霧の町の探偵

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次の朝、ロニーが店を訪れた。 「おはよう、ノア」 「ロニー、おはよう」 ハグをして、軽いキスを交わす。縮まった距離感がまだくすぐったくて、二人して照れ笑いを浮かべた。 「ライリーから返事が来たよ」 ロニーはスマホの画面を見せてくれた。 『アンドルデさん  土曜の夜9時、モッドでお会いしましょう。 ライリー・アミラン』 そのそっけない短い文面を読んで、ぼくは顔を上げた。 「モッドで会うのか」 「誰にも知られずに話をするなら、たしかにモッドが一番だな」 「夜の9時だと、君は張り込みがあるんだろ? ぼく一人で行くよ」 「大丈夫だ、おれも行く。別件の方なら週末は動きがないから、張り込みの必要がないんだ」 情けないことに、それを聞いて正直ほっとしてしまった。 「そうか、ありがとう。じゃあ土曜の夜、また君の事務所へ行くから」 「待ってるよ。それじゃ」 彼はぼくの頬に軽くキスを落として、店を出ていった。 ついにライリーと対峙するのだ。といっても、アバター同士だけど。 午後にはハルが来たが、まったくいつもと変わらない様子だった。 それを見るかぎり、彼は何も知らないようだ。ぼくが監禁されたことも、その犯人がおそらくライリーであることも。全てがはっきりするまで、彼には言わない方がいいだろう。 だけどもし、ハルが全て知っていて、ライリーに協力していたんだとしたら? そのときは、何も信じられなくなってしまいそうだ。ぼくはハルのことを、代わりのきくただのアルバイトだとは思っていない。友達だと思っているのだから。 いったいライリーは、何を語るのだろう。そしてライリーは、ニウェ・ドリヒトの中の誰なんだろう。 ぼくの脳裏に浮かんだのは、やはりニヒトの黒い姿だった。 ニヒトはオズワル・オーベルと親しい人物だろうとロニーは言っていた。そしてライリーはオーベルの娘。 だとしたら、やはりライリーはニヒトなのだろうか。 とうとう土曜日がやってきた。 あれからずっと今日のことばかり考えて、心ここにあらずだった。 ロニーには水曜日の朝以来会っていなかった。夜は張り込みがあって、なかなか時間が合わなかったのだ。 だけど毎日、短いメッセージを送りあった。 『おはよう』とか、『おやすみ』とか、『何食べた?』とか、そんな他愛もないやりとりができる相手がいるというのは、長いこと忘れていた幸せだった。 約束の時間になって店を出る。 霧の濃い夜だ。白い靄に包まれて、見慣れた街が幻想的に姿を変えている。 階段をのぼり、事務所のチャイムを鳴らす。 ドアが開いてロニーが顔を出し、甘い目でぼくを見る。 「ノア、会いたかった」 「ぼくもだ」 ハグとキスを交わした。 この部屋に来るのは3週間ぶりだ。とても懐かしい感じがする。 前にここへ来たときは、ぼくとロニーはただの調査のパートナーだった。 あれからなんて色々なことがあったんだろう。エドが刺されて、ニウェ・ドリヒトは消滅し、ぼくは監禁されて、それからロニーと気持ちを通い合わせた。 いっしょに夕食をとった後、パソコンを開くと、時刻は8時55分を表示していた。 「ぼくのアカウントで入ろう。新しいの、まだ作ってないだろ?」 「ああ。そうしてくれると助かる」 ぼくはモッドを開き、IDとパスワードを打ち込んだ。 画面が暗転し、あの街が目の前に現れる。 無機質なコンクリートの広場に、ぼくのアバター、アンディが佇んでいる。白い靄が揺らめいて、前方にうっすら見えるガラスのピラミッドが、時折ちらっと光る。 今夜のモッドは、なんだか寒々しく感じる。行き交うアバターたちも妙によそよそしく見える。 久しぶりに訪れたせいだろうか。それとも緊張しているせいだろうか。 ロニーのスマホが鳴り、彼はそれを手に取って言った。 「ライリーからのメールだ。ルームのIDとパスワードを送ってきた」 ロニーがキーボードを叩いた。 霧が濃くなり、すっかり何も見えなくなる。ホールの中に移動したようだ。 目の前の霧が揺れて銀色のドアが現れ、ゆっくりと開く。
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