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「それがな材料はあるんじゃ、ほれ。長崎の出島を出入りしている知り合いからもらったんだ。作り方もこの耳でぜーんぶ記憶している。あとはやってみるだけ。やるだけなんだ。あんたならできるじゃろ」  そう言って若者は胸に結んでいた手ぬぐいに隠していたものを店の番台に広げた。 「見てくれ、革じゃ。てかてかの黒牛の黒光りじゃ」  店主は番台の上に置かれた牛革が黒々と光沢を放っているのを見ると、物珍しさにそれを掴むとあちこち眺めては感触を撫でまわしていたが、ふとそんな自分の様子に顔を綻ばせている若者の視線を感じるなり、表情を強張らせてぱっと牛革から手を離した。 「悪いができねえな。うちはちっちゃな店とはいえ、幕府の見廻り衆御用達の草履屋をさせてもらっている。主の噂は聞いている。長州にいた坂本だろう。手を貸したらお上に届いて睨まれるのは明白だ。おらがここまで大きく育てた店、あんたの注文一つ受けて潰れされちゃあたまらねぇ。さあ、分かったらさっさと出てっておくんな」  店主が早口でそうまくしたて若者を両手で払って追い出そうとした時、さっきから二人のやり取りを店の奥から起きてきて見守っていた長男坊がおとっつぁん、ちょっと待っておくんなさい、と二人の小競り合いを止めた。
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