第53話(最終話)

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第53話(最終話)

 霧島と京哉にはスプーンを突っ込んだ皿をアリシアが真っ先に持ってきてくれる。メニューはやはり豆と干し肉のシチュー、固いロールパンも一個ずつ配給された。  なるべく窓からの風が通る場所を選び、二人は床にじかに腰を下ろす。男たちも戻ってきて座るなり食べ始めた。最後に女性陣が皿を持ってソファに着地する。 「ここでの最後のメニューはこれでなくっちゃね」 「私はいつ床が抜けるのか、尻がムズムズするのだがな」 「隣国ユベル製の簡易建築は『百人跳ねても大丈夫』が売りだから大丈夫だぜ」  と、キャラハン。そうして食べている間こそ静かだったが、さっさとかき込んでしまった者からざわめき始めた。あっという間に元の喧噪に戻る。  皿を拭ったロールパンを呑み込んで再びキャラハンが口を開いた。 「霧島さんと鳴海くんは何時の便で帰るんだ?」 「ええと……十四時ジャストの便がありますから。それでいいですよね、忍さん?」 「ああ。まずはアンゴラまで飛んで、そこからは旅行会社に任せる予定だ」  プラーグからの便は空きだらけでチケットはその場で買えると知っている。 「空港まではヘリ出して送るからな」 「え、いいですよ。歩いたって四十分くらいですし」 「病み上がりの嫁さんを歩かせる気はダンナにはないみたいですぜ」  やはりギターを手にしたアメディオが傍で頷く。 「真っ昼間に干上がっちまう。そうでなくても送りたいんだから、送らせるこった」 「中型ヘリなら全員乗れるからな。おーい、十三時二十分にヘリに集合だぞ!」  あちこちから返事がして空になった皿を持った野良猫は三々五々散っていった。残ったのは主のハミッシュは勿論のこと、キャラハンにマーティン、ルークだ。女性陣と付き合っている者で中心メンバーが残ったらしい。  クーンツが去った今、相談相手になれればとの配慮かも知れないと京哉は思った。  残留人員には食後の冷たいコーヒーが支給される。  カップを傾けながら、ハミッシュが窓外の空を透明な目で見つめた。 「いつか俺も日本に行ってみたいものだ」 「見学してお手本にするんですか?」 「いや、どんな所に住んでいる者たちがプラーグのことを考えているのか知りたいと思っている。勿論他国に興味はあるが、ここにはここならではの進化がある筈、俺たちが進化させるプラーグの未来がある、そう思うからな」 「そっか、そうですよね。次にここに来たとき、どうなってるか楽しみだなあ」  マーティンとルークはアリシアとリサを連れて、いつか里帰りをしたいと言い、キャラハンはユーリンが見てきたものを見たいと目を輝かせた。  通訳しながら霧島は窓辺で砂漠を見ている。  緩やかに午後の刻は過ぎ十三時十五分に全員がフラットを出た。砂漠に駐めた中型ヘリに、早い者勝ちで乗り込む。  パイロットはハミッシュ、コ・パイはキャラハン、座席に霧島と京哉、女性陣とマーティンにルークが座り、あとからやってきた者は後部の座席も取り払われた床に座り込んだ。みっしりと詰まった人員の点呼をする。  皆が揃っているのを確かめるとテイクオフ、空港まではほんの数分だ。あっという間に着いてしまいハミッシュは空港施設の前、日干しレンガの道の傍に中型ヘリをランディングさせた。  全員が降機し、霧島と京哉は並び揃った一人一人と順番に握手を交わす。  そうして最後に霧島がハミッシュと握手していると、ハミッシュのポケットで携帯が震えた。何処からかのコールだ。チラリと目をやったハミッシュは既に登録された番号だったらしく表情を僅かに硬くする。だが逡巡せず素早く操作して出た。  わざとハミッシュがオープンのままにしたらしい音声が流れ出す。 《こちらは国際連合安全保障理事会の通信センターです。プラーグ暫定政権代表のハミッシュ=マクギャリー氏にダイレクトでお繋ぎしておりますが間違いはございませんか?》 「ああ、わたしがハミッシュ=マクギャリーだ」  皆が身を乗り出してきて慌ててハミッシュはオープン音声を最大にした。 《国連事務総長のイレーヌ=デシャンからのメッセージをお伝えします。可能であれば録音の準備をなさって下さい》 「録音している」 《それではお伝えします。……当該通信を以て国際連合安全保障理事会は五ヵ国の常任理事国及び十ヵ国の非常任理事国の決議において全会一致でプラーグの暫定政権を正式に新政権として承認し、代表者のハミッシュ=マクギャリー氏を新大統領に任ずる。ついては調印式を――》  堪えきれなくなった皆が大歓声を上げた。  手を取り合い抱き合って泣き、拍手をして快哉を叫び足を踏み鳴らし、涙を流して笑った。録音しているからいいようなものの通信など既に聞こえない。  彼らに囲まれ霧島と京哉は新大統領としっかり手を握り合い、微笑んで頷き合ったのち空港施設へと歩き始めた。入り口前で振り返り、興奮醒めやらぬままに手を振る仲間たちに大きく手を振り返す。  接ぎ木で育つ美しい薔薇の台木は全て野イバラだという。  大地に根を張る彼らは、とうとう大輪の花を咲かせたのだ。 「帰るか」 「はい」 「その前に……な?」  二人はしっかりと抱き合ってキスを交わした。                        了
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