黒い棺

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    「そうだ、いい機会だ。宿直室にチラシがあるから、そこの裏にサインをしてくれないか」 「は? いや、サインなんて持ってないし……」 「簡単なものでいいから。ちょっと待っててくれ」  警備員は鼻息を荒くしながら、仕事をほっぽり出して行ってしまった。  思わず舌打ちをしてしまう。  うんざりだ。二十年経っても、この町の連中は何も変わっていない。こちらの事情など、向こうは考えてもいない。  呆れたため息をついてから振り返り、真っ黒焦げの建物を改めて見やる。  二十年。そんなに長い間、黒焦げの建物が崩れることなく残っているのは、奇跡的と言える。だからこそ、ネットで知った時は驚いて、勢いのままに見に来てしまった。  だが間違いだった。まさか自分のことを記憶に残している人間がいるなんて、思いもしなかった。  帰ろう。警備員のことなど知ったことか。サインなどしてやる義理もない。  身体を反転し、来た道を戻ろうとした時。  カバンが目に入った。警備員が慌てて置いて行ったものだ。上のチャックが開いていて、中から水やら手拭いやらが見え隠れする。  その中に、鍵束が一つあった。
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