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第48話
「約束は守りますが忍さんって実際、何回アレをナニしたことがあるんですか?」
「ん……ああ? お前が数えてくれんと分からん」
「今までの人との記録の話ですよ。言いたくなければいいですけど」
「だからだな、あそこまでするのも出るのもお前が初めてだ」
「え、嘘。誰でも失神するまで攻め立ててきたんじゃないんですか?」
「そんな訳あるか。感じなければできんだろう。普通はある程度やったら脳ミソの感じる回路も満タンになって満足するんだ、満腹中枢のようにな。それに私に限らずだろうが、しているうちに相手の躰の方が満足したり、受け入れられても、あー、こちらの視覚だの感触だのが……言っては悪いが食傷気味というか平たく言えば相手が変化してしまって感じなくなることもある」
何気なく始めた男同士の雑談がとんでもない話になってきたぞと京哉は思う。元々霧島は過去に付き合ってきた誰に対しても規格外なのだと思い込んでいた。
だがこれまでの誰に対しても規格外なのはサイズだけで、いわゆる絶倫なのは京哉に対してだけということか。
「最初、躰に惚れたって僕に言ってましたよね?」
「……それをまだ覚えていたか。勘弁してくれ」
「いえ、怒ってる訳じゃなくて、そんなにいいのかなって」
「だからこれまで何度も言っているだろう、お前以外はもう抱けんと」
「そっか。僕も忍さん以外は無理です。初めての男性が忍さんだったし、それからずっと忍さんの規格外の躰で馴らされちゃったし、すごく巧いし、やっぱり愛してて感じるし。何より僕は元々異性愛者なんです。それなのに忍さんの肌は最初から一切の拒否なく受け入れられた。二度目なんか自分から欲しいって思いました」
「そうか。だがお前は大した見た目だしな、男も経験があるかと思っていた」
そういや初めて抱かれた際、『男は初めてか?』と聞かれたのを京哉は思い出した。必死で首を横に振ったら、灰色の目が心配そうな色を浮かべたのを覚えている。
「本当にあれが初めてで。それこそ目が悪くなって始末されるまで暗殺スナイパーと思ってましたから、家庭を持って更に誤魔化す対象を増やすつもりなんか欠片もなかったですし」
「私に遠慮をして通常の男なら望むであろう己の遺伝子を残す行為を放棄した、だからそう言ってくれているだけではないのか? お前も前回の特別任務中に言っていただろう、私のDNAを残さないのは残念だとか何とか」
「それは特別に優秀だからですよ。でも貴方は言いましたよね、『単なる遺伝情報にすぎないとはいえ独りは嫌だ、離れて冷凍保存なんかされたくない』って。僕だって貴方と想いは同じだって言ったら分かって貰えますか?」
「京哉……抱きたい、今すぐ抱きたい」
「すみません、やっぱりほんの少し想いは違いました。今はだめです死にます」
そんな馬鹿話をしながら干し肉を噛み、いい加減に顎が疲れて口の減らない二人もやや言葉数が少なくなった頃にインターフォンから声がした。
《ねえ、開けて。わたしよ》
「あっ、ジョセだ」
ドアロックを解くとジョセが入ってくる。自分で勝手に椅子を移動しソファの傍に腰を下ろした。霧島が電気ポットの湯でインスタントコーヒーを淹れてやる。
「鳴海くん、元気そうになったわね。良かったわ」
「ジョセは忙しそうですね。何かあった?」
「そうそう」
と、カップに口をつけてから嬉しい報告をする。
「クーンツが見つかったの」
「ふむ、生きていたのか」
「近くの村でね。でも、すぐには戻る気がないみたいなのよ」
「って、どういうことですか?」
「理由はどうあれ、事実として皆を裏切ってあんな状況を招いた以上、元の位置でのうのうとしている訳にはいかないって。戻ればまた仲間が暫定政権に引き込むのは目に見えているし、暫くは村で暮らすつもりらしいわ」
白い指で干し肉を裂きながら京哉は頷く。
「まあ、落とし処じゃないですか。なかった事にはできないし」
「確かに暫定政権としても何らかの処断を下さんと内外に対して示しがつかんしな」
誰よりも近くでハミッシュの懊悩を見たであろうジョセも小さく頷いた。
「それでもいつかは戻ってくるのだろう?」
「どうかしら。暫定政権は渉外部長をなくして大打撃だし、副大統領ポストが空いて後任人事にハミッシュも悩んでるわ。国外の企業や外相に引けを取らない人間って」
「キャラハンは止せ」
「誰がそんな恐ろしいことするもんですか。はっきり口に出していないけど、マーティンかルークを考えてるみたい。ただ、外からの人材って辺りで迷ってるみたい」
「身内同然、妥当ではないのか。先進諸国にしても窓口として不足がないだろう」
暫し三人はコーヒーを味わう。そこでふいに霧島がジョセに訊いた。
「おい、ジョセ。キャラハンと言えばお姫様は何処に行ったんだ?」
「ユーリンはわたしの家に連れ帰って寝かせたわ、クリフも病室に落ち着いたし」
「あの日はあれから延々一時間半だぞ」
「まあ、頑張ってくれたのね。どう、手応えは?」
「あんたも相当煽ったらしいな、まずまずというところだ。だが目を離すなよ」
「あんまり目を付けてても動かないわよ」
「それもそうだな。すぐに動きそうか?」
「ジョセ姐さんの見立てでは、今日、明日にでも」
ニヤリと笑った霧島とジョセに、首を傾げて京哉が挙手する。
「ねえ、それって何の話なんですか?」
「ふふん、じつはね――」
◇◇◇◇
ジョセが帰ってヒマを持て余した京哉は、霧島と病院の傍の学校まで出向くことにした。さすがにまだ退院許可は下りず、三時間の外出許可だけ貰って散歩だ。
腰に水筒とナイフを下げ病院の階段を下りながら、京哉は緑色の布を肩に巻く。
「本当に無理はするなよ、京哉。顔色はまだ戻り切っていないぞ」
「ええ。でもみんなに心配かけちゃいましたからね」
「あの場にいた全員が血液検査してくれたからな」
「そのお礼も言わないと。……うわ、暑っ!」
病院の外の熱気に顔をしかめながらも京哉はしっかりとした足取りで、霧島と並んで歩いた。そんな京哉を霧島は僅かに灰色の目を眇めて見る。
「顔色? それとも僕の顔に何かついていますか?」
「いや。何でもないから気にするな」
隣の学校に足を踏み入れると途端に熱気は薄らいだ。ゆっくりと三階まで階段を上る。廊下を歩いて議会の扉をノックし、少し開けて京哉は顔を覗かせた。
「お邪魔しまーす」
「おおっ、もういいのか、鳴海くん。入ってこいよ」
第一声はキャラハン、中に入ると全員が立ち上がった。皆に取り囲まれる。
「すげぇな、鳴海。一昨日に撃たれてもうそれかい」
レズリーが笑顔でバシバシと京哉の右肩を叩いた。
「みんなが僕に血をくれようとしたって聞きました。ありがとうございました」
「いやあ、結局はダンナの血だもんな。愛があるよなあ」
「ダンナと云えば、霧島さんの方が死にそうな顔してたんだぜ」
「そうそう。あんたのこと呼んで、泣くわ喚くわ」
「医者に銃、突き付けて脅してたっけな」
「医者以外の誰にも触らせねぇんだ、コレが」
「触ったからって妊娠する訳でもねぇのによ」
「ダンナの血が入ったんだ、それこそ鳴海くん、もしかして妊娠してないか?」
「検査した方がいいぞ」
「では、今日の残り時間の議題は子供の名前を考えることにするか」
「鳴海くん、男だったらキャラハンⅡ世で。大物になるぜ」
「ありえなくても絶対に嫌」
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