべく拭き取った。ベルトパウチはロウテーブルに放置して乾燥させる。  そうして眠っている京哉を覗いたが、やはり触りたくなるのですぐに離れた。  ショルダーバッグからドレスシャツと下着を出して身に着けのんびりとコーヒーを飲みながら洗濯が終わるのを待つ。乾いたスラックスを着て革製品の縮み防止に生乾きのショルダーホルスタを装着した。  ショルダーバッグからニトロソルベントとガンオイル、ウエスなどの手入れ用具一式を出しロウテーブルに並べる。血だらけになった京哉の銃を分解清掃しておかないと、血液に含まれた塩分で錆びついてしまうのだ。  フィールドストリッピングと呼ばれる簡易分解をしてニトロソルベントで銃口通しをし、内部の部品にガンオイルを吹いて徹底的に拭き上げる。ガンヲタ京哉が起きて文句を垂れないよう二本のスペアマガジンも一旦弾薬を抜いて念入りに手入れした。  できればパーツはガンオイルに浸し丸洗いするのが理想だが小容量のスプレー缶しかないので仕方ない。幸い時間はたっぷりある。やるべきことがあるのは有難い。  掃除が終わると組み上げた銃に弾を詰めたマガジンを叩き込み、素早くスライドを引いてチャンバに装填する。再びマガジンを抜き減った一発を足してフルロードにした。ショルダーバッグから予備弾を出してスペアマガジンも満タンにする。  乾いたベルトパウチにスペアマガジンを入れシグ・ザウエルP226を左脇のホルスタに収めた。このフルサイズピストルは弾を抜いても重量が九百グラム近くある。これを四六時中吊って自在に操るバディが、ひ弱な男である筈がない。  再び予備弾を取り出して、自分の銃にも補充する。  納得して全てを終えると午前三時になろうとしていた。  起こしてしまうかも知れないと思いつつユーリンにメールをしてみる。すぐにコールしてきたのでコーヒータイムの誘いをかけた。  数分と経たずノックの音がしてドアロックを解くと明らかに疲れてはいたが眠気の片鱗もない表情のユーリンが入ってきた。  ソファに座ってベッドの京哉を青い目が見つめる。  淹れたてのコーヒーをロウテーブルに置いてやり、ショルダーバッグからジョセの差し入れ品を出すと疲れた顔が僅かに緩んだ。 「ありがとう、霧島さん。わたし、鳴海さんまでがこんなことになってるなんて知らなくて、二度目にジョセが来たときに聞いて……鳴海さんも皆も大変だったのね」 「言わなかったのだから知らないのは当然だろう。だからと言って今度は何もやらかしてくれるんじゃないぞ。それより、まあ、食って飲め。落ち着くぞ」 「この炒り豆と干しフレイはジョセね。このフレイ、美味しいのよ」 「どれ……ぐっ、何だ、この鼻血の出そうな甘さは!」  慌ててコーヒーで口直しをする霧島を、ユーリンは糖分の塊を摘みながら笑う。 「この甘いのが好きなの。……色々あったのね、聞いたわ」 「クーンツが『ロゼ=エヴァンジェリスタ作戦』の黒幕だったことも、か?」 「黒幕だなんて……でも、事実なのね」 「だがそのクーンツは、ダーマー工業に脅されていた」 「脅されて仕方なくやったことなのに、掟に従ったって本当?」  カップを口に運ぶユーリンを、霧島は真っ直ぐ見据える。 「本当だ。仲間を裏切った自分を許せなかったのだろう」 「仲間が知らない間に、仲間のためになろうとしたことでも裏切りなのかしら?」 「そんなことをされた仲間が果たして喜ぶか、それとも哀しむか。そんなことすら見失ってしまったなら結果として裏切りにもなり得るだろうな」 「……そう」  これは既にジョセが相当煽って行ったらしいと踏む。 「だがクーンツは自らを裁いた。そのクーンツを捜そうとする皆は真の仲間だな」 「そういえば鳴海さんにも言われたのよね。自ら危険に身を投じたわたしを責めるようなら仲間じゃないって。きっとラッセルは仲間でも何でもなかったのね」 「忘れろとは言わんが、自分への戒めにすればいいんじゃないのか?」  何となく霧島はロウテーブルに置いていた京哉の煙草を一本咥えると火を点けた。 「そうするしかないわね、もう何処にもいないんだもの」  泣き出すかと思ったがユーリンは泣かなかった。反政府ゲリラに名を連ねた理由もあるのだろうし、その過程で多くの死を見てきたからか、それなりにユーリンは強いと霧島は感じた。本人はコーヒーを飲むとカップに目を落として自嘲めいた笑みを浮かべる。 「わたし、男運が悪いのかしら」 「ん……ああ?」  唐突に何を言い出したのかと霧島は目を瞬かせた。 「だって街で声を掛けてくるのはいつも飲んだくれの酔っ払いばっかり。好きになった人は悪人で、ロクに顔も見てくれないまま撃たれて死んじゃったのよ?」 「あんたの歳で男運が分かる訳がないだろう。大体、運なんてもの自体が胡散臭い」 「そうかしら?」 「女性は占いの類が好きらしいな。だが運なんてものは存在しない。何だって自分で掴み取るものだ。それよりあんたのことを見ている色男がもう何処かにいるかも知れんぞ」  女性の心理に疎いどころか遥か彼方に位置し、強制的に叩き込まれたレディファーストを機械的に実践することしか知らない男が自棄気味に適当な事を抜かした。  キャラハンを舌先三寸と、京哉を二枚舌という権利は霧島にない。  だが乗せられてユーリンは思考を巡らせる。 「そんな人いるかしら。日本に行って、この国の世界がどんなにちっぽけか分かったの。ここじゃあ、新たな出会いも望めないわ」 「新たなのでなければ、だめなのか?」 「今、知ってる中でそんな人、思いつかないんだもの」 「ロゼ=エヴァンジェリスタの時の気分でやれば、大抵の男は引っ掛かるぞ?」 「……そう、ロゼね。ロゼのことをジョセに言ったら、すごくしかられたのよ」 「そうか、白状したのか。それで?」 「急進派に賛同して他国で作戦に参加したなんて、仲間を裏切ったも同然だって」 「ふむ。だが、例えばあんたが自分を裁いて掟に従っても、地の果てまでも捜して見つけ出してくれるような男がいたらそいつは本物だな」  こういった悪だくみに自分が向かないことを思い知った霧島は、かなり強引に話をまとめると紫煙に混ぜて溜息を洩らした。  しかし炒り豆を噛み締めながらの青少年お悩み相談室は、それからたっぷり一時間も続いたのだった。
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