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 坂本は清一郎がブーツを作る最中も、熱心に奔走していた。国のために、未来のために、少しでもよりよい未来を願い、人と人との橋渡しをしていた。やがて情勢は大きく動き、幕府は大政奉還を行った。幕府は天皇に政権を返すことによって倒幕に対する騒ぎを収めようとしたのだ。時代は新しい流れを見せ始めた。新しい世界の夜明けは近いのかもしれなかった。  しかし、それからひと月あまりのち、清一郎がようやく彼がいるという近江屋をようやく探し当てた時、坂本はすでに何者かによって命を絶たれた後だった。  清一郎は坂本が絶命したという畳に手を突き、ざらざらとしてほのぐろい色を沁み込ませたそれに涙を潤ませた。歯を食いしばり悔いても坂本の命が戻るわけではなかった。わかっているからこそ、清一郎は涙が止まらなかった。 なにが運命だ。清一郎。坂本さんの事が気になるならなぜ一刻も早く捜しに行かなかった。なにが運命だ。ばかもの。 おれがもっと早く会いに行っていれば。このブーツを渡せていたならば。きっとブーツは草履のように坂本さんの足から外れることもなく、ここから敵よりずっと速く兎のごとく颯爽と逃げおおせることができたかもしれない。 おれはばかものだ。別れの朝、ただの商人であるおれを同志と呼んでくれようとしたあの人を、おれはただ泣いて弔うことがしかできないではないか。 「坂本さん、俺にできることはなんだ。これからの俺にできることはっ」  清一郎は呻きながら、彼を悼んだ。  それから魂が抜けたように力なく帰途につく最中、自分の使命を考えた。疲れた足取りで江戸に着き、自分の働く店に幅を利かせて並んでいる下駄や草履を見た時、はたと閃いた。 「靴だ。靴を世の中に広めよう。坂本さんが愛した世界につながる靴を。いつかこの国のみなが履くようになったらそれも彼の理想と言えるのではないか。その手伝いなら俺にもできる」  清一郎はそれから店の下駄や草履を作る傍ら、熱心にブーツを作るようになった。その様子を見ていた店主もやがて手伝うようになり、興味を持った人物が噂を聞きつけて弟子になりたいと志願してくるようになっていった。
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