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第47話
綺麗にトレイの上のものをさらえてしまうと薬を飲んだ京哉をベッドに追いやって霧島は早速携帯を操作し始める。さらさらとメールを打ち一ノ瀬本部長に送信した。
「日本政府もさっさと動いてくれればいいんだがな」
「どうしてですか?」
「採掘権も税率引き下げでかつかつらしい。ハミッシュたちもあとがない」
「そっか。でもあとは待つしかないですね」
ただ寝ているのもヒマらしく、京哉はうつ伏せで膝から下を立て揺らしている。
「ところで忍さん、その僕の銃も掃除してくれたんですね。ありがとうございます」
「帰ったらもう一度、ガンオイルに浸すのを勧める」
「今は充分ですよ。あのう、今はもう自由なんですよね。そしたらここに入院してなくても通院でいいんじゃないでしょうか?」
「元気なのは嬉しいが、長時間の航空機移動の許可は降りていないぞ」
「何も即、帰るとは言ってないですよ。まずはちょっと散歩くらいから」
「せっかくの快適環境なんだ、急いで暑い中に出ることもないと思うのだがな」
それでも京哉は諦めきれないようで室内に目を走らせた。服を探しているらしい。
「お前の服、ないぞ」
「えっ、何でですか?」
「縛った布と一緒に医者がハサミで切ってしまったからだ」
「ああ、そっか。それは困ったなあ」
「私が買ってくるか、ここで軍の制服でも貰うか、どちらがいいんだ?」
「買ってきて貰ってもいいですか? 軍服は周りに無駄に緊張されそうだから」
「分かった。お前は寝ていろ、今のうちに行ってくる」
「お願いします」
椅子から立ち上がった霧島はショルダーホルスタごとシグ・ザウエルを外して京哉の枕元に置いてやる。そして自分の銃を左脇に吊り、京哉のさらりとした長めの髪をそっと撫でると、屈んで白い頬にキスしてからドアを出て一階に下りた。
思いついてICUを覗いてみたが、ユーリンはおろかクリフの姿もなかった。一般病室に移ったのだろう。こちらも一安心である。
外に出ると熱を持った空気が固体のようにぶつかり霧島を押し包んだ。途端に額に滲み出した汗をドレスシャツの袖で拭いつつ歩き出す。まもなく学校前を通り過ぎる頃にはドレスシャツが全身に張り付いたので諦め、黙々と歩きバザールに向かった。
そのうちバザールから帰ってくる者、今から向かう者の姿が多くなり、布を被っていない霧島一人が浮いて人目を惹きだした。何となく歩調を上げる。
バザールに着くと衣料品のテントを探して何軒かを見て回った。細く華奢だが手足の長い京哉が着られそうな服を探すのは難航した上、とても京哉には似合いそうにない作業服ばかりでどうしようかと思う。
そうしてバザールを隅から隅まで歩き回り、やっと最後の一軒で珍しく古着ではないアップルグリーンのコットンジャケットとスラックスを見つけた。彩度が低いので悪目立ちせずサイズも丁度良かったので即、購入を決める。
いつものスーツと比べてかなりラフだが、これなら腰に銃を着けても目立たず、下がドレスシャツでも合うだろう。
あとは雑貨屋で青系と緑系の布を買って、ついでにフレイや干し肉などを手に入れた。青い布だけ身に着け、大荷物を抱えて病院に戻る。二階の病室を開けると一昨日撃たれて手術したばかりの京哉は半分眠っていたらしいが気配ですぐに目を開けた。
「おかえりなさい。何それ、すんごい荷物じゃないですか」
「意外と服がかさばってな。これでいいか? というよりこれ一択なのだが」
「わあ、サマースーツって感じですね。こんなのこの国で着る人いるのかな」
「お前がいるだろう」
「それはそうですけど。着てみていいですか?」
よっぽどヒマだったらしく早速起きてペラペラのガウンを脱ぎ、ショルダーバッグから出した淡いピンクのドレスシャツを着る。左袖を通すときだけ霧島が手伝った。
「まだ痛むのか?」
「薬が効いて痛くないですけど、少し攣る感じです」
「まあ一週間は入院の宣告だからな。こうしていること自体が奇跡的だ」
「何口径だったんでしょうか?」
「二十五ACP弾だった。小口径で幸いだったが至近距離で動脈を掠めたからな」
「ふうん。でも何より忍さんの血が特効薬だったのかも。……あ、長さぴったり」
「お前は腰が細いからな、ベルトで絞るしかないか。ついでに銃はベルトに挟め」
「そういやショルダーホルスタは無理だっけ。仕方ないか、我慢しなきゃ」
「いつぞやは左で撃っていなかったか?」
「あれは威嚇です、さすがに当たりませんよ。すごい、本当にサイズぴったりだ!」
着替え終わった京哉はまさか一昨日撃たれた人間には見えない。本人もベッドに戻る気はないようだ。まだ普段より顔色は白いが嬉しそうにくるりと回って見せる。
「ねえ、似合いますか?」
「ああ、似合っている。それなら日本で都内を歩いてもおかしくないぞ」
「そっか。忍さんのチョイスが嬉しいかも。あのう、退院してもいいと思います?」
「医者に訊かんと分からん。せめて二、三日は大人しく寝ていたらどうだ?」
「だってTVもないんですもん、ヒマでヒマで」
「いいからヒマくらい噛み締めていろ。お前が撃たれた時は本気で死ぬかと思ったのだからな。お蔭で確かに私は度を越した焦り方をしたかも知れん。だがキャラハンにはあることないこと吹聴され、ジョセにまでふざけた評価をされて笑われ傷ついた私のプライドの分も癒えるまで大人しくしていてくれ。コーヒー&おやつタイムだ」
ポットの湯で霧島がカップ二つにコーヒーを淹れるとロウテーブルに置いた。そんなに心配されたのだと知って京哉はジャケットを脱ぐと素直にソファに腰掛ける。
皆のことだから大袈裟に騒いだのだろうが、まさか霧島が『度を越した焦り方』と自ら白状するほど、うろたえたとは思ってもみなかった。
申し訳ない思いがある反面、最近の霧島は素直に感情を表してくれるようになって本当は嬉しい。コーヒーを飲みながら霧島が紙袋からまずは干し肉を取り出して大真面目に述べた。
「二人して貧血だからな。蛋白質を食わんと、出すにも出せん」
「そうですね、出すにも……ってゆうか、忍さんは規格外ですから」
「突っ込まれると思ったが、そういう切り返しがくるとはな」
「じゃあ予想通りに返して差し上げますよ。突っ込み役は貴方でしょう?」
「分かっているならお前は食って怪我を治せ。手を出せんと淋しくて堪らん」
「僕もですよ。貴方に独りで淋しい真似をさせる前には治しますから」
「そうか、約束だぞ」
上機嫌で微笑む年上の愛し人を眺めて、この満面の笑顔を見られるのは自分だけだと思うと京哉は誇らしくなる。職場でも勿論笑うが機捜隊長という立場を考慮してのことか、笑みを浮かべることはあってもあくまで思慮深く大笑いは殆ど見せない。
機捜以外でもキャリアなりに駆け引きでもあるのか、頬に張り付いた笑みは何処か温度が低いのだ。
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