ねむる

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ねむる

「なぁ知ってる?」 「それは徴兵制と新薬、どっちの話?」  風も涼しくなった九月の暮れ、僕らの住む国に衝撃が走った。一つは四十歳以下に課せられた徴兵制。二年の期間制限はあるが、十年も前からこの国は戦争に走るのではないかとの噂があった。事実、隣の国は戦争の真っ最中であり、それに巻き込まれるように僕らの国は隣国を敵視した。十八歳以上との規定はあるが希望者は十二歳から兵役に参加できる。また希望者は二年以上在席しても良いというゆるゆるの徴兵制だ。 「徴兵制もそうだけど、問題は新薬だろ?」  雄二の横顔を覗くと至って真剣に前を見ている。 「気になるのか?」 「なるのは当たり前だろ? 非合法だけど世の中にどんどん広まっている。徴兵制から逃げたい奴がどんどん使ってる。俺らだって来年卒業したら兵役だ。もう、おっ始まってる戦争からどう逃げるんだよ?」  僕らの国は太平洋戦争で敗北し、その後何十年も戦争をしなかった。内戦もない。国民として誇りに思って良かった事例だが、その誇りはあっさり裏切られた。噂でしかないが、三月に高校卒業して兵役に向かった人員の九割はすでに戦死しているという。これも噂でしかないが、身内が死んでも国民の士気に関わるので箝口令が敷かれているとか。  その国民一丸をスローガンとした徴兵制に一石を投じたのが六月に突如世の中に出回りだした新薬『SLEEP』だ。  すでに違法とされているが、それを服用すれば覚めない眠りに入れるのだとか。この薬のミソは自殺ではないところだ。ただ眠り続ける。一生を終えるまで夢の中にいられる。これを服用することによって兵役を逃れるものが世の中に増えているという。 「……雄二は『SLEEP』飲むつもりなのか?」 「興味はある。政治家の爺さんが勝手にはじめた戦争に加わって死ぬよりなら一生夢の中にいるほうが人間らしい。賢治はどうなんだよ?」 「分からない……。でもどっちも嫌だ……」 「ならデモでも起こすか? 今更だけどな」  雄二は笑った。俺はそんな気概もない。一生夢の中で過ごすのも兵役で戦死するのも現代の選択肢でしかない。雄二にそれは駄目だと言える時代でもない。 「三月までには決めるよ……」  それはタイムリミット。みんな分かっているんだ。太平洋戦争で物資不足で負けたこの国が戦争という重荷を背負える訳がないのを。  どうして、戦争放棄の国としての誇りを世界に掲げ続けなかったのか。平和の象徴として矜持を保てなかったのか。  そんな国に生まれたのだ。戦死より眠りを選ぶ理由もよく分かる。どちらも嫌だと訴える俺はただの我儘なのだろう。 「じゃあまた明日な」  雄二は手を振って俺から別れた。だが明日なんて来なかった。 
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