いいくすり

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いいくすり

 最近、息子の卓也は3歳のいたずら盛り。  いくら母親の私が声を荒らげて注意しても言う事なんて聞かない。  だが、卓也にはどうしても怖いものがあった。  おばけだ。  今日も卓也は外から帰った後の手洗いの時に、洗面所の水道の蛇口に手を当てて、周り中を水浸しにした。  幼稚園の外の水道で遊んでいて覚えたらしいのだが、ここは家の中だ。 「卓也!お外とお家の中では違うでしょ!どうするの?こんなにビショビショにして。」 「あんまり悪い事ばかりしているとおばけが来るからね!」  怖いものを引き合いに出して子供をおどすのはやめようと常に思っていたのだが、あまりの洗面所の惨状についつい卓也の怖いおばけを使って叱ってしまった。  その夜、一旦寝たと思った卓也がトイレに起きてきた。  最近は、電気さえつけてやれば一人でトイレに行かれるようになってきたので、その辺はだいぶ楽にはなっていたのだが、その夜は違った。 「ママ、一緒に来て。」 「どうして?一人で行かれるでしょ?」  昼間のいたずらで私の機嫌が悪いことが解っていた卓也は渋々一人でトイレに行った。  トイレの隣には洗面所がある。  洗面所のパッキンが緩んでこの2~3日ピチョン・・・ピチョン・・・と水が落ちる音がする。  昼間は賑やかで気にならないのだが、夜ともなると音が響く。  突然 「うわ~~ん!」  と、卓也の鳴き声が聞こえたので慌てて言ってみると、何とトイレの前に立ったままお漏らしをしていた。 「あらあら。どうしたの?トイレの前まで来ているのに。」  濡れてしまったパジャマのズボンやパンツを脱がせながら聞くと 「お化けがいるんだ。ピチョン、ピチョン。って泣いてる。フワフワってでてきたよ。」 「あら~、昼間卓也がぎゅ~って蛇口を抑えたから泣いているのかな?」  卓也は下だけすっぽんぽんのまま 「もうしないよ。ごめんなさい。」  と洗面所のピチョンピチョンに謝っていた。  卓也をシャワーに連れて行って、おしっこを流してから拭いてやりながら 『明日には洗面所のパッキン直しておかなきゃね。』  と、こっそり思った。  卓也にはいいくすりになったことだろう。  このお薬が効いて少しはいたずらが治まってくれるといいなと、思いつつ、やっぱり本人が苦手なもので脅すのはやりすぎたわね。と、少し反省した。  その夜、ママも珍しくトイレに行きたくなった。トイレの前まで行くとピチョン・・ピチョン・・・と、洗面所の音が響く。 『う~ん。確かに怖いかも。』  と、思った瞬間、洗面所の閉めてあるはずのドアから何かがフワリと廊下に出てくるのが見えた。  ママはゾッとした。 『気のせい、気のせい。』  自分で作ってしまったお化けにおびえ、大急ぎでトイレを済ませると逃げるように寝室に飛び込んだ。 と、暗い部屋に誰かが立っている。  目を凝らすと、卓也が布団の上に立っていた。 「ねぇ、ママいたでしょう?おばけ。ほら。ついてきてる。」  卓也は眠ったままの目をつむった顔で立ち上がって、ママの後ろを指さすのだった。 【了】
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