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第20話
「それなら一番つじつまは合うけど、じゃあ何でそんなことしたんでしょうか?」
「さあな、分からん。だがランディをスケープゴートにしようとしたのは確かだ」
喋りながら首を捻っているうちに京哉の運転する白いセダンは真城市内のマンションに近いスーパーカガミヤの駐車場に滑り込んでいた。出入り口近くに駐める。
本来なら寝ている筈の男と降りて京哉が微笑んだ。霧島を見上げて首を傾げる。
「食材の買い物をしたいんですけど、いいですか?」
「構わない。飯の世話までして貰っているんだ、荷物持ちくらいしよう」
「怪我人をこき使う気はないですよ。でもメニューのリクエストがあれば幾らでも受け付けますからね」
三日と開けずに来ているスーパーカガミヤだったが、霧島は並びのタクシー会社や今は閉まっているスナックなどを物珍しそうに眺めていた。そのままスーパーに向かい歩き出したが、霧島は京哉に従っているだけで何も覚えてはいないらしかった。
「それにしてもすごいですね貴方。あの学生五人が突き落としたのかもって発想が」
「煙草を吸わないランディがあそこに現れた。ギリギリで講義に顔を出すためにあそこを通ったという線も捨て切れんが、何故かそいつは銃を抜いた――」
店内に入った京哉は幾度か足を止めて長身を見上げてみたが、やはり霧島は周囲の何にも反応を見せず、ゆっくり歩を進めながら低い声で淡々と喋っている。
「京哉、あんたの話だと私はまだランディから銃を向けられる理由がない。なのにわざわざあそこにやってきたランディは銃を抜いた。理由は二通り考えられる」
「あの五人を殺すか脅すかしようとした。もしくは貴方が抜こうとしたからですね」
「ああ。前者の場合、私はあの五人を助けようとした。後者の場合、私はランディもしくはあの五人に対して銃を向けようとしたことになる」
「でも貴方にも先手を切ってランディに銃を向ける理由がないですよね」
「あんたの説を信じるなら。例えばランディが我々の執銃を見抜いていたとする。それでもランディに先手を切る必要など何処にもない。気付かないふりをしていたら、学生五名を巻き込む騒ぎなど起こさず、更には私に撃たれずとも済んだ」
「それを押してもランディは複数発砲せざるを得ない状況に追い込まれたと」
「そういうことだ。つまり消去法で『あの五人はランディと何らかの関わりがあって銃を向けられた』のか、または『私があの五人に銃を向けようとした』のか。何れか二択という結果になる」
頷きながら京哉はカートにカゴを載せた。最初は果物のコーナーでハウス栽培のイチゴの匂いに春を感じた自分に苦笑し、そのイチゴとオレンジをかごに入れて霧島に応える。
「何れにしてもあの五人は何らかの秘密を持ってるってことになりますね」
「そうだ。そして私が撃った事実を認めたがらない……ランディの負傷具合に依っては、私を持ち上げて投げ落とせない可能性が出てくるからだ」
野菜コーナーで立ち止まった京哉はあれこれと吟味し、丹念に見て回って早生の菜の花やその他の常備野菜など次々と生鮮食品を追加した。ふきのとうを見て悩みつつ言う。
「でも実際ランディは貴方の一射を浴びてます。白藤署は誤魔化せても僕らは誤魔化せない。けど自力で逃走しマンションも片付けられる程度の負傷とも云えます。そのランディが忍さんを落とした可能性だってゼロじゃありません。撃ち殺さなかった理由は不明ですが、それを言えば学生五名が忍さんを墜落死させたがる理由だって不明ですから」
「確かにな。そもそもランディを狙った一射が当たらなかった可能性もある」
肉のコーナーであれこれと品定めしながら京哉は笑った。
「一般人五人のあの状況で貴方が発砲してるってことは脅しはあり得ません。そして狙って撃ったなら必ず当ててる筈です。おまけにもし当たってなかったら、あの五人が嘘の証言をした理由がつけられなくなります。ランディ、イコール、スケープゴート説が崩れますよ」
「なるほど。私のハッタリではなく落ちていた血液は分析に回っているのか?」
「帰ったら調べます。でも貴方が撃った事実を今更公表するのも気が引けるなあ」
「ところでその銃についてだが、我々の所持するシグ・ザウエルP226は桜の代紋もシリアルナンバも入っていない。それに機動捜査隊が持つのは通常シグ・ザウエルP230JPだろう? 弾薬も五発でなく満タン、マイナス一発だったが……?」
ふいに訊かれた京哉は黙って頷くだけに留めた。そんな銃を持たされた経緯まで説明した日には、勘のいい霧島でなくても特別任務がバレてしまうからだ。
一方で霧島は昨日から訊きたかった最たる疑問の答えを得られないまま、だが急にどうでも良くなっていた。言いたがらない秘密をほじくり返してまで知りたいことでもない。
それに持たされている得物の種類が何であれ、紛れもない殺傷兵器でしかない銃を手にする際の覚悟はいつでも同じなのだという思いも湧いていた。
最初から他者を害する意思のある悪人と市民を護ろうとするサツカンはまるで違うようだが、殺傷兵器を手にした時点で偶発的にでも誰かを殺めてしまうかも知れない可能性があるという点において共通している。
どうしても避けようがない部分で銃を持てば善も悪も同じだと覚悟しなければならないのだ。
いや、以前はトリガを引く時の覚悟しか持っていなかったような気がする。喩えジャスティスショット狙いであっても人に銃口を向けトリガを引くのはどんな気分だろうと。その時になって必要に駆られて覚悟が生まれるのだろうと思っていた……。
何故ここまで人を撃つことに対して自分は妙にこだわっているのか。こだわっているというより逆で、人を撃つことに対してためらいが薄い、ハードルが低い感覚だ。
だが海外ニュースで聞くトリガーハッピーでもない。ここは日本で自分は曲がりなりにも警察官である。しかし撃つべき時は撃つ。
その覚悟と己の納得の仕方に、通常の警察官には芽生えることのない『何か』がある。
与えられている銃を使いこなしているらしい自分がいることと、それに直結しているこれらの考えは自分自身が悟ったものではなく誰かに示唆されたような気がした。『何か』は誰かに教えられ、それを自分は納得して呑み込んだのだ。
その覚悟のお蔭なのか、記憶の有る自分は単なる機捜隊長という内勤の身でありながら、ためらいなくランディ=フォードに一射を浴びせたらしい。
この頑丈で重たい銃に関しては謎が多すぎる。
だからといって全てが解けたらすっきりして終わりという訳でもなさそうだ。何故なら問題の銃よりも霧島の心を占めていたのは今の居心地の良さだからである。
おそらく京哉が隠し、嘘を吐くたびに僅かに哀しい表情をするのは、きっとこの自分のためを思い、口を閉ざしているのだ。もしも記憶が戻らないまま人生を積み重ねてゆくのなら、知らない方がいいと京哉なりに判断したことなのだろう。
思いやってくれているのに無理矢理言いたくない口を割らせてしまい、妙に居心地のいい、鳴海京哉なる男の傍という場所を自ら失くしたくなかった。
本当に知ろうとすれば京哉を通さなくても知る方法はある筈だ。それは必要とするまで取っておけばいい。今は京哉のサポートで充分に捜査も可能である。
そしていつか記憶を失くしたなりに信頼を得られたら、京哉の口から全ての謎や秘密について聞かせて貰い、全て共有出来たらこの私と再び――。
(京哉と再び?)
考えすぎたか霧島は一瞬の鋭い頭痛で目が覚めた気がした。
傍にいる筈の京哉を思わず見回して探す。当の京哉は肉類の次に卵や魚の切り身などもかごに入れ、すたすたと歩いてレジに並んでいた。
レジでの支払いは霧島が済ませようとしたが京哉は固辞する。
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