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「……っ……」
折り返しの場には、何もいなかった。いや、何かはいたのだろう。鼠か、野良猫か。今にも崩れ落ちそうな建物の中は、野生動物の棲家になっている。
ため息が出る。未練だ。単なる責任転嫁だ。俺を助けてくれた相手にこんなことを思うなど、恩知らずも甚だしい。
だが、ならどう思えばいい? 助かってよかったと安堵しろというのか? それでよかったことが、一度でもあったのか?
熱気の中で気を失って、気付いた時、俺は病院にいた。
エレベーターの昇降口の前に倒れていたのを、決死の思いで乗り込んできたレスキュー隊の人が見つけてくれたという。
兄貴は、エレベーターの中にいた。
コードが千切れ、ひしゃげた鉄の塊の中で、真っ黒焦げになっていた。
火傷の手の主はわからなかった。
あれ以来、俺はずっとあの火傷の手を探している。どうしてももう一度会って、言わずにはいられなかった。その思いは、この数日でさらに高まっている。
何故。何故。何故俺を助けたのだ。何故兄貴ではなく、俺を。そのせいで俺は……——。
思考を振り切る。
もう戻ろう。警備員に謝って、さっさとこの場を離れよう。こんな所に居座っても、何も解決はしないのだ。
後ろを振り返ろうとした時。
熱が、頬を撫でた。
目が見開かれる。身を震わせる熱風が、階段の向こうから……四階から吹き込んで来る。
気がつくと、脚は階段を駆け上がっていた。
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