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一方通行。
レモンサワーがまた空になる。お代わりと合わせて炭水化物も頼みたくなりメニューを開く。その時、すみません、と巻野が帰って来た。外していた時間は三十分弱。
「早いね」
「すぐそこですから。彼、一人暮らしをしているので」
「うちの大学へ通うために一人暮らしをする奴は、大体この辺に住んでいるもんね」
だからこの居酒屋はサークルご用達だった。一人暮らしの者も電車通学の者も皆帰りやすい絶妙な立地。潰れることは無いだろうな、と在学していた頃から感じていた。
「彼、一人にしても大丈夫そう?」
「コンビニで水とウコンは買って渡したので、何とかなるでしょう」
「対応ありがとう。お疲れ様。それにしても今日の君は貧乏くじを引いたね。彼が私を口説く様なんて見ていて面白く無いでしょう」
「ええ、まあ」
相槌もそこそこに、巻野はジャスミン杯を勢い良く飲んだ。彼女をじっと見詰める。実は気になっていることがあった。私の視線に気付くと、何ですか、と首を傾げた。取り敢えずおかわりのレモンサワーとジャスミン杯を頼む。あのさぁ、とテーブルを挟んで座る彼女に顔を近付けた。
「高林君の家、知っているんだね」
一瞬、巻野は目を逸らした。そして、宅飲み、宅飲みです、と答えた。
「君が四年の時、彼は一年でしょ。宅飲みなんてするかねぇ。していたとしても言っちゃ駄目だよねぇ。彼、未成年飲酒をしたの? ねえ、巻野先輩」
「すみません、語弊がありました。彼の家にサークルメンバーが集まってパーティーを開いたことがあります」
ふぅん、とひとまず泳がせる。言い訳としてはギリギリ破綻していない。じゃあさ、と別の角度からつついてみる。
「何で彼は君にお願いしたの? 私と話がしたいって」
「それは、たまたま私が近くにいたから。あの人誰ですかって訊かれて」
「でも一年と四年ってそんな積極的に喋れる? よっぽど仲良しだったわけ?」
「別に、仲が良いのはいいことじゃないですか」
おかわりのレモンサワーが届く。さっぱりしていて美味しい。私の気持ちとは正反対だ。巻野さぁ、と大好きな後輩の名前を呼んだ。
「高林君のこと、好きなの?」
率直な指摘。言葉は単純なほど刺さる。違います、と反射的に巻野は叫んだ。
「でもさぁ。思い返すと、君は彼が私へ突撃するのに対して案外積極的じゃないんだよね。パーティーの日、連絡先は無理して交換しなくてもいいと言った。さっきは私を先に帰らせようとした。逆に、酔った彼を家まで送ると即決断した。ついて行こうとした私には店に残るよう告げた。巻野、高林君が好きなんでしょう」
実はあまり自信は無かった。並べた疑惑もイチャモンに近い。強いて言うなら巻野は何かずっとそわそわしているな、と思ったくらいだ。別に指摘が的外れだったとしても私が失うものは無い。巻野は視線を彷徨わせていたけれど、やがて観念した。
「よく、わかりましたね」
「そりゃあ、ね。私と君の間柄と言うか、ね」
気まずい空気が流れる。お互い、お酒を口にした。飲まなきゃやっていられない。面倒なので次のお代わりから通常より二倍の量というメガジョッキを頼む。どうせ明日は日曜日。二日酔いになったってへっちゃらだ。
「巻野、飲まなきゃやってられないね」
「先輩以上にやってられないですよ。何で高林君を好きな私が、彼が先輩に愛を囁くのを聞いていなけりゃならないんですか。どういう事態だコンチクショー」
あっという間に酔いが回り出す。それに合わせて口の回転もピッチが上がる。何なんだ、と愚痴る巻野の目は既に座っていた。
「私がいいなと思っていた高林君を一目惚れさせてインターセプトするなんて、先輩ひどいっ」
「知らんがな。私は酒飲んでいたら惚れられただけ」
「振り向かれなかったどころか恋心に気付きもされなかった私の気持ちがわかりますか? 流石に四年が一年に手を出すのはどうかと思うけど好きになったもんはしょうがないですよね? もう私、卒業したしね? でも彼は先輩がいいんですって。何でだよっ。私は一年間一緒にいたんだけどっ」
「家まで行ったんなら押し倒せば良かったのに。畜生、そんなことを私に言わせないでよ」
「それはすいません」
「まったくだ。巻野だって、昔私の告白を断ったんだからね。その辺、忘れないで欲しい。あーあ、可哀想な私の恋心」
「だって恋愛対象としては見られなかったんですもの」
「私は君を見られる」
「私が無理だって言ってるんです。そりゃあ春山先輩のことは好きですよ? 人として。先輩として。でも恋人としてはどうやっても見られなかったのですから、ごめんなさい」
「あ、ひどい。四年越しにまたフッた」
「何か勢いで。すいません。それより先輩、高林君はどうするんですか?」
「付き合わない。付き合うわけ無い。見たでしょ、あのメッセージ。無理。むしろ君、よくあんな奴がいいと思えたね。見る目無いよ」
「放っておいて下さい。奥手で可愛いと思っちゃったんですよ。今はちょっと引いてます」
「でも家まで送るんだ。そのまま付き合えばいいのに。ハンカチ咥えて見送ってあげるよ」
「意味がわかりません。先輩こそ、彼に私を勧めて下さいよ」
「やだ。私は君を諦めていない」
「言ってることが滅茶苦茶です。あぁもう、三人もいて何で全員が片思い、一方通行なのですか」
「そりゃあ君、運命の相手は合計二人必要なのだよ。自分と、相手。二人とも相手を好きでないと運命は成立しない。私達は三人いるけれど、それぞれ自分が相手を好きなだけ。私は巻野。巻野は高林君。高林君は私。片道切符の一方通行じゃ一生その場をぐるぐる走り続けるだけなのだ」
「三人いたら一組くらい成立しろやっ」
「じゃあ私と是非」
「それは駄目」
「ケチ」
一時間後。私達は力尽きていた。社会人になってから一番酔っ払っているのではないか。帰ろうか、と掠れた声で言う。はい、と目の死んだ巻野が応じた。そんな顔も可愛いよ。
お会計を済ませ、外に出る。目の前には階段。これを降りなければ帰れない。手摺に掴まっているとはいえ、流石に怖い。その時、あのイケメンの店員さんが駆け寄って来た。危ないですよ、と私達の前に立つ。
「ゆっくり降りて下さい。大丈夫、転んだら支えますから」
そうして白い歯を見せた。巻野、と後輩を見やる。
「私の運命の相手、あの人かな」
「よく私に言えましたね。さっきまであんなに好き好きアピールしていたくせに」
「運命なんて突然訪れるものなのだよ。店員さん、彼女いますか」
「来週結婚します」
「巻野、今夜は君の家に泊めて」
「先輩、やりたい放題か」
店員さんの手を借り地上に降り立った私は巻野の家に泊めてもらった。いつか必要な二人が揃った運命が訪れるといいな。巻野の寝顔を見ながら、そんなことを思った。高林君のことは、その晩一度も思い出さなかった。
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