黒い棺

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   瓦礫を掴もうとしたが、既に熱せられた材木に、左手を火傷する羽目になった。  上着を手に巻き、押しやるようにして、無理やり瓦礫を退けていく。もどかしく、舌打ちが出る。  ようやく瓦礫をどかし、エレベーターの前へ立つ。固く閉じられたドアは、やはり熱い。そこらの材木を噛ませ、梃子のようにこじ開けようとする。  あの男も、こうして熱気の中、火傷も厭わず助けてくれたのだろうか。  否、あれは俺だ。あの時、俺を助けたのは、二十年後の俺なのだ。  何という薄情者だ。あの日の約束も忘れ、俺は兄貴を差し置いて、自分が助かることだけを考えた!  兄貴は俺を熱から守ろうと、身を挺してくれてすらいたというのに!  音を立てて、隙間が広がる。もどかしげに布を取り去り、火傷も構わずにこじ開ける。その先には、俺たちがいた。  視点こそ違うが、記憶と相違ない。  兄貴が俺に覆いかぶさるようにして、少しでも熱気から逃そうとしてくれている。  呼びかけたが反応はない。  二人とも既に意識を失っている。いや、俺は俺の姿を見ていた。意識はある。反応する力も残っていないのだ。  二十年前、俺は俺を助けた。兄貴を差し置いて、自分が助かりたいがために。  それは失敗だ。決してやってはいけないことだ。  左手を伸ばす。幼い自分ではなく、その自分に覆いかぶさっている兄の腕へ向けて。  この世界に俺の居場所などなかった。  この世界で生きるべきなのは、俺ではなく兄貴なのだ。誰よりも優しかった兄貴こそが、生きるべきなのだ。  あんな両親にすら、哀れみの目を向けることの出来た兄貴なら、歳を食ってなお喧嘩の絶えぬ二人を見放し、殺してしまう、などという愚行は犯すまい。  腕を掴もうとする直前、左手の甲にできた火傷がズキリと疼く。  熱気と、バチバチと何かの爆ぜる音とが混ざり合う中で、二十年前の景色がフラッシュバックする。  同じように俺に手を伸ばす、火傷の跡の付いた左手…… 「……え?」  掴んだまま、手が止まる。  おかしい。火傷の跡だと?  俺の手には真新しい火傷しかない。  そもそも、俺はあの火事の中、奇跡的に無傷だったのだ。兄貴が、爆ぜる火の粉から庇ってくれていたから。  幼い兄貴の細い手を見る。力無くだらりと掴まれるがままになっている左手には、痛々しい火傷があった。
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