0人が本棚に入れています
本棚に追加
瓦礫を掴もうとしたが、既に熱せられた材木に、左手を火傷する羽目になった。
上着を手に巻き、押しやるようにして、無理やり瓦礫を退けていく。もどかしく、舌打ちが出る。
ようやく瓦礫をどかし、エレベーターの前へ立つ。固く閉じられたドアは、やはり熱い。そこらの材木を噛ませ、梃子のようにこじ開けようとする。
あの男も、こうして熱気の中、火傷も厭わず助けてくれたのだろうか。
否、あれは俺だ。あの時、俺を助けたのは、二十年後の俺なのだ。
何という薄情者だ。あの日の約束も忘れ、俺は兄貴を差し置いて、自分が助かることだけを考えた!
兄貴は俺を熱から守ろうと、身を挺してくれてすらいたというのに!
音を立てて、隙間が広がる。もどかしげに布を取り去り、火傷も構わずにこじ開ける。その先には、俺たちがいた。
視点こそ違うが、記憶と相違ない。
兄貴が俺に覆いかぶさるようにして、少しでも熱気から逃そうとしてくれている。
呼びかけたが反応はない。
二人とも既に意識を失っている。いや、俺は俺の姿を見ていた。意識はある。反応する力も残っていないのだ。
二十年前、俺は俺を助けた。兄貴を差し置いて、自分が助かりたいがために。
それは失敗だ。決してやってはいけないことだ。
左手を伸ばす。幼い自分ではなく、その自分に覆いかぶさっている兄の腕へ向けて。
この世界に俺の居場所などなかった。
この世界で生きるべきなのは、俺ではなく兄貴なのだ。誰よりも優しかった兄貴こそが、生きるべきなのだ。
あんな両親にすら、哀れみの目を向けることの出来た兄貴なら、歳を食ってなお喧嘩の絶えぬ二人を見放し、殺してしまう、などという愚行は犯すまい。
腕を掴もうとする直前、左手の甲にできた火傷がズキリと疼く。
熱気と、バチバチと何かの爆ぜる音とが混ざり合う中で、二十年前の景色がフラッシュバックする。
同じように俺に手を伸ばす、火傷の跡の付いた左手……
「……え?」
掴んだまま、手が止まる。
おかしい。火傷の跡だと?
俺の手には真新しい火傷しかない。
そもそも、俺はあの火事の中、奇跡的に無傷だったのだ。兄貴が、爆ぜる火の粉から庇ってくれていたから。
幼い兄貴の細い手を見る。力無くだらりと掴まれるがままになっている左手には、痛々しい火傷があった。
最初のコメントを投稿しよう!