子供だましの降霊術

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子供だましの降霊術

 廃病院戦から四日が経過していた。一度もアピールタイムを得られていない俺は焦燥感に襲われていた。 「フシャアァァァッ!」  近くの塀の上で寝そべっていた猫が飛び起き、毛を逆立てて俺を威嚇した。  気付いてもらえても畜生じゃな。勘が鋭くて噂話が好きな人間の主婦は何処かに居ないものか。井戸端会議で俺の話題を地域にバラまいてくれたらいいのに。  そんな淡い期待を抱いて今日は一日中町を徘徊していたのが(幽霊は昼間も活動できる)、誰にも気付かれることなく深夜の時間帯になってしまった。日付が変わってからは酔っ払いとすれ違うことも無くなった。  今夜も収穫無しかと諦めかけた時、 『〇市の浮遊霊の皆さんこんばんは』  お馴染みのカラスを介した幽霊専用町内放送が始まった。 『△町5-963番地に在る賃貸アパート、コーポあぐれっしぶ202号室にて、住人の若い女性が深夜2時に向けて降霊術の準備中です』 「コーポあぐれっしぶ!?」  俺は思わず声に出して復唱していた。それは生前、俺が恋人の沙穂と同棲していたアパート名だったのだ。202号室はまさに俺達が契約した部屋だ。  となると急な引越しをしていない限り、住人の女性とは沙穂のことである。  俺は駆け出した。もちろんコーポあぐれっしぶへ向かって。何で今夜に限って離れた別の場所に居たのかと悔やんだ。どうかアパート近くで彷徨っていた他の死霊が居ませんように。 (しかし降霊術とは。沙穂にそんな知識は……)  あ。俺は思い付いた。怖がりなくせにオカルト関連が好きな彼女は、テレビ放映された都市伝説特集を俺と一緒に観ていた。中学生女子の間で流行っているという、簡単な降霊術も紹介されていたんだった。  確かやり方はこうだった。  13日の金曜日の仏滅、深夜2時に部屋の電気と携帯電話の電源を落とす。暗闇の中で死んでしまった会いたい人の名前を三回唱える。そして携帯電話の電源を入れ直すと、死んだはずの相手から電話が掛かって来る……。  そんな都合の良い話が有ってたまるか。そんな簡単に目当ての相手を降霊できたら、誰でも明日からイタコさんデビューだ。そしてキリスト教と仏教要素がチャンポンされている。 (沙穂が呼び出したい相手って……)  間違いなく俺だろう。自分のストーカーが俺を殺したことで自責の念に囚われている彼女は、俺を呼んで謝罪したいのだろう。  だが沙穂、所詮は子供だましの降霊術だ。俺に会える保証なんて無いんだぞ? 関係無い浮遊霊のアピールタイムになるだけだ。知らないオッサンからスマホに着電が有って、「今どんなパンツ履いてますか」とか聞かれたらどうする沙穂。  現に多くの死霊がアパートを目指してスタートダッシュを切っていた。心なしか男の死霊の目つきがいつもよりギラギラしているように見えた。アイツらはきっと、アパートではなくを目指している。 (駄目だ、沙穂の元へ他の奴は行かせない!)  俺は全速力で駆け、追い越しざまに殴り飛ばし、蹴り上げ、他の死者達を道路に沈めていった。 (今回だけは……今回だけは俺が絶対に一番乗りだ!!)  しかしああ、何てことだ。決意した俺は恐ろしい強敵を見つけてしまった。  着物姿で四つん這いになって走る老女だ。  コイツも元は死霊だったがそうだが、長くこの世を彷徨ううちに妖怪へと変貌を遂げた。深夜に国道や高速道路を走る車やバイクを追い掛ける妖怪として、三十年くらい前に有名になったはた迷惑な老女だ。その名もずばり「四つん這いババア」。 (よりにもよって、今夜コイツに()ってしまうなんて……!)  三十年余の間にテケテケやらヒキコさんやら、新しい妖怪や都市伝説が次々と生まれ、ババアの名前と人々を恐怖で震え上がらせた実績は埋もれてしまった。そのままリタイヤしたとばかり思っていたババアが、何故か俺達下位死霊の群れに混ざっていたのだ。  伝説妖怪の一人に数えられる程の大物がどうして? しかもバイクと並走していただけあって脚速いなババア。 「……こんのおぉぉぉぉ!!」  俺は持てる全ての力を出し切って、執念でババアの後ろに迫った。生身の肉体だったら絶対に肉離れを起こしている。骨が軋み足の裏も悲鳴を上げた。  それで道を譲る訳にはいかない。今夜だけは。
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