終わったのなら始めよう

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終わったのなら始めよう

 俺は何故か白Tシャツ男に連れられて、アパート前の公園地面に並んで座っていた。ブランコかベンチに腰掛けたかったのだが、尻がすり抜けて二人とも転倒してしまったのだ。  新人幽霊の俺達を受け止めてくれるのは地面だけか。先輩達は窓ガラスにペタペタ触って、大量に残した手の跡で怪現象を演出したりしている。いずれ俺達にもできるようになるんだろうか。 「恋人にメッセージを伝えられたんだろ? 成仏しなくてもいいのか?」  口火を切ったのは白Tシャツ男だった。俺はぼんやり月を見ながら答えた。 「うん。家族やダチにも会いたいからな。誰とも死に目に会えなかったからさ、礼も謝罪もできてないんだよ」 「そうだな……俺もそうだ。死んでから何度か親に会いに行ったんだが、生前の写真にばかり話し掛けて、後ろに立つ俺には気づいてもらえなかったよ」  しんみり返した白Tに親近感が湧いた。コイツも俺と似た想いを抱えていたんだな。ほんの三十分前までは憎いライバルとして意識していたのに。 「アンタ恋人は?」 「今は居ない。……おまえの彼女、泣いていたな」  遠慮がちに白Tシャツが呟いた。沙穂との思い出を振り切るように、俺はなけなしの気力で強がってみせた。 「仕方が無いさ。死者と生者なんだ。終わらせないと」 「終わり……か」  寂しそうに苦笑した白Tに、俺は抱いていた疑問をぶつけた。 「白T」 「宗谷隼人(ソウヤハヤト)だ」  速攻で名乗られた。まぁ白T呼びはあんまりだよな。しかしコイツときたら名前も速そうだ。早口言葉みたい。 「そうか。俺は宮島悠弥だ」 「ユウヤか、良い名前だ。今度漢字を教えてくれ」  俺の名前の漢字を知ってコイツはどうするんだろう? 「あの、どうしてソウヤさんは俺に沙穂と話す権利を譲ってくれたんだ? 一番乗りはアンタだったのに」 「隼人でいい。権利を譲ったのは、おまえの助けになりたかったからだ」 「えっ……」  思いがけない返しをされた。 「俺の? 何で?」 「おまえのことが好きだから」 「……………………ん?」  今何か衝撃的なワードが奴の口から飛び出した気がする。聞き間違いか? 「えと、ゴメン。もう一回言ってくれるか?」 「おまえのことが大好きだ、ユウヤ。初めておまえの戦う姿を見た時から、おまえの勇ましい声を聞いた時から、俺はおまえに恋をしている」  聞き間違いじゃなかった。しかも友情ではない、恋だと念押しもされた。当然だが俺は狼狽えた。女の沙穂と同棲していた俺は異性愛者だ。 「な、なな……。嘘だろ!? そんな素振り一度も見せなかったじゃないか!」  慌てた俺に隼人はしれっと返した。 「毎回おまえを追い越す時に、抜群の笑顔でアピールしていただろう?」  自分で抜群とか言うか。 「えっ……あれってそうだったの? てっきり挑発か馬鹿にされてんのかと思ってた」  白Tシャツ男改め、宗谷隼人は盛大な溜め息を吐いた。 「全く伝わっていなかったか……。俺はどうやら意志表示が下手なようだ」 「それはその通りだ。俺を追い越す為に、毎回わざわざ遅くスタートしていたのか?」 「それも有る。あと単純におまえの尻を追うのが楽しかった」  包丁刺してやろうかコイツ。 「俺はノンケだぞ?」 「だろうな。でもいい、これからだ」  隼人は爽やかに笑うと、俺に逞しい右手を差し出して来た。 「友達から、始めてくれないか?」 「始めてそれから何処まで行く気だよ」 「深く考えるな」 「考えるだろうよ」  けっこう厳しく指摘しているのに隼人は笑顔だった。 「……ハヤトは、何でそんなに前向きなワケ?」 「死んでるからだよ。これ以上どん底になることは無いだろう?」 「ははっ、そりゃそうか!」  俺はつい噴き出した。死んでから笑ったのは初めてだな。  ま、助けてもらったし……、しばらく話し相手くらいにはなってやるか。 「友達として、だからな」  俺は隼人の右手を握った。頷いた隼人は力強く握り返して来た。  同じ男だが俺よりも大きいその手、そして死んでいるはずなのに体温を感じた気がして少しドキリとした。  大地以外をすり抜けてしまう俺達。受け止めてくれる相手はちゃんと居たんだな。
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