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 ざぁざぁと滝のような雨音の響く夜半過ぎ。  ここのところ大雨の続く江戸市中は川縁にある小さな履物屋である"鳩目(はとめ)"の扉を菅笠を深々と被ったほっそりとした身体つきの男がさきほどから絶え間なく叩いていた。  ―なんだね、あれは。さっきからうるさいねぇ、あんた、また来たようだよ。ねぇ、あんた、追い返しときてくれよ。 ーほうっておきゃいい、寝たふりしとけばそのうちどっか行っちまうさ。  そう言って畳の上で寝転がり薄目を開けた店主の顔を逆さに覗き込む者がある。驚いたのはその主人、慌てて起きあがったのはいいものの、その者と頭がごっつんこ、二人とも脳天にこだまする痛みとなった。 「おわっ、おまえ、どっから入った?!」  店主は呆れ、やがて諦めたように妻に頼んでもってこさせた氷嚢の一つを彼にやるとその賢そうな細い目の若者はありがたそうにかたじけない、と受け取り、赤くなった額の真ん中にそれをでんと載せ、爽やかに笑った。 「店主、大事な頼みがあって来た。俺に靴を一足つくってもらいたい」 「靴?」 「ああ、靴だ」 「靴ってのは、あれか。金髪で青い目の人間が履いてるって代物か」 「ああ、そうだ」  店主はそれを聞くなり、ばかいってんじゃねえ、帰った帰った、もう二度と来るないと彼を下駄と草履で埋め尽くされた店内から追い出そうとした。 「つれなくするなよ、鳩目殿。あんたは江戸一、腕のいい履物職人だと噂を聞いて来てんだ。話を聞いてくれ」 「腕のいい?そりゃ、けっこうな話だが俺は眠いんだ。明日の朝、お天道様が出たらまた来な」 「すまないが、こっちも急いでいるんだ。なんでも西洋人が履いているブーツという履物を履くと脱げにくく、兎のごとく足が速くなると聞いている。だから長旅をしてあんたに作ってもらいに来た」 「ブーツとな!無理だ無理だ。見た事はあるが、そんなものを作るやり方も知らねえし、材料さえねえんだ。さあさあ、とっとと帰ってくれ」  若者は細い目を嬉しそうにさらに細めて、人懐こく愛嬌のある笑顔を浮かべた。
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