遺跡跡学園都市

1/1
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ

遺跡跡学園都市

──お前だけは、どうか  よく知っている声だった。温かい声だった。  私の体が引きちぎれるかのように引っ張られ、光よりもどんどん加速していくのを感じる。体が痛い。いたい。イタイイタイイタイ……痛い。  もう目の前が真っ赤で、なにも感じなくなっていた。  意識もぼやけてきて、だんだん頭が真っ暗になっていく。  私、なにをしていたんだっけ?  気付けば、私はいつものベッドの上でゴロンと転がって、窓の鳥の鳴き声に耳を傾けていた。 「……夢?」  毎度毎度発掘作業に追われていたら、昼と夜の境が曖昧になるから、夜のうちに遺跡を出て、酒を飲んで眠ることだってよくある。  おかしいな、昨日は発掘作業はなかったはずだ。 「んー……?」  でも私の体は普通だ。どこも千切れてないし、どこも痛くはない。鏡も見てみた。私の碧い目は健常そのもので、白目部分だって出血していない。  金色の伸ばしっぱなしの髪も千切られた場所がない。いい加減伸ばしっぱなしで邪魔だけれど、ポニーテールに結んでしまったらなんとかなるから、未だに髪を切っていない。  私はさっさと作業用のシャツとハーフパンツに着替えると、朝ご飯に保存食の乾パンを食べながら、昨日用意した荷物を確認した。発掘用のルーペ、シャベル、鎌、金串、ハンマー、他いろいろ。一応確認してから鞄に詰め込むと、それらを背負って出かけていった。  遺跡跡学園都市プロセルピナ。それが私たちの住む都市の名前であり、未だに解明の進んでいた遺跡の別名だ。 ****  遺跡跡学園都市プロセルピナ。  大昔の遺跡の上に都市を掘っ建てたという馬鹿極まりない発想の都市だけれど、これには理由がある。遺跡の地層がとにかく深く、遺跡調査に来た発掘師や修復師が通うだけでは、ちっとも調査が進まなかったために、そのまま住み着いてしまったというのが最初にある。  発掘師や修復師が住むとなったら、当然ながら商人たちが遺跡調査に地下に潜る人々のために発掘道具やら弁当やらを売り出し、遠くから売りに来るより、ここで店を出したほうが早いと住みはじめた。  最初は遺跡の管理者は住み着いた人々を追い払おうとしたものの、発掘師が掘り当てて、修復師が使えるようにしたものの中には、魔動具が埋まっていたのだ。それらは現存している魔科学よりも明らかに上の代物であり、掌を返した管理者が、国から遺跡をまるまるひとつ買い与えた上で、発掘作業やそれを手伝う人々を支援し、回収した魔動具を国に売り払いはじめた。  おかげでここには学問所もでき、人も出入りするようになり、遺跡の調査も進んでいったものの。長年ここで調査を進めている発掘師の手により第十層まであるとされたこのプロセルピナも、未だに第十層は手つかずになっている。  私たちは第十層の調査ができるよう、今も慎重に地下に潜っている次第だ。 「おはよう、デューク」 「遅いぞ。リア。ちゃんと食べたか?」 「食べてますぅー」  デュークは私の先輩で、チームを組んで私と一緒に地下に潜っている発掘師だ。この人から発掘師としての心得は教わったようなもんだ。  黒髪で切れ長の黒目と、色合いこそ地味なものの、身長はあるし、知性派だ。しかしこの都市に住んでいる人たちは皆軒並み遺跡馬鹿なため、特に浮いた話もなく一緒にチームで地下に向かっている。  まあ、そのほうがいいか。女が発掘師になるとなにかと言われるのだ。 「遺跡に触れたいんだったら修復師や復元師の道だってあるから!」 「危険だから遺跡になんて潜るな!」 「女の仕事じゃないから早く辞めろ!」  ここの大学で勉強し、遺跡好きをこじらせてこのままプロセルピナに永住を決め込んだ私としては、全て余計なお世話だった。  デュークは私が発掘師になった際に、まずやったのはしごきだった。 「地下まで潜らないといけないんだから、とにかく体力をつくれ。発掘作業には力もいる。腕力も鍛えろ。繊細な動きが物を言うときもある。針に糸を通し、必ず糸が入るようにしておけ」  プロセルピナの大学グラウンド十周とか、腕立て伏せ四十回とか、手芸箱の前で手芸ごっことか、そりゃあもう最初は私はいじめられて発掘師辞めさせられようとしてないかと、お世話になっている復元師に愚痴りに行ったら、やんわりと言われてしまった。 「デュークは真面目なだけですよ。本当にたまにですけれど、落盤事故だってありますから逃げ足は速いほうがいいですしね。時には遺跡泥棒が貴重な魔動具を盗み出そうとしますので、荒事になることだってあります。彼は過保護なくらいにあなたを育てて、立派な発掘師に育てたいだけですから」  実際、私は一人前の発掘師になったものの、一緒に地下に潜ってくれる人がいなかった。 「……さすがに女を守りながら潜るのは厳しい」  何度も守らなくってもいい、自分の身を守れるのは自分だからと主張しても、結局一緒にチームを組んでくれたのはデュークだけだったし、ふたりで一緒に潜り、仕事明けに飲み屋でジンジャーエールを飲むのは案外悪くなかった。  だからこうして、私たちは今も地下に潜っているのだ。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!