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駅に着いた時は、その変貌ぶりに驚いたが、街の根幹をなす道路にさしたる変化はなく、幼い頃に幾度も歩いた道を、すぐに思い出すことが出来た。
とはいえ、二十年のブランクは大きく、とりわけ距離感を何度も測り間違え、道を行き過ぎては戻る、ということを繰り返した。
途中人に会ったら、という不安もあったが、その心配も無かった。街を新しくしても、新たな入居者を確保するまでには至らなかったらしい。
さもありなん。
人気のない、入居者募集のマンションをいくつか通り過ぎた先に、それはあった。
真新しい建物達の中に、ぽつんと孤立するようにある、巨大な廃ビル。白の中にある一点の黒は、代謝せずに残った傷跡のようだった。
治りもせず、広がりもせず、ただ黒く、黒く。
近づいていくと、周囲を有刺鉄線が囲んでいるのが見えた。まるで映画か何かの隔離措置のようだ、と思わず笑ってしまう。
ぐるりと外周を回ろうとした時、
「ちょっと、ちょっとあんた」
びくりと肩を震わせ振り返ると、鞄を持った年配の男性がこちらを不審げに睨んでいた。服装からして、警備員のようだった。
「何の用? ここは立ち入り禁止なんだがね」
「もうすぐ取り壊されると聞いたもので」
「あぁ……。そうだな、五年前に決まったが、未だにこのザマだ。トラックはおろか、業者の一人だって来やしない」
「そんなに前から決まっていたんですか」
「そうさ。町長が入れ替わって真っ先に宣言した。前の町長の時と同じく、地元連中の反対が強くて、それっきりだがね。「貴重な文化遺産」「町の罪を忘れるな」だそうだ。そのせいで町全体が寂れているんだから、馬鹿馬鹿しいと思うよ」
警備員の老人は、うんざりした様子でため息をつく。
「おかげで仕事をもらえてるから、あんまり大きい声じゃ言えんがね。ま、そういうわけだから、ここから先には行かないように……。……あんた、何処かで見た覚えがあるな」
ギクリ、と肩が震えた。
「……いや、まて、あんた……あんたもしかして、横山タケル君じゃないかい? 昔テレビで見たことがあるよ、あの唯一の生き残りの……!」
「あぁ……えぇ、まぁ」
生返事を返すと、途端に警備員は目を輝かせ、俺の手を取ってきた。
「やっぱりそうだ! 何処か面影があって、そうじゃないかと思ったんだよ。いやいや、なんだ、そうならそうと言ってくれればよかったんだ。うんうん、そうだねぇ、君からすれば、心穏やかにはいられないだろうとも。本当に、あの時は大変だったね」
「あはは……」
「今は一人暮らしかい? あの御両親とは、上手くやれているのかね。あぁいや、他人の私が聞くことではないのだろうけど……。いやいや、本当に、生き延びられてよかったね。お兄さんのことは残念だったが、君が無事で、きっと安心していることだろうよ」
饒舌な警備員の問いかけに、、乾いた笑いでしか返せない。こちらが迷惑がっているのに気付いても良さそうなものだが、それでも警備員は構わずに、言葉を続けていた。
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