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三階まで一気に上がったところで、一度足が止まる。
吐く息が熱い。駆け上がるでもなく、一段飛ばしにした訳でもないのに、すっかり息が上がっている。長年引きこもっていた肉体は、それほどに鈍っているのだ。
何故行く? 行ったらどうなると言うのだ。
もう何もかも終わっている。何も手がかりなど残っていやしないだろう。
それとも、誰かいるとでもいうのか。アイツが、エレベーターの前にいるとでも。あの日、俺を助けた時のように。あの日、兄貴を見捨てた時のように。
俺と兄貴はいつも一緒だった。父にも母にも近づきたくなかったし、遠巻きに見つめてくるだけの奴らに阿りたくはなかった。
だからすぐ隣で、いつも同じ目に遭っている俺達は、お互いこそを互いに信頼し合った。
いつだったか、二人で公園にいた時の事だ。鬼ごっこで、兄貴が鬼だった。
他に遊んでる子はいなかった。なぜいないのかは考えもしなかった。ただ、二人きりの鬼ごっこはとても楽しくて、二人してケラケラと笑いながら、夢中に走り回って。
何が起きたのかは、後に兄貴に言われてようやく理解できた。
公園の入り口で、俺は仰向けに倒れていて、その腕を掴み、座り込んだまま、兄貴は泣きじゃくっていた。
走るのに夢中になっていた俺が、公園から飛び出し、猛スピードで走る車に突っ込もうとしていたのだという。
兄貴が俺の手を引っ張り、助けてくれたのだと。
「二度とあんな危ない真似はするな。お前がいなくなったら、俺が一人ぼっちになるから」
泣きながら、兄はそう言ってくれた。その時、俺はようやく、心の奥底から理解できたのだ。
俺が信頼出来るのは、兄貴だけだ。兄貴だけが、この世界で唯一、俺を助けてくれるのだ。
だから俺も、兄貴を助けなければならない。俺たち兄弟は、互いを支え合わねばならない運命にあるのだ。
だが、今そのことを思い出すと、違う思いが頭に浮かぶ。
あの日、俺は死んでおくべきだったのではないか。
そうすれば、兄貴はエレベーターの中で黒焦げにならずに済んだのではないか。
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