霧の町の探偵

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『もう一つの目的とは?』 『君なら察しがついているんじゃないのか?』 『オーベルの復讐だな? ターゲットは内閣府のハザリー長官と、オルセン大学のモーラン教授だ』 『さすが探偵だね。正解だ。当時、中堅の議員だったハザリーは、大学に裏から手を回して父を解雇させたんだ。テロが続くことを恐れて神経質になっていたんだろう。あいつの派閥の人間をスキャンダルで次々落選させて、手ごまを減らして徐々に権力をうばってやるつもりだった』 『派閥の政治家に罪はないだろう。復讐のために巻き添えにしたのか?』 『ハザリーのようなクズにしっぽをふる奴らに同情する気はないんでね』 『モーラン教授は?』 『あいつは当時の学長から指示を受けて、父がテロを指揮していたという噂を流したんだ。事実はまったく逆で、父は学生たちが過激な行動に走らないよう、必死で諫めていたというのに』 『それで彼の主催するフォーラムで騒ぎを起こして、顔をつぶそうとしたのか?』 『そんなところだ。それにモーランは気が小さいから、さぞかし震えあがったろう。本当はその学長にも復讐してやりたいところだが、彼はすでに亡くなっている。父が不名誉な疑いをかけられて退職に追い込まれた裏には、こういうわけがあったんだ。私は古株の職員からたまたま聞いてそれを知ったが、父は何も知らずに失意のまま亡くなった。優しい父親で、尊敬できる学者だった。そんな人をひどい目に合わせたやつらが、罪に問われることもなく出世して偉そうにしているなんて、おかしいと思わないか?』 賢いはずの彼女が、デマの拡散などという愚かなことをしてしまったのは、父親の無念を晴らしたいという強い思いのためだったんだ。それには同情も禁じ得なかった。 となりを見ると、ロニーも辛そうに顔をしかめていた。 『それはたしかに理不尽だ。あんたの気持ちは理解できるよ。だが、オズワル・オーベルは立派な人だったんだろう? あんたのやったことを喜びはしないんじゃないか?』 ライリーは何も返してこなかった。 ロニーが更に続ける。 『それに、あんたの復讐に巻き込まれて罪を犯した奴もいる。ケガをした人も』 ライリーはやはりじっと黙っていた。 しばらく沈黙が続いた。ぼくたちもただ、彼女の返事を待った。 そしてようやくニヒトが口を開き、その黒い影の上に文字が並んだ。 『それについては申し訳なかったと思っている』 今までの彼女とは違っていた。 怒りのオーラが消えて、後悔が伝わってくるような気がした。 『そうか。償う気はあるのか?』 『警察に自首して、大学を辞めようと思う。ハルにも全部話すよ』 画面の中のニヒトは、相変わらず顔のないただの黒い影だったが、なぜか悲しそうに見えた。 『君にもひどいことをした。悪かったよ、ノア』 「ぼくは怒ってないと伝えてくれ」 ロニーはぼくを見て頷いた。 『ノアは怒っていない』 『ありがとう。それじゃあ、そろそろ帰るよ』 『ああ。話せてよかったよ、ライリー』 『私もだ。聞いてくれてありがとう』 闇の底のような黒い影が、淡く景色にまぎれてゆき、やがて見えなくなった。 「彼女はどんな罪に問われるんだろう?」 ぼくはロニーに尋ねた。 「法律上の罪に問えるのは、あんたを監禁したことだけだろう。デマを流したことについては実証できないから、不起訴になるだろうな。その罪は裁くことができない」 彼女はどんな気持ちでいたのだろう。ぼくを監禁したのは本当に、計画を邪魔されたことへの仕返しだったのだろうか。 たぶん違う。 ぼくは思ったことを言葉にしようとした。 「おかしなことを言うようだけど、もしかしたら彼女がぼくを監禁したのは、罰を受けたかったからじゃないか、という気がするんだ。自分の計画が思わぬ人を巻き込むことになって、罪の意識に苦しんでいたんじゃないかな」 ロニーは優しい声で言った。 「おれもそんな気がしてるよ。そして彼女はそれを自覚してはいなかったんじゃないか、とも思う」 「そうかもしれないな」 心には形がない。あやふやで、矛盾を抱え、流れるように移ろう。 人の心はおろか自分自身の心でさえ、はっきり分からず、たやすく見失ってしまうものだ。 画面に目をやると、小さな部屋の中でぼくのアバターがぽつんと座っている。その窓の外には白い霧がたちこめ、カラフルな街の光を包んでゆらゆら揺れていた。 ロニーがぼくの肩を抱きよせる。 ぼくは彼の手の上に、自分の手をしっかりと重ね合わせた。
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