白Tシャツの憎いアイツ

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白Tシャツの憎いアイツ

 生前の運動能力は死後の世界にも引き継がれる。まだ二十代で男の俺は戦闘では有利な方だ。もっとも、浮遊霊歴が長くなると摩訶不思議な超常パワァに目覚めることが有るらしく、子供や老人でも手強い猛者となるケースが報告されている。 「ち……」  今対峙している女の幽霊もその類いなのだろうか? 筋肉の「き」の字も無さそうな細い手足でありながら、俺と同程度のスピードと腕力で立ち回っていた。  8センチのハイヒールを武器として振り回す、化粧の濃い女亡者と一進一退の攻防を繰り広げていた俺の耳は、不快な音をキャッチしていた。  タッタッタッタッタッタッ。 (この音は……!)  (もも)が上がった軽やかな足取りで、変形Vネックの白いTシャツを着た爽やかフェイスの男が国道を駆けて来た。  ……やっぱり来やがったか。コイツも死霊だ。見た目の年齢は俺と同じくらいかな。噂では交通事故でお亡くなりになったらしい。  左肩から胸にかけてが大きく裂けており、白Tシャツに鮮血が付着している。しかし内蔵を露出している死者も居る中では、充分綺麗に原型を留めていると言えよう。  女のハイヒールを白刃取りしている俺の横を、白T男は余裕の笑みで駆け抜けていった。 「待て、この野郎!」  俺は白Tシャツを追いたかったのだが、厚化粧の女がそれを許さなかった。 「うふふふふ。目の前の女を放って別の相手の所へ行くつもり? アナタはここで私を満足させてちょうだい。アピールタイムよりもずっとずっと楽しいことを……」  俺は空いていた脚で女を蹴り飛ばした。死んだ後も面倒臭いことに性欲は残っていたが、今は女と(ねんご)ろになっている場合じゃない。 「ぷげらっ」  女は空中できりもみしてから地面に沈んだ。信じてもらえないかもしれないが、これでも生前は女性に手を上げたことは一度も無いんだぞ? 沙穂とも口喧嘩しかしていない。  ちなみに倒した相手は一定の時間で復活するので安心してくれ。みんな一回死んでるからね。 「おい待て白T! 俺と勝負しろ!」  俺は全速力で白Tシャツ野郎を追った。すぐに追い付けた。だが…… 「ふっ」  野郎は振り返り、暗闇の中でも判る白い歯を見せて笑った後、ピッチを上げて国道を風のようにシュタタタタと疾走した。野郎、さっきまでの走りはウォーミングアップかよ。 「くっ……!」  速い。とてもじゃないが付いていけない。  これも噂だが、生前の白Tは会社の陸上部に所属しており、十種競技でそこそこ良い成績を上げていたアスリートだったらしい。  体育の授業や部活動が有った高校を卒業してからというもの、本気でスポーツをやってこなかった俺が叶う相手ではない。  そしてアイツは破けたTシャツの角度によってはお乳が覗ける、ラッキースケベな現象も起こせる強敵だ。  遠くなっていく白い背中に俺は舌打ちした。  ……いつもこうだ。俺の後から走って来たアイツに途中で抜かされて、そして置いていかれる。  それでも俺は諦めずに脚を動かして、少しでも奴との距離を縮めようとした。差は開くばかりだったけど……。 ☆☆☆  肩で息をしながら目指していた廃病院に着いた時、不機嫌な表情をした幽霊二体が荒れた駐車場を歩いてきた。俺は彼らを呼び止めた。 「おい、どうなった? 大学生は何処だ?」  二体の内、ガリガリで蒼い顔(おそらく病死)をした方が答えてくれた。 「ウェーイ達は帰ったよ。一番乗りした白いTシャツ男の単独ライブ状態だったね。彼がウェーイの前に姿を現した途端、みんな悲鳴を上げて散り散りに逃げちゃった」 「あの白Tシャツと赤い血のコントラストは目立つからな……」  相方の方は典型的なオタクといった風貌だ。小太りのだらしない体型で、魔法少女がプリントされたトレーナーを着ている。  運動が苦手そうな彼らが俺より先に廃病院に到着できたのは、たまたま目的地近辺に居たからだろう。アピールタイム獲得には運の要素も大きく関わるのだ。 「しばらく白いTシャツ男はウェーイを追い掛け回してたけど、僕らは脚が遅くて参加できなかったよ」  俺は唇を噛んだ。間に合わなかったか。小さくてもいいから動画に撮られたかった。それがネットで拡散されれば、家族や沙穂の目にとまったかもしれないのに。  顔を上げて廃病院の玄関付近を見ると、腕組み姿勢の白T男が仁王立ちしてこちらを見ていた。俺と視線がかち合った奴はまたニヤリと笑った。勝者の笑みだ。 「……畜生!」  俺は近くの石を蹴った。しかし俺の脚は石をすり抜けて空を切った。霊体同士なら殴り合いもできるのに、生者の世界に干渉するのはどうしてこうも難しいのだろう。  鬱憤が余計に溜まってしまった。
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