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プロローグ
月明かりが照らす中、鉄格子の窓から吹いてきた風で蝋燭の火がゆっくり揺れた。
姿の見えない影がひらりひらりと彼女に近付いて行く。その姿はまさに蝶のようだと彼女の目にはこの時確かにそう映って見えた。
「裏切り者」と見えない影は低い声で言った。
見えない影は怒り狂っているのだとはっきり分かって彼女は震え上がった。
彼女は目からたくさんの涙を流しながら「ごめんなさい…ごめんなさい…!」と何度も謝ったが見えない影はにこりともしない。
「ずっと側に居るって言ったくせに…」
見えない影は右手に斧を持っていた。
彼女を殺そうとしているのだ。
彼女が閉じ込められている部屋の床には薄暗闇でも分かるほど赤黒い血の跡があちこちにべったり広がっている。
「皆そうだ…皆俺から大事なものを簡単に奪ってく…。さよならはもう嫌だ。離れてほしくないっ…俺のところにずっといてよ…こんなに寂しいのに何で誰も分かってくれないんだよ…?皆自分勝手だ…皆…皆……」
「…っ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!何でも言う事聞くからっ、これからは貴方が寂しくならないように私もっと頑張るからっ!!お願いっ許してっ!」
近付いて来る見えない影から逃げるように少しずつ後ろに下がって行くと彼女の背中に冷んやりした硬い何かがカシャンとぶつかった。
彼女にはそれが何か分かりきっていた。もう何度もコレで人が殺されていく姿を目の当たりにしていたからだ。どれだけ冷酷だと、どれだけ最低だと言われても自分だけは絶対この中には入ってたまるものかと恐怖していたもの。それが今は自分のすぐ後ろにある。
彼女は心の中で あああぁあぁぁっ…!! と叫んだ。
「君が悪いんだよ…せっかく大事にしてあげてたのに…俺に嘘ついちゃうから…約束したのに……ずっと一緒に居ようねって…」
「ごめん…な…さい……ごめんな…さい…」
「…………もうさよならするしかないんだよ…君は嘘つきだから…」
見えない影は斧を振り上げると泣いている彼女の身体を容赦なく切りつけた。
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