後ろに立つのは俺だ!

1/1
前へ
/12ページ
次へ

後ろに立つのは俺だ!

 幽霊あるある。メッセージを伝えたいのに生者に気づかれない。  生者の大半は俺達が見えない。稀に視える霊感体質の奴は、死者と関わり合いになりたくないらしく視えない振りをする。  死者だって欲求を抱えているんだ。  憎い相手へ恨みを晴らしたいと願う者も居れば、愛する相手の幸せを祈り最後の言葉を交わしたいと願う者も居る。  単に生者を驚かして楽しみたいと思っている、性格の悪い輩も居るけどな。  ただ、どんなメッセージだろうが、相手へ伝える手段が無ければそれは無意味だ。  家具を動かしたり相手の肩に触れたりできる力の強い霊も居るそうだが、残念ながら俺にはできなかった。  運良く相手と波長(チャンネル)が合えば気づいてもらえるらしいが、波長が合う確率はかなり低い。それこそ運命の相手レベルに。  ただしこれには例外が有る。生者が「幽霊を見たい」と願った場合だ。それまでN〇Kしか視聴していなかった奴が、突然民放を見始め、更には有料ケーブルテレビと契約したような状態になる。チャンネル多数の見放題。  だから肝試しスポットのような、「何か起きないかな。幽霊出ないかな。わくわく」ゾーンは生者と死者が繋がりやすくなるのだ。 (沙穂、まだ泣いてんのかな……?)  恋人と住んでいたアパートを見上げて幽霊の俺は物思いにふけっていた。  時刻は23時過ぎ。沙穂の好きなトーク番組がテレビで放映される時間帯だが、今の彼女にはお笑い番組を観る気力が湧かないだろうと推測した。自分に付き纏っていたストーカーが俺を殺してしまったのだ。きっとまだ自分を責めている。  幽体となった俺は大地以外の物質をすり抜ける。その気になれば鍵が掛かっている部屋へだって楽々進入を果たせる。だが俺には沙穂の顔を見に行く勇気が無かった。  ……最後に沙穂を見たのは俺の葬式の時だ。俺の両親に土下座して、「ユウくんが殺されたのは私のせいです! ごめんなさい!!」と何度も何度も叫ぶように謝っていた。喉が破れるんじゃないかってくらいにな。葬儀の進行に支障をきたすってんで、沙穂は会場の外へ強制的に退場させられていた。  ボロボロの彼女を慰めてやりたかったが俺の声は届かず、触れることもできなかった。何もできない俺は居たたまれなくて、彼女の傍から離れてしまった。それでも気になって、こうしてアパートの外から二人が暮らしていた部屋の窓を眺める毎日だ。  生きている間はとうてい良い彼氏とは言えなかった。一緒に居るのが当たり前になってしまい、彼女のことを軽く扱っていた。ここしばらくはまともにデートもしていない。どうしてもっと優しくしてやれなかったんだろう。クズだもんなぁ、俺。  自嘲していたら近くの電線に一羽のカラスが止まった。カパッと口を開けたヤツの喉の奥から発せられたのは、カァーカァーという鳴き声ではなかった。 『〇市の浮遊霊の皆さんこんばんは。△町4-649番地に在る廃病院へ、ウェーイ系大学生四名が侵入しました』  ピンポンパンポン、とお知らせのメロディと共に、機械音声でカラスは俺達死者へ向けての町内放送もどきを行った。どういう仕掛けで誰がやっているのか未だに判らないが、この放送は俺達にとって貴重な情報源、そして救済措置となっている。 (4-649番地の廃病院ならすぐ近くだ!)  俺は駆け出した。肝試し連中ならおそらく動画撮影をしているだろう。そこへこそっと映ってやる。  急死した俺。誰とも別れの言葉を交わせなかった。両親、弟、ダチ……、そして沙穂。彼らにメッセージを伝えたかった。  「急に居なくなってごめん。今までありがとう」と。そして……。  腹に刺さった包丁が大地を蹴る振動で僅かに揺れる。  今度こそ。狙うは一番乗りだ。放送カラスは町の至る所に派遣されていて、全ての浮遊霊がこの放送を同時に聞いている。  俺の斜め前を、腹の出た中年男の霊がコフーコフー息を吐きながらバタバタ走っていた。どうやら目的地は同じなようだな。それならば……。  少しスピードアップして、俺は中年男のすぐ後ろに着けた。そして声を掛ける。 「ヘイ」 「コフ?」  振り返った男へ、俺は有無を言わさずドロップキックをかました。 「ほぶらぁ!」  深夜で車通りが稀な国道を、男はスライディングの姿勢でズザザザザと滑走していった。 (よし、一人沈めた!)  生前にやったら非道な行いだと責められるだろう。だが死者の間ではこれは常識なのだ。  何体もの霊がゴチャゴチャと大挙して一つの場所に押し掛けると、せっかく繋がったチャンネルが混線してしまうのである。画像は乱れ音声に雑音が混ざる。せっかくのメッセージが聞き取れなくなってしまう。  その為にライバルは潰す。同じ場所へ向かう霊は全員がライバルだ。待ってろウェーイ系大学生、おまえらの後ろに立つのはこの俺だ!
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加