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「ならば、頼むぞ、清一郎殿」 「いつまでに必要であるか聞いてもよいか」 「できるだけ早くに作ってもらいたい。俺はついこの前長崎の写真屋でブーツという靴を履いて、着物で写真を撮った。しかし、ブーツは借り物、自分のものが欲しいのだ。そしてそれを履いて、この世を動かせる要人たちに会いに行く。彼らに俺が着物も愛用し、そして異なる文化である靴も等しく愛する人間だと見せれば、己の精神の真ん中を分かってもらえるような気がするのだ」 「なるほど。つまり坂本殿はどちらの世界も等しく受け入れるということですね」 「そうだ、話のわかる男だな」 「もう夜も遅い。奥の私の部屋でじっくりと話しませんか」 「ああ、そうしよう」  二人は知り合ったばかりだというのにすっかり意気投合し、清一郎の部屋で坂本が出島の商人から聞いたという話を元にブーツの作り方をさっそく紙にしたためてみた。できた製図を元に清一郎は自力でブーツなるものを作ってみようと決心した。    それから坂本は未来の日本は新しいものを取り入れながら、もっと過ごしやすく変わっていかねばならない、と清一郎に熱く語った。自分の布団に寝てくれと言ったが断って隣の畳に寝転がる坂本が嬉々として語る様子を見ながら清一郎は久々に履物作りに対する情熱がふつふつと湧き上がるのを感じていた。日々の草履や下駄とはまた違う新しいものが作れると思うだけで腕が鳴る。  早朝、雨は止んでいた。  まだ陽も明けきらないうちに次の用事があると、坂本は起きるなり顔を手水で洗うと世話になったと店の裏口に立った。擦り切れた草履を履いて菅笠を被り、扉を開けて静かに出て行こうとする背中に清一郎は思わず声をかけた。 「坂本さん、本当にまた来てくれますか!」  振り向いた坂本に清一郎は期待を込めて見つめた。彼の居場所は明かせないことになっていた。彼の動向をよく思わない輩がいるらしく、坂本は誰にも迷惑をかけたくないと自らひと月後にここに来ると約束してくれた。  坂本は人懐こい笑みを浮かべながら清一郎に近寄り、出逢った時と同じように乱暴な握手をした。隣人が起きてきたようで、雨戸が開けられる音がした。 「また必ずや会おう、同」  坂本は急に口を閉じ、あとは何も言わぬままに握り合った手を力強く上下に振った。痛いくらいのその感触に清一郎はこれが彼の覚悟の強さだと感じた。彼を危険人物だとする幕府そしてそれに従う輩、そして力には抗えないたくさんの世間の眼に対するはがゆさ。それらが溢れんばかりに仲間を、自分を求めている。
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