別れ

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別れ

「……電話、掛かってこないじゃん」  沙穂は携帯電話をベッドの上へ放り投げて、テーブルに顔を突っ伏して泣き出した。  ああ、また泣かせてしまった。死んだ後も俺は駄目な男だな。 「ユウくんに会いたい……会いたいよぉ」  行ってやらないと。つらくても行って俺が終わりにしてやらないと。  お互いに会いたいと願う今なら彼女とチャンネルが繋がるだろうか。俺の声が届くだろうか。  多少の不安が有ったものの、俺は意を決して彼女へ呼び掛けた。 「沙穂おぉぉぉぉぉ」  ぎゃあぁぁ。勝手に声にエコーが掛かったぁ。死霊演出か。  沙穂は小さく「ヒッ」と声を漏らして身を縮めた。ほら~怖がらせた~。  だがちゃんと俺の声は彼女に聞こえたようだ! 「ああぁぁぁぁ、あぁぁ、テステス、マイクのテスト中。あー、あー」  俺は音量とエコーを調節した。ここは町内会のイベント会場か。 「な、何なの……?」  完全に怯えている沙穂へ優しく名乗った。 「沙穂、俺だよ。悠弥だ」 「!?」  目を丸くして声が聞こえる方角を凝視した彼女。ここで完全に俺達のチャンネルは繋がった。 「ユ……ウくん……?」  俺の身体から小さな光の弾が発生して俺を照らした。おお、綺麗だ。これも死霊演出か。こういうのだったら大歓迎だ。ありがとう全国死霊組合。 「……見える! ユウくん、見えるよ!!」  感極まった沙穂は立ち上がり、俺の胸目掛けて飛び込んできた。俺も彼女を受け止めようとした。  しかし抱擁は叶わなかった。沙穂は俺の身体をすり抜けてしまった。 「え……何で……」  あ、ヤバイ、背中側に回られると尻に刺した包丁が見つかる。俺は慌てて身体を回転させた。 「ユウくんに……触れないよぉ……」  また泣き始めた沙穂。俺だって切ないよ。おまえを抱きしめてやりたかった。 「……沙穂、俺は死んだんだ」  この一言で沙穂は大きくしゃくり上げた。 「ごべんださい、私のぜい! ユウくん死んだの私のぜい!!」  そしてすっごく不細工な泣き顔で喚いた。コラ、声が大きい。お隣さんに壁ドンされるか通報されるぞ?  沙穂を落ち着かせる為にできるだけ優しい声音を努めた。 「俺さ、良かったよ」 「何がっ、何がいいのよぉ!」 「もう会えないと思っていたおまえと、こうしてまた会えたから」 「!…………」  沙穂は涙でぐしゃぐしゃの顔で俺を見た。 「あのな、死んだ人間が生きている人間と話すのって大変なんだぞ? 波長が合わないといけないんだが、これがなかなか合わないんだ。合うのはよっぽど相性の良い者同士なんだってさ。そう、ここまでいくともう運命の相手だな」 「運……命……?」 「俺にとって、おまえが運命の相手だったんだなって」  沙穂は大きく息を吸ってから発言した。 「わ、わだぢにとっでも!! ユウぐんはわだぢの運命の人!」  俺は頭を左右に振った。 「おまえは俺を運命の相手だと思っちゃ駄目だ。沙穂、おまえはこれからも生きていくんだから」 「………………」  俺を取り巻く光の粒が少なくなってきた。そろそろタイムアップか。 「……俺、もう行かなきゃ」 「や、やだぁ!!」 「ばーか、成仏するんだから邪魔すんなよ。だからもう降霊術は使うなよ? 俺はもう来られない。その辺の悪霊を呼び込んじまうからな?」  光の粒はほとんどが消えた。もう沙穂に俺の姿はうっすらとしか見えなくなっているのだろう。たぶんだけど。これでクッキリ明確に見えていたら感動演出が台無しだ。 「……元気で、幸せになれよ!!」  俺は精一杯の笑顔で最後の言葉を紡ぎ、来た時と同じように沙穂の部屋の扉をすり抜けた。 「ユウくん!!!!」  外には(うつむ)いた白Tシャツ男が居て、俺の背後の扉からは沙穂の大きな泣き声が聞こえた。
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