霧の町の探偵

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いっしょにゆっくり朝食をとる予定だったが、気がもめてそうもいかなかった。クロワッサンをコーヒーで流し込み、早々にロニーの車で店に向かった。 ぼくはカウンターの引き出しから、例のキーホルダーを取り出してロニーに渡した。 彼はぬいぐるみを触ったり押したりして調べた。 「中に何か固いものが入ってるみたいだ。切ってみてもいいか?」 「いいよ。でもなるべく目立たないところにハサミを入れてくれる? もしかしたらただの落とし物ということもあるし」 事務室へ行ってハサミをとってきて、ロニーに渡す。 彼は長い指を器用に動かして、ぬいぐるみの足の付け根の縫い目を切った。足がはずれ、中の綿が見える。そこから指を入れて中をさぐり、黒い小さな塊を取り出した。 「やっぱりな。盗聴器だ」 「盗聴器? じゃあこの会話も聞かれているのか?」 「いや、とっくに電池が切れてるはずだ。だがこれを見つけたときには、まだ生きていただろう」 「あれはたしか先週の月曜の朝だった。これを見て、チャロに似てるって話をしたな」 「ああ。あえてチャロに似たものを選んだんだろうな。会話を引き出すためか、皮肉かは分からないが。犯人はチャロがエドだということにも、うすうす気づいていたんだろう。ボブのあとで入ったメンバーはチャロだけだったし、同じくラブの紹介だったからな」 「お客さんにまぎれてライリーがここへ来て、これを置いていったってことか」 「……ハルに頼んで置いてもらったとは考えられないか?」 気をつかっているのか、ロニーは言いにくそうな様子でそう口にした。 ぼくは先週のことを思い返して答えた。 「それはない。その前日の日曜は、ハルは風邪をひいて店に来なかったんだ。もしそれより前にこれが落ちていたら、掃除のとき気づいたはずだから、これが置かれたのは日曜だ。日曜はわりとお客さんが来ていたから、たぶんその中にいたんだと思う」 「警察にこれを持っていこう。あんたにまた危害を加えようとするかもしれない」 めずらしく強い口調でロニーが言った。 ぼくのことを心配してくれているのだとわかったが、ぼくはその提案には乗り気になれなかった。 「だけど本当にライリーがやったんだとしたら、彼女は罰を受けることになる。ハルの大事な人をそんな目に合わせたくないよ。警察に届ける前に、彼女と直接話ができないかな」 「あんたを監禁したんだぞ! 情けをかけることはないだろ」 「だけどハルはライリーのことが大好きみたいだし、彼女はモッドで困ってるとき助けてくれたんだ。悪い人だとは思えないんだよ」 ライリーのアバターはハンサムな青年で、たしかラルフという名前だった。ほれぼれするような毅然とした態度であっちのミーを追い払い、ハルに対しては優しく言葉をかけていた。 ロニーは苦い顔でため息をついた。 「わかった。あんたがそう言うならしかたない。大学のホームページに、研究室のアドレスが載っていたはずだ。連絡をとってみよう」 「研究室のアドレスだと、他の人が見る可能性もあるよな? なるべく内々にすませたいけど」 「文面を工夫すればいい。考えがある」 ロニーは上着のポケットからスマホを出して何やら操作した。 「これがライリー・アミランだ」 開いているのは、オルセン大学のホームページのようだ。 ロニーが指さした凛々しい女性の顔写真を見て、ぼくは言った。 「見覚えがあるような気がする」 それが日曜日だったか定かではないが、この人はたしかにお客さんとして店に来たことがある。人の顔を覚えるのは得意な方ではないけど、それほど印象的な美人だったのだ。ハルが好きになるのも分かる気がする。 次にロニーはメールアプリを開いて入力を始めた。ぼくは横から文面をのぞきこんだ。 『ライリー・アミラン助教授  いつもありがとうございます。オズワル・オーベルの著書を新しく入手いたしました。ご連絡お待ちしております。 アンドルデ古書店』 「これで向こうから連絡してくるだろう」 画面に目を落としたままロニーが言い、ぼくは感心して言った。 「なるほど。これなら他の人が見ても、ただの営業メールとしか思わないな」 ロニーはもう一度文面を見直して、送信ボタンを押した。
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