黒い棺

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   俺と兄貴は、幼い頃この火事に巻き込まれた。  誰もが必死に逃げる姿を見た。階段を駆け下りようとして下から噴き上がる火の海に呑まれる人がいた。窓から飛び降りて、火ではなく地面に殺される人がいた。  どう逃げようとしても死ぬ。誰もが自分のことに必死で、小学生にもなってない俺達がいくら泣き喚いても、手を差し出す余裕なんてありはしない。  頼る人もなく、逃げる場所もわからず、二人で階段の踊り場を右往左往した。  両親の姿はない。そもそも二人は、俺達がここにいることすら知らなかった。二人して飽きもせず喧嘩をしていたから、八つ当たりを恐れて、二人でここまで逃げてきたのだ。いつもそうだった。  今日くらいはやめておけばよかった。雨が降りそうだと思った時に、部屋の隅で縮こまることにしてればよかった。業火に崩れる棚の轟音に泣き声をかき消されながら、俺は後悔していた。  誰もいなくなり、肌を焼くような熱風に涙も乾いた時だった。  音がした。  誰かが使おうとしたのか、それとも既にその時壊れていたのか。  言葉は無かった。兄貴か、俺か、どちらが相手の手を掴んで走り出したのかもわからない。  最悪の行動だった。でも当時の俺達に、そんなことがわかるわけもなくて。  俺達はまるで迷い子を導く救世主のようにやってきた、階段横に備えられていたエレベーターに飛び込んだのだ。  そこに、閉じ込められたのだ。
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