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旅立ちの時
更に数日が過ぎ22時半。俺は小さな児童公園で隼人と二人で、他愛無いお喋りをしながら町内放送が掛かるのを待っていた。
でも最近は何だか俺、積極的に生者へアピールする気持ちが薄れているんだよね。家族が沙穂のように怪しい降霊術を試みようとしたり、インチキ霊能者に騙されそうになったらもちろん止めるけど。そうでなかったら、そっとしておいた方がいいんじゃないかと思うようになってきたんだ。
時間が哀しみを薄めてくれることを期待している。俺がそうだったように。
俺は死んで二ヶ月間は愛する人へメッセージを伝えたいと躍起になっていた。彼らを安心させたいって思っていた。
でも本当は、俺自身が突然死んだことがつらくて、独りで彷徨うことが寂しくて、それで沙穂や家族にコンタクトを取ろうとしていたのかもしれない。
「どうした? 悠弥」
俺の心境が変化したのは時間の経過か、目の前でニコニコしている男のおかげか。少なくとも今の俺には寂しいという感情が無くなっていた。
隼人にはいろいろ助けてもらってるし、礼ぐらい言っておくか。
「あのな、隼……」
「待て悠弥、あれを見ろ」
隼人に促されて視線を移すと、俺達が居る児童公園を、トボトボと重い足取りで若い女が横切ろうとしていた。
酔っている様子は見られない。仕事の残業で帰宅時間が遅くなって疲弊しているのだろう。お疲れ様と女性を労いたいところだが、問題は彼女の後方に、足音を消した中年男がソロリソロリと付けていることだった。
「あれは……!」
好色そうな顔をした中年男は獲物を狙うハンターさながらだった。前を歩く女性に走り寄り、そのまま彼女にタックルをして押し倒したのだ。
「キャアッ!?」
疲れのせいで周囲を警戒していなかった若い女は簡単に組み敷かれた。男は服の上から彼女の胸や脚を撫で回す。
昼間は純粋な未就学児で賑わう、パンダやキノコのモニュメントが在る児童公園でなんて狼藉を。
「野郎!!」
俺と隼人は並んで座っていたゾウさん型の滑り台から飛び降りた。
……まったく。俺を刺したストーカーもそうだが、幽霊や妖怪よりも生きている人間の方がよっぽどタチが悪い。
「何やってんだコラァァ!!!!」
俺がまず力づくで中年男を女性から引き剝がした。続いて隼人が男の左頬へ右ストレートパンチを叩き込んだ。
「……星になりな」
「ぶげっ! ひ、ひぃ!?」
殴り飛ばされた中年男は、ヨロヨロしながらも公園から逃げていった。
あれ? 頭に血が上って反射的に行動しちまったけど、今のって……。
「なぁ隼人、俺達生者に触れたぞ?」
「……本当だな」
二人して自分の手の平を不思議そうに眺めた。あ、さっきは滑り台にも座れていたな。一週間前はブランコをすり抜けていた俺達が!
「あ、あの、ありがとうございました!」
「ほへ?」
つい間抜けな声を出してしまった。だって地面に倒されていた若い女が起き上がって、俺達へ向かって礼を言ってきたんだぞ?
「……な、なぁ隼人。このお姉ちゃん俺達が視えてるみたいだけど?」
「そうみたいだな……。アレだ、元々霊感が強い上に、目の前で通り魔を吹っ飛ばすポルターガイスト現象を起こしたから、きっと彼女とチャンネルが繋がったんだ」
ボソボソ内緒話をしている俺達へ、彼女はハンカチまで差し出してきた。
「お二人とも血が出てます。これ使って下さい」
しかも俺達を生者だと勘違いしていた。俺には料理包丁が刺さっているから、ハンカチ程度でどうこうできる傷具合じゃないんだが。
そう思って目線を下に落とすと……腹に包丁が無かった。
「あれっ? あれあれ?」
「どうしました?」
「いや、あの~」
腹に刺して携帯していた装備品が消えたとは説明しにくい。困っていると、隼人が代わりに優しい声音で女性に言った。
「俺達の怪我は大したことない。アンタはもう遅い時間なんだから早く帰りな。近道だからって夜の公園なんかを横切っちゃ駄目だ。あっちの道ならまだ人通りが有るだろうから……」
「あ、はい、そうですよね。そうします。助けて下さって、本当にありがとうございました!!」
女性は何度も頭を下げてから公園を出ていった。
人助けができたことは喜ばしいが、俺の頭の中は???状態だった。
「なぁ隼人、また勝手に包丁抜いた?」
「いや」
「包丁どっかに行っちゃったよ……。それに腹の傷口が小さくなって見える」
「気のせいじゃない。おまえの身体、出会った頃に比べてだいぶ綺麗になっている」
そう言った隼人の左胸の裂傷も軽くなっていた。白Tシャツにペイントされていた血の跡も三分の一レベルにまで減っていた。
「どうして……。生者にも触れたし、霊体としてレベルアップしているってことかな?」
「それも有るだろうし、準備が始まっているのかもしれない」
「準備って何の?」
「向こう側へ渡る準備だよ」
「あ……!」
そうか。沙穂にメッセージを渡し、隼人と過ごすようになった俺はこの一週間、とても穏やかな心持ちだった。
この世に残していた未練と哀しみが薄まり、次のステップへ進む時が来ているのかもしれない。
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