Interlude

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 母さんが死んで遺品整理などをしたけれど、グランドピアノと大量の楽譜だけはこの家に残った。どうしても捨てられなかった。大量の楽譜は母さんの生きた証だった。でも、今は埃を被ってそこにいるだけだった。  ヴィターリのシャコンヌ。    どこか哀切漂うこの曲は僕も母さんも好きな曲だった。哀しい時に哀しい曲を聴くと、感情と音の波長が合うのかとても心が和らいだ。人を癒す曲というのは必ずしも明るい曲ではなかった。ただ人に寄り添える音楽が、その人にとってのくすりとなれるのだろう。薬局で処方される薬と同じだ。  僕は母さんが幸せになるためにバイオリンを弾いてきた。決して僕のためではない。自分のためより人のための方が僕は頑張れるのだ。でも、今はその支えを失った。父さんは僕がコンサートを開催すると喜んだが、それは僕を十分に満たしてくれなかった。  じゃあ、僕は何の為に弾いているのだろう。今この瞬間僕が奏でている、届ける相手のいない音楽は誰のためにあるのだろう。  耐えきれなくなって僕は家を飛び出した。背中にバイオリンケースを背負って。苦しくなったとしても僕はバイオリンから離れることは出来なかった。バイオリンと僕はふたりで路頭に迷う。でも立ちどまると気がおかしくなりそうだったからひたすら歩いた。時折車や自転車が徒歩の僕を追い抜かして行った。  雨が降ってきた。  最悪だ。傘だって持っていない。  楽器に湿気は厳禁である。ケースが守ってくれるとはいえ、僕は雨宿りを真っ先に考えた。でも、そんな場所はどこにもなかった。コンビニでもあったら入ったのに。雨脚はどんどん強くなるばかりだった。僕は楽器を抱えるようにして足早に歩く。  ふと雨が止んだ。僕も立ち止まる。  雨が止んだという表現は間違いだ。だって、周りの雨の音は止まっていなかったのだから。誰かが傘を差しだしてくれたのだ。
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