哀しき夜が明けて

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哀しき夜が明けて

 チュンチュンと雀がさえずっている。(まぶた)に眩しい光の刺激を感じた。朝が来たのだ。  幽体も活動するにはエネルギーが必要だ。昨夜妖怪ババアとバトルし、恋人と別れの儀式を行い疲労していた俺は、隼人との会話中にエネルギー切れを起こして充電モードに入っていたらしい。要は寝落ちしてしまったのだ。 「ん……」  生前の生活習慣で目を擦りながら起き上がると……、いや、起き上がれなかった。見ると(たくま)しい腕が俺の腰に巻き付いてホールドしていた。何コレ?  更には至近距離に(いか)つい男の顔が在った。 「うほわはぁっ! ハヤトさん!?」  朝の爽やかな陽射しで白Tが眩しく輝く宗谷隼人が、俺にピッタリ密着して眠っていたのだった。まだ誰も生者が来ていない早朝の公園に俺の裏返った声が響いた。  ホールドされているので離れられなかったが、俺は()()って奴の拘束から逃れようとした。ここで(ようや)く隼人が目覚めた。 「んん……? 朝か、おはようユウヤ」 「おはよう……てか何でアンタ俺に添い寝してんの!?」 「いつの間にか二人とも眠ってしまったようだな。添い寝じゃなく雑魚寝だ。男同士はよくやっただろ? 修学旅行や部活の合宿なんかで」 「ああやったね。でも男同士は相手の腰に手を回さないかな?」 「スマン。俺は寝相が悪くて手とか脚とかがあっちこっちに行ってしまうんだ」 「そうか……。そういうことで納得しておくよ」  朝から喧嘩することはない。大人の俺はこれ以上の追及をやめた。  だのに隼人は意味深なことを呟いた。 「……二人で迎えた初めての朝だな」 「誤解される言い回しはやめてもらえるかな?」 「誰も聞いていない。二人きりだ」 「何でいちいち言い方がエロいの?」  疲れる相手だ。俺を気遣って沙穂へのアピールタイムを譲ってくれたあたり、悪い奴ではないと思うんだがどうにもエロくて……。  俺はふと考えてしまった。 「そういや幽霊同士でHってできるのかな?」  軽い好奇心だったのだがこの発言は大失敗だった。会話相手は、俺を恋愛的な意味で好きだと名言している危険な男なのだ。  隼人は俺の肩をガッシリ掴んで(のたま)った。 「試してみよう」 「ぶっ!?」  身の危険を感じて奴の腕の中から逃げ出そうとした。 「怖がらなくていいユウヤ。死んだ直後のことを思い出してみろ。幽霊となった身で何ができるかいろいろ試しただろう? それと同じだ。死後の世界では判らないことは実践あるのみだ」 「いや判った、充分に判った、幽体同士はこうして掴み合えるからHも可能だよ。判ったからもういい!」 「それはどうかな? 表面的には触れ合えても身体の奥までは到達できないかもしれない。それを確かめてみよう」 「身体の奥って何!? ドコにナニが到達するんだよ!?」 「試しながら教えてやる」  隼人、コイツは……! 夕べ友達から始めようとかぬかしたくせにグイグイ来やがるな。体育会系の男はこれだから。  唇を突き出して明らかにキスをしようとしている隼人にブチ切れた俺は、マイ装備品である料理包丁を突き付けて脅そうと思った。……が、背中側に手を回しても尻に刺していたはずの包丁に指が触れない。 「えっ、あれっ? 包丁が無い!?」  慌てる俺へ隼人は微笑んで答えた。 「あそこだ。邪魔だったから抜いておいた」  隼人が顎で指し示した先、俺達が寝転んでいる場所から少し離れた地面に包丁が突き刺さっていた。 「尻に在った包丁が邪魔になる状況って何!? アンタ俺が眠っている間に何をした!?」 「安心しろ、何もしていない。意識の無い相手にナニかしても反応が返って来なくてつまらないから」  うわあぁぁ、怖いこと言った!! 「さぁユウヤ、レッツ快楽の世界へ」  もう誤魔化す気も無いらしい。隼人は力任せに俺を地面に押し付けて唇を奪おうとしている。やめれ馬鹿。俺は同性との肉体経験が無いんだよ。ガッチガチの初物なんだ。正直行って行為が怖い。  怯える俺へ隼人は真剣な眼差しで言った。 「俺はバリタチなんだ。これは譲れない」  死ね。あぁもう死んでるか。もう一度死ね。  幽霊となったことも衝撃だったが、それ以上の衝撃が俺の身に訪れようとしていた。主に尻方面に。 「ワンワンワン!」  絶体絶命の危機に現れた救いの主は、早朝散歩に公園を訪れたおそらく近所の爺さんと柴犬だった。  柴ワンコは確実に隼人と俺に向かって吠えていた。動物は超自然現象に敏感だと言うからな。 「これ豆二郎どうした、静かにせんか。まだ朝も早いでなぁ」  何も視えていない爺さんが宥めようとしたが、柴ワンコは俺達に吠えるのをやめなかった。 「…………チッ」  流石に気が削がれたようで、舌打ちをした隼人が俺の上からどいた。助かったよありがとう柴くん! 俺は心からワンコに感謝を捧げた。
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