ファンタジック・マッド・サイエンティスト

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「マウスやモルモットでは成功している。だが、透明化したそれをヒョイと持ち上げた途端に逃げられてしまったよ。フッと霞や煙のようにいなくなってしまった、透明だから見つけることも出来ない」 「人間で試したの?」 「ハッキリ言って、医学の進歩とは無関係な研究だからねぇ…… 病院からも予算が下りないんだよ。ほぼ、実費と借金で行っているんだ。いつものように治験のバイトを募集出来ないのが困りものだよ。だから、その辺の浮浪者にポケットマネーを出して治験をしてるんだ」 「ああ、さっきの治験対象が『いなくなった』って」 「そうなんだよ。研究経過を見たいのに、薬を投与するとすぐにいなくなってしまうんだ。少ないながらに報酬も前払いで出していると言うのに…… 生きるにせよ、死ぬにせよ研究経過の報告ぐらいはして欲しいのだが……」 女医の夫はどこか倫理観がズレていた。医学の発展には犠牲がつきものと考えているのか、新薬で人が死んでも何も思わないタイプである。 開発中の新薬で一人が死んだとしても、その理由を追求し後に何十人何百人を助ければチャラになると考えているのだ。 平たく言えば、倫理観が緩いのである。女医は夫を心の底から愛してはいるものの、臨床医として少なからず患者を亡くし、その傍らで涙を流す遺族を何人も見ている。 だから、女医は夫の「そういうところ」は正直ついていけないと考えているのであった。 「ちゃんと病院に相談して、依頼して、治験のバイトさんを雇ったら?」 「こんな趣味みたいな薬に治験のバイト募集をかけるなんて言ったら、病院の方からメンタルヘルス科の通院を勧められてしまうよ」 確かに透明人間になる薬の治験なんて病院が了承する筈がない。申請した時点でバカバカしいと却下される案件だ。そもそも、透明人間になる薬の時点で荒唐無稽の極み。 SF…… いや、ファンタジーの話である。 女医は正直なところ、バカバカしいと考えていた。 「正直ねぇ、適当な病気の新薬の治験としてバイト募集かけて貰えばいいんだけどね。流石に透明になった後がどうなるかわからないし。戻る保証もないし、命の保証もないんだよ。治験のバイトさんが透明になって失踪なんてことなったら大騒ぎになるしなぁ。この薬はちゃんと治験結果を出してから世に出したいと思っているんだよ」 「なら、御自分で飲んでお試しになられては?」 「おいおい、私は自分の命は大事だよ? それにまだまだ研究を続けたいと思っている。この透明にする技術もいつかは難病に対する特効薬を作る一里塚になるかもしれないからね? 私に万が一のことがあってはならんのだよ」 女医は「何でこんな倫理観の緩い医学エゴイストを愛してしまったのだろうか」と頭を抱えてしまった。
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