霧の町の探偵

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そこは何度も訪れた小さな部屋だ。 テーブルを挟んで向いに座っているのは、ライリーのアバター、ラルフだった。浅黒い端正な顔に、不敵な笑みを浮かべている。 『やあ、アンディ。また会えたね』 『ライリー・アミランだな?』 『そうだよ。そっちはノア? ロニー?』 『二人ともいる』 『私に話があったんだろう? 何かな?』 『ノアを倉庫に閉じ込めたのはあんただな?』 『そうだよ』 『盗聴器をしかけたのも?』 『私だよ。おかげで大体のことはわかった』 ほぼわかっていたこととはいえ、やはりショックだった。ハルのことを思うと、違う人であってほしいと、わずかな望みをかけていたのだ。 それに、考えたくないことだが、ハル自身が関わっている可能性も確かめないわけにはいかない。 「……ハルがどこまで知ってるのか、聞いてくれないか?」 ぼくが暗い声で尋ねると、ロニーもぼくを気遣うように声を落として答えた。 「わかった」 『ハルはこのことを知っているのか?』 『いや、知らないよ。ついでに言うと、彼にはニウェ・ドリヒトのことも、私がオズワル・オーベルの娘だということも言ってない』 「よかったな」 ロニーがぼくを見て微笑む。 「うん。ありがとう」 ぼくも微笑んで頷いて見せた。 やっぱりハルは何も知らなかったんだ。彼を信じられなくなることを恐れていたぼくは、心からほっとした。 ロニーは再び画面に向き合った。 『なぜあんなことをした? 仕返しか?』 『それ以外ないだろ。新聞記者の犬を送りこんだのが、ハルのバイト先の古本屋さんとその二階の探偵さんだったとわかったときは、本当に驚いたよ。君たちは目的が達成できてよかったね。ミリアという人を抜けさせたかったんだろ? そのために私の活動は邪魔されたわけだが』 『あんたはニウェ・ドリヒトの中の誰なんだ?』 妖しく笑うラルフの姿が、ぼんやりと霞んでいって見えなくなる。 そして再び人の姿が形を現しはじめ、ぼくの目は画面に釘付けになった。 輝く銀色の髪と、切れ長の青い瞳――。 『レオードか』 『そうだ。私は、父であるオズワルの遺志を実現し、リーギスをユール連合から離脱させることを、ずっと願ってきたんだ』 心のどこかでニヒトではないかと思っていたので、驚きを隠せなかった。 だけど思えば、いくつか腑に落ちることもある。 たとえば買取依頼の電話の声。あのときなんだか懐かしいような気がしたが、あれは演説会で耳にしたレオードの声だったのだ。レオードが壇上からこちらを見ていたように感じたことも気のせいではなく、アンディの姿を見つけて目をとめていたのだ。そしてレオードの、理路整然とした、堂に入った話しぶり。あれも、大学の先生であれば納得がいくものだった。 ロニーの方は驚いた様子を見せず、冷静な表情でキーボードに指をすべらせる。 『どんな目的であれ、ニウェ・ドリヒトのやり方は間違っていた。変な噂を流したりせず、あんたは得意の演説で勝負すべきだったんじゃないのか?』 『それは理想論だ。私も残念だが、まじめに演説を聞いてくれるのなんて、ほんの一握りの人たちにすぎない。それより下世話な噂話をばらまいた方が、ずっと大勢の人間を動かせるんだよ』 『それでニヒトのデマを利用したわけか』 『というより、ニヒトは私の影なんだ』 そう言い残して、レオードの姿がぼやけ始めた。 そしてそのあとに、黒い塊が形成されていく。 ロニーはやはり落ち着き払っていたが、ぼくは驚愕していた。 『ニヒトもあんただったんだな』 ニヒトとレオードが同一人物だなんて、今の今まで思いもしなかった。 だけどロニーの言ったとおり、ニヒトはオズワル・オーベルの関係者――娘だったのだ。 ニヒトの黒い頭に、赤い三日月のような口が開く。 『そうだ。私にはもう一つ、重要な目的があった。それを成し遂げるために、影が必要だったんだ』
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