ファンタジック・マッド・サイエンティスト

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ファンタジック・マッド・サイエンティスト

「はぁ……」と、一人の医師が深い溜息を()くと、その溜息を横で聞いていた女医が医師に問いかけた。 ちなみに、この医師と女医は夫婦である。  医師は新薬開発の研究医、女医は整形外科の臨床医と活躍する場こそ違うものの、二人共、医学の徒であった。 お互いに多忙で、家で対面して会うことは滅多にない。  今日はたまたま自宅のリビングで二人きりになり、「お久しぶりです」と挨拶を交わすぐらいに多忙なのであった。 「どうしたの? あなた?」 「いやあね、新薬の開発に成功したんだけど。治験対象が臨床結果を報告せずに『いなくなる』もので、新薬を学会に発表も出来やしなくてね」 「あら、どんなお薬をお作りになったのかしら?」 「透明人間になる薬だよ」 それを聞いた瞬間、女医はリビング全体に響き渡るぐらいの笑い声を上げた。 「研究医ってウェルズの小説を読めるぐらいに暇なの? 言うに事欠いて、透明人間なんて荒唐無稽な」 医師は女医をギロリと睨みつけた。 「おいおい? 私は真剣だよ? 本当に透明人間になる薬を完成させたんだよ。いいかい? 物質が透明であるとはどういうことか分かるかい?」 「物質の反対側や内部にあるものが透けて見えることじゃないの?」 「そうだ。それは即ち『光が物質を透過する』ってことだ。ガラスみたいにね」 「でも、大半の物質は光を反射や屈折させるじゃない。それが『物質が見える』ってことでしょ? あたし達人間のような有機体は皮膚や血液の色素で光を反射や屈折をさせているから人の形が見えてるってことなのよ。あたしは専門じゃないからよくわかんないけど、人間には『色素』があるから光の透過は不可能ってことになるんじゃないの?」 専門じゃないという割には詳しいじゃないか。ものが見えるとはどういうことかを簡単ながらに説明出来る人間はなかなかいないぞ? 医師は苦笑いを浮かべてしまった。 「私はそれを克服する薬を完成させたのだよ」 医師はポケットの中からタブレットを出し、その中に入っている一錠のカプセルを見せつけた。 「これは?」 「皮膚、血液、内臓、骨格。全てを透過させる薬だ。やっと開発に成功したんだよ。いやあ、経口摂取で胃袋から消化したこの薬を体全体に浸透させるまでが大変だったよ」 「そんなことが出来るわけが…… 治験は?」
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