第3話

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第3話

 買い物袋から食材を出すハイファを眺めてシドが前のめり気味に訊いた。 「今日は何を食わせてくれるんだ?」 「できてからのお楽しみ」 「ふん、秘密主義者のスパイが」  スパイ呼ばわりされてもハイファはそ知らぬ顔で受け流し、鍋に水を張ってヒータにかけ、キャベツを剥がして洗い始める。 「アレもコレも秘密か。何が軍機だっつーの」  ハイファが現役軍人で別室員だということは軍事機密で、職場の機動捜査課では本人とシド以外にはヴィンティス課長しか知らないことになっているのだ。  作業にいそしみながら振り返りもせずにハイファは軽い口調で応える。 「まだ言ってるの? 貴方もネチこいなあ」 「ネチこいのは俺じゃなくて別室だろ。それに任務のたびに『出張』だ『研修』だって、ンなモンが俺たちばっかり降ってくるんだぞ、うちの課の連中はヤマサキ以外全員、俺たちには何かあるって勘付いてるぜ。こんなもんまで付けてるんだしよ」  と、シドは左手首を振る。そこに嵌ったガンメタリックのリモータは惑星警察の官品に似せてはあるがそれよりもかなり大型だ。  ハイファのシャンパンゴールドと色違いお揃いの、惑星警察と別室とをデュアルシステムにした別室カスタムメイドリモータである。  これは別室からの強制プレゼント、ハイファと今のような仲になって間もないある日の深夜に、寝込みを襲うようにして宅配されたブツだ。寝惚けて惑星警察のヴァージョン更新と勘違いし、嵌めてしまったのである。  シドにとってこんなモノは無用の長物だ。  だが別室リモータは一度装着者が生体IDを読み込ませてしまうと自分で外すか他者に強制的に外されるかに関わらず、『別室員一名失探(ロスト)』と判定した別室戦術コンがビィビィ鳴り出すようになっているという話で外すに外せなくなってしまったのだ。  まさにハメられたのである。  その代わりにあらゆる機能が搭載され、例えば軍隊用語でMIA――ミッシング・イン・アクション――と呼ばれる任務中行方不明に陥った場合には部品ひとつひとつに埋め込まれたナノチップが信号を発し、テラ系有人惑星ならば必ず上空に上がっている軍事通信衛星MCSが感知して捜して貰いやすいなどという利点もあった。  沸いた湯に塩とキャベツを投入しながらハイファが背を向けたまま言う。 「データベースとしても、ハッキングツールとしても使えるから便利でしょ」 「だから何で刑事の俺がMIAの心配をしなきゃならねぇんだ? どうして司法警察員の俺がキィロックをクラックしてまで他人のBELを盗んで逃げ回ったり、ガチの戦争に放り込まれたり、宙艦で宇宙戦をしなきゃならねぇんだよ?」  そこで振り向いたハイファは噛んで含めるように説いた。 「それは貴方がイヴェントストライカで、裏を返せば『何にでもぶち当たる奇跡のチカラ』を持ってるからだよ。別室が放っておく訳ないじゃない」 「くそう、まさに嵌めやがって。テロだぜ、テロ」 「それでも外して外せないこともないそれを、貴方は外さずにいてくれるんだよね」 「それは……一生、どんなものでも一緒に見ていくって誓ったからな」  つまりは危険な任務にハイファ独り送り出すことができなくなってしまったのだ。 「お前もある意味、別室時代よりも危険なのに俺に付き合ってくれるしさ」 「そうだよ。僕が惑星警察に出向してなきゃ貴方はまだ単独のままだったんだから」  事件・事故にぶち当たるたびに警察呼ぶより自分が警官になった方が早いとばかりに、シドは四年のポリアカを二年で切り上げ十八歳で任官した。  そんなシドにもAD世紀からの倣いである『刑事は二人で一組』というバディシステムに則って最初は何人となく相棒がついた。  だがあまりにクリティカルな日常に誰一人としてついてこられなかったのだ。 「誰もが一週間と保たなくて五体満足では還ってこなかったって?」 「みんな生還したぞ、病院で」  だからといってそれを見てなおシドのバディに立候補するような気合いの入ったマゾは現れなかった。当たり前だ。故にシドは長い間単独捜査を余儀なくされてきたのだった。 「誰も彼も根性ねぇよな」 「根性の問題かなあ?」 「お前が根性よりマゾって言い張るなら止めねぇぞ? 洗礼は受けてることだしな」  ジンクスに洩れず、初めてシドと組んだ事件でハイファは一度死体になりかけていた。ホシが差し回した暗殺者に襲われたのだ。敵のビームライフルの照準はシドに合わされていた。だが放たれた一撃を浴びたのはハイファだった。シドを庇ったのだ。  お蔭で今ある躰は上半身の約半分が培養移植モノである。  しかし病院のベッドで目覚めたハイファを待っていたのはシドの一世一代の告白という、何とも嬉しいサプライズだったのだ。失くしそうになってみて、初めてシドは失いたくない存在に気付かされたのだ。そして言ったのだ。 『この俺をやる』と。 「まあ、アレだよな。薄愛主義者を自ら標榜する割に行動パターンはMだよな」 「そうかなあ。銃弾降り注ぐ中、真っ先に突っ込んでく誰かサンの方が余程ドM」 「ふん。……とにかく、だ。俺は別室にも別室長のユアン=ガードナーの野郎にも、何の義理も借りもねぇんだからな。無給でこき使うにもほどがあるぜ」 「貴方、お給料なんて要らないでしょ?」  以前の別室任務で手に入れた宝クジ三枚が一等前後賞に大ストライクし、シドは億単位のクレジットを稼いでしまったのだ。その巨額はテラ連邦直轄銀行で日々子供を生みながら、殆ど手つかずで眠っている。 「お前こそ軍なんか辞めても食っていけるだろ?」 「FCのこと言ってるの?」  FCとはテラ連邦でも超一流企業とされるエネルギー関連会社ファサルートコーポレーションのことでハイファはじつはそのFC会長の御曹司なのである。  一度は社長の椅子を背負わされかけたものの何とか逃れ、だが血族の結束も固いFCで名ばかりとはいえ現在も代表取締役専務という肩書きを持たされているのだ。 「だって軍を辞めたらまた社長に祭り上げられそうなんだもん。それに貴方もおカネはあるのに刑事を辞めないじゃない?」  天職の刑事を辞める気などないシドは、確かに少し言いすぎたかと口を噤む。  丁度いい匂いが漂ってきてシドは煙草を消して立ち上がると、せめてもの手伝いにカトラリーを出した。ついでにジントニックを作る。 「お前も飲むか?」 「んー、じゃあ、薄めにして」  二人分のカクテルをシドがステアしテーブルに置く頃には、スコッチエッグに豆腐とエビの中華風炒め物、茹で野菜サラダに具だくさんのミソスープが完成していた。 「お待たせ、食べようよ」 「おっ、旨そうだな。いただきます」  食事中に仕事の話をするのをハイファが嫌うため、二人は当たり障りのない雑談を交わしながら味わう。途中でシドが三杯目のジントニックのおかわりに立ったとき、厳しくハイファのチェックが入った。 「飲みすぎないでサラダも食べて。ドレッシングも酸っぱいのを抑えてあるから」 「食うってばよ。それに酔わねぇんだからいいだろ」 「ふふん、あんなに可愛く酔ってたのにね~」 「そいつを言うなって――」
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